第36話 帰る道が同じなら仕方ない

 今日は習い事などは無いため、最後まで部室にいる事ができた。

 外を見てみれば空は夕焼け小焼けだ。


「そうだチュン、この後私の家来てよ!」


 出し抜けに柊木がそんな事を言い出す。


「いや意味わからないんだが。行くわけ無いだろ」

「えっとね、例の件でお母さんとかがチュンにお礼言いたいんだって」

「ああ……」


 例の件とはストーカー騒動の事だろう。

 確かに多少は感謝されるような事をしたのかもしれないが、助けたいと思って助けたわけじゃないし、解決方法だって暴力に暴力で応酬しただけにすぎず褒められた行為ではなかった。とは言え家族にとっては結果的に俺は娘を助けた恩人となったわけだから、その恩人に直接お礼を言いたくなるのは理解できる。


 相手の感謝を受け取るのも一つの礼儀とは思うので、本来なら挨拶くらいは俺もすべきところなのだろうが……やはり気が乗らない。


 だってほら、柊木家ってなんというか、人を寄せ付けない要素がありそうというか。そもそも本当に素直に恩人に感謝をしたがるような人たちなのかという疑問が……。いや超失礼な事言ってるのは百も承知なんだけどもね?


 記憶にあるのは荒れ果てた家屋の庭にぽつんとあった物干しざお。家庭環境なんて千差万別であって然るべきだし、他人にそれを否定する権利も無いと思うが、将来を約束した相手ならいざ知らず、それ以外の関係性でそこへ深く踏み入るのはあまりよろしくないだろう。

 どこの家庭だってそれぞれの事情はあるものだ。


「……やっぱ、遠慮しとくわ」

「えー! なんでー!」

「いやそりゃだってほら、ね?」


 流石に家庭環境ヤバそうだからと言うわけにはいかないので、ついしどろもどろになってしまう。

 柊木は不思議そうに首を傾げると、ややあって合点がいったのか口を開ける。


「あ、もしかしてうちの家庭やばいって思われてる?」

「え、いや、そんな事は……まぁ前も言ったと思うがちょっと家がナチュラルテイストだったなと……」


 図星を突かれつい認めるような発言をしてしまった。


「あちゃー……そっかそっか、結局チュンには言ってなかったっけ」

「いや別に無理して言わなくてもいいぞ」


 なんとなく聞きたくない話をされるような気がしたのですかさず言葉を挟むが、存外柊木は平然としていた。


「気持ち悪い人もいなくなったし、隠す必要も無くなったよね。まぁチュンになら聞かれたら全然教えてたけど」

「気持ち悪い人……?」


 いやそれ俺じゃん。中学の時クラスの連中から気持ち悪い人って言われてたから間違いないね!


「気持ち悪い人って言ったらもう楠木さんしかいないじゃん」

「ああ……」


 つまり俺はあの人と同類という事か。てか顔が負けてる分俺あの人以下の存在じゃん……。


「チュンはなんでそんな悲壮感溢れる顔してるの⁉ た、確かに名前を口にするのも嫌な人だったけど……」


 酷い言われようだな気持ち悪い人。涙ちょちょぎれる。


「ま、いいか。それは置いといて、あの家なんだけどね。なんと私が住んでる家ではありません!」


 そう言って腕をクロスさせバッテンを作る柊木。え、なんで。


「まぁおじいちゃんとおばあちゃんの家ではあるんだけど、おじいちゃんはもう亡くなってて、おばあちゃんは一人暮らしには身体が不自由だからこっちで一緒に住んでるんだよね。ちなみに私の家はあの裏手にあるちょっと小綺麗な普通の一軒家でーす」


 ふむ、今は使っていない身内の家。物干しざお。気持ち悪い人。なるほど、見えてきた。


「ストーカー対策か」

「正解! さっすがチュン! あの気持ち悪い人バイトの帰りに女の子一人で危ないから~とか言ったり何かにつけて無理やり送ろうとしてくるし、最初は少し距離ある所で別れて誤魔化したりしたんだけど、家の場所知りたい感しつこくて面倒臭くなったから嘘の家教えちゃった」


 まぁそういう輩って自分の思い通りにいかなかったら何するか分からないし、リスクがある一方で賢い判断な気もする。


「流石に荒れ放題で最初は疑ってたみたいだけど、お母さんの例のアレを私が干し始めたら完全に信じ始めちゃってほんと笑っちゃうよ~!」


 柊木が心底馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「……なるほど、そりゃ傑作だ」


 まぁ犯罪行為に手を染めた時点であの人が一番悪いが、ここまで散々に言われると少しだけ可哀そうな気もする。

 ……いやでもやっぱり気持ち悪い人だから可哀そうじゃないか。だって気持ち悪い人には人権ないって中学のみんな言ってたもん!


