〇俺の周りに人が寄って来るわけ……
第11話 メロンパンの味は甘い
あれから数日経った今日
はっきり言って状況は最高だった。
俺の噂が至るところで蔓延し、日に日に下駄箱にはプレゼントが増えて行き、行く人行く人に視線を浴びせられ注目の的だ。
まったく、俺はいつからこんなに人気者になっちまったんだ? つくづく罪な男だぜ。
どれどれ、今日の下駄箱にはこりゃすげえや! 缶コーヒーが白い上靴にかかってやがる。きっとこれをやった奴は俺にティラミスを作りたかったんだろう。なんて健気な子だ! ただまぁ健気だからって料理が巧いとは限らないが。
「あー馬鹿馬鹿しい」
中学の時よりも酷い惨状に、この際楽しんでみるのもありかと心の中で陽の者を演じてみたが、目の前の光景の汚らしさのほうが勝ってしまった。
だがまぁ、別にこの上靴を俺が履くわけではない。俺は中学で嫌がらせを受けていた経験があるからこれくらいの事は簡単に予測できる。
かばんから持ち運んでいた上靴を取り出すと、揚々と新品の靴に足を入れる。下靴も予め持ってきていた袋に入れてかばんにぶちこめば向かう所敵なしだ。俺とて現状にただ手をこまねいているだけではないのだ!
「ただまぁ、代償として荷物は増える事になったが」
喉元から苦い笑みがこみ上げてくる。
教室へ入ると、至る所から悪意ある視線が飛んできた。
その泥まみれの視線をかき分ければ柊木の姿も確認できるが、あいつは物憂げに視線を伏せるだけでこちらを見ようともしない。
その姿に周囲の人間は同情し、優しい言葉をかけていく。時に俺憎しと睨み付けてきたりもしてきた。
まさに四面楚歌というやつだろう。
だが、項羽ほどではない。
まず生死にかかわることは無い。それだけで随分と気は楽だ。あと所詮学校という閉鎖されたコミュニティーでの出来事に過ぎないのも良い。卒業さえすれば何もかも白紙に戻る。
それに噂は噂に過ぎないのである。時々俺の周辺が荒らされたりと飛び道具が放たれる事はあっても、それは一部だけだ。ここは匿名の世界ではない。何か行動するという事には相応のリスクが付いてくる。根拠のない今じゃ尚更だ。
だからこそ表立って行動する人間はほんの一握りで、他の多くは傍観と言う形で加害者側へと加わる。もっとも、傍観者と言えど遠巻きに煙たがって来ることはあるだろうが。
席に着き、とりあえず机の中を確認する。こちらは幸いと言うべきか特に何かされているわけでは無いらしい。まぁ教室内で何かすれば足が付きやすいから妥当な判断だろう。
やがてチャイムが鳴り、SHRが終われば授業が始まる。
プリントが回されなければ取りに行けばいい。教室移動中に肩を当てられそうになったら避ければいい。
そうこうしているうちに昼休みである。ここまでくれば存外いつもと大して変わらない。変わった事と言えば昼飯を食べるため教室から出て行かなければならなくなった事くらいだ。
♢ ♢ ♢
解放されていない屋上の扉の前の踊場へと歩いていけば、埃をかぶった使わない机などが重ねられている。
無造作に置かれたそのオブジェがあるこの空間は、なんとなく秘密基地を連想させて案外気にいっている。埃っぽいのも部室で慣れてるしな。ここ数日は顔を出していないが。
チョコチップメロンパンをかじっていると、珍しく足音が聞こえてきた。動くのも面倒なのでそのまま座り込んでいると、階段の下からひょっこり顔を覗かせて来たのは柊木だった。
「やっほーチュン」
「……柊木か」
俺が人気のない所を選んで昼飯を食べる羽目になった元凶は、軽い足取りで階段を上って来る。
「そろそろ寂しくなってきたかなーって」
「寂しいどころかむしろ満喫中だ」
「えー、本当にー?」
柊木は冗談めかして尋ねてくると、俺の隣へと座って来る。
「でも寂しくなったらいつでも言ってね。私が傍にいてあげるから」
柊木が頭を肩に預けてくる。バニラの香りがチョコチップメロンパンの味と合わさって胸焼けしそうだ。こんな事なら普通のメロンパンにするんだったな。
「傍にいるのは勝手だが、立場的にこういうことしてたらやばいんじゃないのか?」
