第12話 そこには一握りの拳があった

 放課後はいつも部室へと直行するが、今日はまっすぐ帰路につく事にする。

 というかここ最近はずっと部室に顔を出していない。

 まだ根拠などが希薄な噂とは言え、内容が犯罪ものだ。そんな疑惑の付きまとう奴が部活に行けば、文芸部に大きな風評被害が出てしまう。その被害がどれほどのものになるかは想定しきれないが、少なからず染石に迷惑をかける事にはなるだろう。


 しかし今日はこの後、稽古に行かないといけない。部室が封じられるとなるとどこで時間を潰すか。一度家に帰るのも可能だが、帰ると何もする気起き無くなるし帰りたいとも思わないんだよな。まったく親の文武両道の方針はこういう時が面倒だ。


 とりあえず仕方ない。逆方向だが駅の方に向かって本屋で暇でも潰すか……。

 渋々歩みを進めると、ふと俺の前に人影が現れる。

 避けようとするが、人影はわざわざ動きを合わせて通せんぼしてくる。


「ねぇ雀野君よぉ? どこいくのー?」


 わざわざ名前を呼んでくるので誰かと思い見てみると、そこには楽しそうに笑みを浮かべた金髪、淳司君がいた。


「家に帰るだけだが?」

「本当にそうなのかぁ?」

「それ以外に何があるんだよ」

「いやどの口が言うわけ?」


 淳司君の口元から笑みが消える。もしかしてバレた? 本屋で時間潰す事。


「お前、また柊木ちゃんのストーカーするつもりなんじゃねえの?」


 何を言うかと思えばそういう事かよ。


「いやしねえよ……ていうか一回もした事ないんだが」


 むしろされてた側じゃないの今思えば。


「お前さ。最悪だな」


 いやまぁ確かに俺の性根は腐ってるからあながち間違いではないですがね? いきなりそういう事を人に言うもんじゃ……いや待てよ? 陽の者の前じゃ俺は人じゃなかったか~。確か陰気臭い奴、だったもんね!


「この期に及んで嘘つくとかマジどうかしてるよ頭?」


 淳司君は小馬鹿にした方ように自らのこめかみを指で二度とつっつく。


「いや嘘じゃないんですけど」


 どちらかと言うとどうかしてるのは根拠も無いのに自信満々で俺がストーカーしてると決めつけてる君の方だと思うなぁ! と言ったところで無駄なので言いませんけどね。はい。


「いやさ、証拠上がってんのよこっちではもう」

「証拠だと?」


 それは少しだけ気になるな。柊木がさらに俺の立場をどん底に叩き落すために何か用意したか。あるいは……。


「この前の昼休み、見ちゃったんだよねー俺」


 ……何が飛び出るかと思えばただの個人の目撃証言かよ。どうせありもしない事をでっちあげて無理矢理口実を作ろうとしているのだろう。

 一応気にはなるから聞いてやるが。


「ちなみに何を見たんだ?」


 俺に思い当たる節があると思ったのか、淳司君は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「スマホで撮ってたよね? 俺らの事」

「そんなもん……」


 ここ最近の昼休みの記憶を思い返してみる。と言ってもほとんど教室にはいなかったからもしそれが事実なら黒板が書かれる前だがそんな場面一度も……。


 ん、いや待って? あったんじゃないか? ほら、もしかしてあれか? 柊木が好きな人に振られた話してて、急に後ろが静かになって視線感じたからこっそり覗こうとして確かにスマホを使った……。


「あの時もさぁ、言ってたじゃん? 柊木ちゃんがストーカーされてる話」


 やっぱそこだったぁ! 別に録画なんてしてないしほんと覗いただけ、とはいえもし目撃されていたらその行為はどう映るか……。


「マジであの時に戻ったら自分をぶん殴ってやりてえよ。好きな人に振られたって時に柊木ちゃんがお前の方、向いたっしょ? まさか雀野の事が好きなのかって思ったけど、違ったんよ。あれは単にずっと盗撮してるお前が気になってただけ。それにストーカーの前で好きな人の名前も言うわけにはいかなかった」


 推理を披露する淳司君はどこか得意げだ。

 ああもうこれ完全にあの時の話ですわ……。いやマジか。見られてたのか俺の行動。気付かれてないと思ったんだけどなー……ってそんな事言ってたら俺本当にストーカーみたいじゃねえか。