「何モタモタしてるのよ二人とも」


 ふと声が聞こえたので目を向けると、鍵を片手に廊下から染石が顔を覗かせていた。


「悪い。今行く」


 言うと、はやくしてよねと染石はまた廊下へと戻る。


「それでチュン? うち来る? ちゃんと普通の家だけど」

「あー……」


 まぁ、別に訳アリ家族というわけでもないなら顔くらい出してもいいのか? でも女子の家に行くのってどういう理由であってもちょっと憚られるんだよな……。昔、誕生会に気持ち悪い人も呼んだら? と言われた女子に絶対嫌、部屋が腐るって言われてたからなぁ……。


「あとそれにね、もし来てくれたら」


 未だ渋っていると、柊木が唐突に耳元に顔を寄せてくる。


「本物、私の部屋に干してあるよ?」

「よし決めた。絶対行かない」

「え! なんで⁉ 本物jkだよ⁉ アラフォーじゃないんだよ⁉」

「そんな情報いらん……」


 呆れ果ててこれ以上何も言葉を発する気になれないでいると、柊木は自らのプリーツスカートを一つまみし、素肌の露出面積をやや広げる。


「も、もしかして生の方が良かった……?」


 頬を朱に染め、上目がちにこちらへ視線を送る柊木。


「アホか」


 ありとあらゆる侮蔑の意を三文字に集約して捨て置き、さっさと廊下の方へと出ていく。

 廊下では染石が壁にもたれかかり眼鏡を手に取っていた。


「悪い待たせたな」


 声をかけると、染石は眼鏡の柄を自らの耳に置く。


「別に。それより……」


 染石は逡巡するかのように目を泳がすと、遠慮がちにこちらを横目で見る。


「柊木さんの家、行くの?」


 どうやら話してたのが聞こえていたらしい。と言ってもその質問をするあたりはっきりとは聞こえてなかったのだろうが、まぁ聞こえてたところで俺には何の影響もない。


「いや行かない」


 言うと、染石がふっと息をつく。どこかホッとしたように見えたのは流石に気のせいだろう。


「ま、正しい判断ね。今からじゃ迷惑になるだろうし」

「だな」

 

 それに逆セクハラとかされかねないからな……。てかあの女の事だし何かを一服盛られて目覚めたら手錠かけられてましたなんてなりかねない……。いやさしもの柊木とて流石にそこまではしないか……?

 色々と邪推していると、ふと部室の方からの光が途絶える。


「電気つけっぱなしで置いていくなんてひどいよチュン! 私部室勘ないんだよ⁉」

「組織の下っ端は雑務が押し付けられるって相場は決まってるんだよ。それが嫌ならやめる事だな」

「ブラックすぎる⁉ ぜーったいやめないけど!」


 チッ、現代の若者なんだからさっさと早期退職してくれればよかったものの。


「別に言ってくれたら消したわよ」


 染石がそう言いつつ、部室の鍵を閉める。


「じゃ、これから雑務は全部お願いね百合奈ちゃん!」

「なんかそれはそれで言い方にイラっとくるわね……別にやるけど」


 いややるんかい。いくらなんでもそれは良い奴すぎるぞ染石……。将来大学のサークルとか入った時、意地の悪い後輩女子とかにいいようにこき使われないか心配になってきましたよ俺は。そんな事態を未然に防ぐためにも部長の俺が責任もって無役職の下っ端部員柊木に雑務を全て押し付けていけないとな!


「ねーね、それよりチュン~。今日家に呼ぶのは諦めるけど、途中までは一緒に帰ろ! 途中まで同じだし!」

「断ってもどうせ付いてくるだろ」

「やりぃ!」


 柊木が俺の腕を取ろうとしてくるので躱すが、、そんな事をせずとも先に染石の手が柊木の腕を阻んでいた。


「百合奈ちゃん、その手は何かな?」

「柊木さんは入部届をだして挨拶してもらわないといけないからあたしと一緒に来てもらうわ」

「え~、百合奈ちゃんが出しといてよ~雑務担当の」


 副部長に対して言う事かよそれ……なんて生意気な新入部員なんだ。これが学校の人気者なんて世も末だな……。まぁこいつの性格がひん曲がってるのは痛いくらい知っているが、それにしたって染石相手には黒い部分出しすぎじゃない?


「これは雑務に入らないから却下よ。これからお世話になる人に挨拶するのは人として当然でしょ?」

「むむむ……」


 染石の弁に不服そうに呻る柊木だが、返す言葉は持っていないようだ。


「分かったらさっさと行くわよ」


 柊木を引っ張り歩き始めようとする染石だが、何か思い出したのか急に立ち止まる。

 その背中を見ていると、染石はおもむろに顔を少しだけ背後へと向ける。


「あと、あたしも雀野とは途中まで帰り道同じだから」


 俺に言ったのか柊木に言ったのか、それとも独り言なのかは分からないが、まぁそういう事なら帰路を共にするのが妥当だろう。同じ部員同士だというのに一人だけ外れるのはおかしな話だ。


 おかげで柊木の事をバックレる事ができなくなってしまったがまぁそれは二人きりを回避できたから良しとしよう。

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