第13話 一握りの拳は備品倉庫を背に歩く

 掌が若干痛い。あっぶねぇな、こいつ本気で殴って来やがったぞ……。


「は?」


 淳司君が何が起きたか分からないと言った様子で目を丸くする。


「えっとなんていうかその、とりあえずちゃんと話し合わない? 暴力は良くないからさ」


 逃れようとする淳司君の拳を固定しつつ提案する。極力敵意を感じさせないよう慣れない笑みも作ってみた。


「は? ざけんな! お前らこいつ抑えてくれ!」


 ほかの二人は少し怪しみつつも、俺の両脇へと回り込んでくる。

 掴まれそうになるので、俺は淳司君の手を突き放し、代わりに二人の腕を取った。

 片手で同時に回してやると、腕を背中で固定し二人をひとまとめにする。


「は? なにこれ、全然動かないんですけど?」

「くそっ! なんつう力だぜ!」


 二人が逃れようとしてくるので、拘束を強める。こいつらけっこう力強い……。どっちも運動部なんだろうな。


「お、おい何してんだよお前ら!」


 淳司君が焦り気味に声を上げる。


「いやこれ、動かないって!」


 ロン毛が声を張る。あんまりずっと抑えてたらうっ血しかねないな。こいつら力強いからけっこう力いるんだよな。

 二人を解放すると、転がるようにして距離を置いてくる。


「どうせまぐれだろ! 三人同時で行けば行ける!」


 淳司君が叫ぶと、三方から一斉にとびかかって来る。まぐれって……。

 次々襲い来る拳を全部避けると、今度は淳司君が落ちていた鉄のポールを拾い上げ、振りかざしてくる。


 いやそれは洒落にならないだろ⁉


 鉄ポールが振り下ろす前に淳司君の手首を固定。

 捻り上げ武器を落とさせると、動けないようさっきの二人と同じように拘束する。


「嘘だろ……?」


 ようやく状況を理解したのか、背後の方を覗き込む淳司君の頬には汗が滴り、その口元は困惑気味な笑みを浮かべていた。


「なんというか、とりあえず大人しくしてもらった方が痛みが少ないとは思うが……」


 言うと、淳司君の手首から力が抜けていくのが分かる。

 他の二人も生唾を呑み込むばかりで何かしてくる様子もない。とりあえず聞く耳は持ってくれるようになったか。


「まぁなんというか、お前らの通り確かに言い訳にしかならないんだが……ああいや、ここに来る前の話からそこの二人は知らないか。まぁいいや。とにかく俺は盗撮なんてしてないし、ストーカーもしてない。絶対にだ」


 証拠になるとは思えないが、一応自らのスマホを取り出し、写真アプリを開く。

 フォルダーの中を淳司君に見せ、柊木の写真はおろか、人の写真すらない事を説明する。あるのは風景がとソシャゲのガチャ結果くらいだ。


 まぁもっとも、写真なんて幾らでも消す事が出来るから意味はないかもしれないが、ほんの少しでも疑いは軽くしたい。

 てっきりその点は指摘されると思ったが、意外にも淳司君は言及してこなかった。


「わ、分かった。お前の事を信じる。だからとりあえず離してくんね?」

「本当か?」


 それは嬉しい。一人でも多く信用してくれればいずれはこの噂も沈静化して、また元の平穏な時間を取り戻せるかもしれない。

 掴む手を離すと、転瞬、淳司君が振り返り、またしても拳が飛んでくる。


「おらぁッ!」

「うわ、おい!」


 あまりに一瞬の出来事に、避けるよりも先にその手を取ってしまう。

 そのまま反射的に淳司君を背負うと、事もあろうか床に投げてしまった。


「いっつ……」


 うわやっちまった……。これ絶対痛かったよ淳司君。でもさ、不意討ちしてくるから悪いんだよ?

 まぁ淳司君の言葉を信じた俺も馬鹿だったとは思うが。これは俺、もしかしたら予想以上に現状に参ってたのかもしれないな。簡単に人を信じるなんて判断力が鈍っていた。孤独を望んでいたはずが我ながら情けない。


「いやおかしいでしょ……こんな強いとか話聞いてないんだけど?」


 不意にロン毛が言うと、身を翻し走り去っていく。


「まじやべえぜこいつ……」


 坊主もまた俺に背を向けると、さっさと出て行ってしまった。

 あと残るのは淳司君だけだが……大丈夫、だよな? 一応ぎりぎりのところで加減はしたつもりだが。


「えっと、ごめんねマジで。割と痛かったよな? うちの家庭割と英才教育的な感じで昔から色々させられてて、その中に武道もあるというか……」


 聞かれてもいない事をついつい口走ってしまう。落ち着け俺。とりあえずマジでケガしてそうならこいつを保健室に運んで……いや救急車の方がいいか? もし脊髄とかダメージ受けてたらほんと洒落にならないし。


「……でだよ」


 条件反射とは言え、つい手を出してしまった事を後悔していると、淳司君がおもむろに口を開く。


「えっと、なんて?」


 聞き取れなかったので尋ねると、突如淳司君が吠える。


「なんでだよッ!」


 淳司君は拳を床に叩き付けゆらりと立ち上がると、出口付近にあったラインカーを思い切り蹴とばした。


「クソッ!」


 淳司君の悪態に混じって、からからと木の転がる音が場に響く。

 そのまま淳司君は俺の方を振り返ることなく、倉庫を後にした。

 あの調子なら、とりあえずケガの方はなさそうか。良かった。


 それにしてもなんというか、思いのほか時間を潰すことになったな。これは本屋に行くのは諦めた方がよさそうだ。


「まぁとりあえず片づけとくか……」


 地面の方へと目を向けると、ラインカーが力なく横たわっている。

 ラインカー含め散らばっていた備品を元の位置に戻すと、開けっ放しにするわけにもいかないので戸締りをし、鍵は職員室に返しておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る