俺はストーカー、かたや柊木はその被害者だ。そんな二人が今のように寄り添っていてはあの黒板の何もかもが効果を発揮しなくなる。それどころか、逆効果に作用するかもしれない。
「でもそれは見られたら、の話でしょ? みんなにはトイレって言ってるからわざわざこんな所までは来ないと思うよ」
「何もクラス連中に限った話じゃない。噂と言うのはどこから出てくるか分からないからな」
「まぁ確かにそうかもね。でもそうなったらそうなったで私は別にいいかな」
「後悔するぞ」
「しないよ? だってチュンがいるもん」
柊木の熱が肩越しから伝わって来る。どんな状況下であっても人肌というものは暖かいらしい。だがそれは春のこの時期だからで夏になればきっと暑苦しくて嫌になるのだろう。
「そういえばチュン、いつもメロンパン食べてるよね?」
柊木が俺の持つチョコチップメロンパンを見ながら尋ねて来る。
「ま、好きなんでな」
「へぇ~、ちょっと可愛い」
柊木は囁きかけるように言うと、笑みを浮かべる。
「それは随分と偏った物の見方だな」
「そうかな?」
そもそも人の趣味嗜好でそういうレッテルを貼り付けるのはどうかと思うね。この世にはスイーツが好きな男子だっているし、メカが好きな女子だっているのだ。もっとも、そういう発想が出てくる時点で俺も柊木と似たようなものなのかもしれないが。
「美味しい?」
チョコチップメロンパンを一つ齧ると、柊木が興味津々と言った眼差しを向けてくる。
「美味しくない物を好きになる奴がいると思うか?」
もっとも、糖分過多なのか今はほんの少し胸焼けしているが。
「美味しいんだ。ふーん……」
柊木がじーっと俺のチョコチップメロンパンを見つめてくる。
「これはやらんぞ」
「え~! けち!」
まるで駄々をこねる小学生のような口ぶりだ。
「何と言われようがやらん」」
「えー! 一口だけでいいから! ね、お願い!」
「断る」
「断るを断る~! ぱくっ」
柊木が俺に密着し距離を詰めてくると、俺のチョコチップメロンパンにかじりつく。
柊木は吟味するようにもぐもぐと口を動かす。あーあ、俺の摂取カロリーが減った。
「人から盗んだ飯の味はどうだ」
厭味を込めて尋ねると、柊木の喉元がこくんと鳴る。
「えっとね、チュンの味がした!」
「やめろ気持ち悪い」
それは全メロンパンに対する冒涜だ。万死に値する。極刑だ。
「でも、甘いよそれ?」
柊木はこちらを覗き込むようにして視線を合わせてくる。
「……当然だな」
何故なら、このメロンパンにはたくさんのチョコチップが埋め込まれている。普段甘い生地に甘い欠片が散りばめられているんだ。甘くない訳が無い。だから俺は胃もたれしてるんだ。
「あれ、食べないの?」
「うるせえな。言われなくても食べるわ。俺の昼飯なんだからな」
俺がまるで躊躇してるかのような物言いが若干癇に障ったので、手早く処理すべくメロンパンにありつく。これも全部チョコチップが入ってるせいだ。
「ふふっ、間接キスしちゃったね私達」
柊木が楽し気に目を細める。どうせそんな事だろうと思った。
「お前らは回し飲みする時もいちいちそんな事を言ってるのか? 俺は友達がいないから知らんが、そういう場面って同性異性問わず頻繁に来るもんじゃないのか」
それをいちいちキスだとかそういう行為に当てはめるとか、それこそ本物を経験する事の出来ない哀れな童貞がその行為のハードルを下げるために作った言葉としか思えないね。
「まー確かにけっこうみんなしてたかも」
柊木が虚空へ目を向けると、やがてその視線は横目で俺に語り掛けてくる。
「……でも、私は初めてかな」
僅かに朱に染まる横顔は果たしてどこまでが本当なのだろうか。
分からないが、少なくとも俺にとってはどうでもいい事だった。
「興味ないな」
チョコチップメロンパンの最後の一かけらを放り込み、立ち上がる。
随分と胃もたれしてしまった。
おかげで残ったパンはおやつか晩御飯になりそうだ。
今度買うなら、変に細工が施された変わり種よりも王道のプレーンメロンパンの方が良いだろう。
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