「いわば内緒のSOSだったわけ。なのに俺はそれに気づかないどころかヤキモチとか焼いてよ……」


 あの時ヤキモチ焼いてたの淳司君? え、なに、今それ言うってお前素直か? 意外と可愛い所あるじゃないかとかそんな事思ってる場合じゃねえ。なんとか誤解をとかないと。


「い、いや待ってくれ。あれは違うんだ」

「あーついに認めましたね。話はちょっと面貸してもらってからじっくり聞くから一回黙ろっか」


 淳司君は俺が逃がさないようにするためか、きつめに肩を回してくる。

 あーあー、やっちまったよ……。こればかりは俺が悪い。くそ、あの時の俺はどうしてそんな回りくどい方法で視線を確認しようとしたんだ! ああ悲しきかな、これが陰の者の運命というやつか……。


 淳司君につれられる事数分、やってきたのは人気のない体育倉庫のような場所だ。そこには二人ほど知らない奴らが待ち構えていた。それぞれ坊主とロン毛で分かりやすい。


「お、淳司。もしかしてそいつが噂のストーカーかい?」


 後ろで髪をくくったロン毛男が淳司君に尋ねて来る。


「そ。マジでくそだったわこいつ」


 うん分かる! マジ俺ってクソだよね! ほんと、どうしてあんな頭の悪い方法を取ったんだよぉお……。

 後悔に頭を抱え込みたくなるが、淳司君に拘束されてるため叶わない。


「うぇーい、じゃあさっさとしめようぜーい」


 KPしようぜーみたいな口調で超物騒な事言うなこの丸坊主……。シャドウボクシングなんてしちゃって、せっかく頭も丸いんだから言動も丸くしない?


「それもそーだな」


 淳司君が俺の拘束を解くと、倉庫の中へ突き放してくる。

 えぇ……ちょっと淳司君、そんな物騒な提案に賛同しないでくれる?


「いや待て。暴力は良くない。それに話聞いてくれるって話があっただはずだ」


 言うと、三人はそれぞれ顔を見合わせると、淳司君が前に出てくる。


「お前自分の立場分かってんの? 嘘ついた野郎でしかもストーカーの話なんて聞くわけないっしょ」

「えぇ……」


 話違うんですけど。面貸してから話聞くって言ったよね? 嘘つきはどっちだよこの人でなしィッ! 嘘ついた野郎の話なんて聞くわけないなら俺だってそうなんだからね! 許可なくても言うもんね!


「あれは違うんだよ。撮ってたわけじゃなくて、様子を見ようとしただけなんだ。いわゆるあれだ、鏡だ鏡。鏡代わりに使っただけでな? だってほら、いきなり俺振り返ったら気持ち悪いだろ? だから」

「言い訳すんなよ!」


 淳司が苛立たし気に声を荒げる。

 あっ、はい。ごもっともですね。返す言葉がありません……。


「俺正直キレてんのよ」

「お、おう」


 確かにそのようだが、わざわざ口にして言うのはどうかと思います……。


「柊木ちゃん優しいからさ、お前みたいな陰キャにも話してあげてたんだと思う。でもそれをお前は誤解して良い気になって、挙句の果てにはストーカーとかマジありえねぇ。もうこれ超えたよね、超えたら駄目な一線」


 うーむ、小説を書く者として二重表現は非常に気になる。添削してやりたい。でも立場をわきまえてここは我慢だ。


「あと先に言っとくわ。ここ、ハンドボール部の備品倉庫。でも今日部活休みで誰も来ないから。助け呼んでも無駄」


 いや親切だなわざわざ教えてくれるとか。


「ま、ストーカーを助けてくれる人なんていないだろうけどね」


 ロン毛がすかし様子で肩をすくめてくる。


「マジそれ! ストーカーとかありえねぇぜ!」


 それに続いて坊主がしゅっしゅと虚空を殴る。


「んじゃまぁ、そういうわけだから」


 淳司が冷酷な眼差しでこちらを見てくる。いやどういうわけ?


「歯ぁ、食いしばれよッ!」


 え、これもしかしてやばいやつ?

 悟った刹那、淳司君の拳が俺の顔面目掛けて強襲してくる。


――なので、手でその拳を防いだ。

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