第18話 人気のない踊り場は部室の様相を呈す

 時は巡って昼休み。

 いつもなら即教室から出て行くところだが、今回は染石にいておけと言われたのでとりあえず留まっておく。とは言え、全身に悪意の視線を浴びている状態ではさしもの俺とてあまり美味しく昼飯を食べる事はできない。今の俺にできる事は染石の言いつけを守ることくらいだ。


「チュン兄! 飯一緒に食わね?」

「断る」


 突然淳司君がやってきてそんな事を言いだすので却下する。


「え、なんで⁉」

「先客がいるんだ」


 まぁいなくても断りますがね? どうせいつもの連中と一緒だろうから、必然的に柊木とも一緒に食べる事になるだろう。ストーカーと被害者が一緒に昼飯とか絵面があり得なさすぎる。そもそもストーカーではないが。


「先客って、マジ? チュン兄友達いたの⁉」


 なんだこいつ、急に失礼な野郎だな。やっぱお前俺の事嫌いだろ? そうだよね? だったら無理しないでいいよ?


「マジかー、俺がチュン兄の友達一号だとおもったのにショックっしょ」

「いやそれはそれで何言ってんの急に……」


 淳司君の言動に若干引いていると、例のごとくそわそわする染石を扉の向こうに発見する。


「まぁなんでもいいが、俺はトイレ行く」

「そっか! キバっていこうぜチュン兄!」

「クソみたいな事言ってんじゃねえよ……」

「ガーン」


 目に見えてショックを受ける淳司君だが、一応俺乗ってあげただけどな……。やはり陽の者と陰の者ではセンス的な部分も相容れないという事だろうか。

 え、誰が陰の者の面汚しだって? おいおいそれを言うならケツ汚しの間違いだろ? HAHAHA☆


「はは……はぁ……」


 自らの馬鹿馬鹿しさため息が口をつく。とりあえず目先の問題を片付けないと。

 前の扉から教室を出ると、染石がずかずかとこちらへ寄って来る。


「なんでいつも反対側から出るのよ⁉」

「どこから出ようが俺の勝手だろう。それより場所変えないか」


 昼休み開始から数分後は、弁当持参組は教室に、購買組は購買部の前にごった返している。よって少しの間教室前の廊下は人気が無くなるため、今のうちに時間の関係なく人目がつかないような場所へと移動しておきたい。


「べ、別にここでいいわよ……呼び出したのあたしだし……」

「まぁ、染石が俺と二人きりになるのが嫌で仕方ないならここでもいいが」

「ふ、二人きり」


 染石の顔がみるみる紅くなっていく。これまた妙な所に反応してきたな。俺が強調したいのはそこじゃないんだが。


「まぁ俺なんて生ごみ以下の存在だからな。染石にヘドが出るほど嫌われるのも仕方ないと思ってるよ……」


 負のオーラ全開にさらに話を付け足す。


「だからなんであんたはいっつもそういう事言うのよ⁉」

「いやいいんだ、事実だからな……」


 言うと、染石はムムムと唸り逡巡した素振りを見せつつも口を開く。


「べ、別に、そんなこと、ないわよ……」


 随分と気力を使ったのか、染石は湯気を上げんばかりに顔を赤らめる。

 毎度毎度こんな手法を取って申し訳ないな。この子ツンケンしてそうに見えて実は超優しいから、卑屈な態度取ったら必ず気を遣ってできるだけ味方でいようとしてくれるんだよな。つくづく曲者だと思うよ本当に。


「そうか。なら移動してもいいか? ここだと話もしづらい」

「……別に、雀野がそう言うなら」


 承諾は得たのでとりあえず最近いつも昼飯を食っている屋上前へ向かう。

 その間、特に話す事も無かったが、一つだけ気になったので聞いてみる。


「そういえば染石って普段から眼鏡つけてたのか?」

「基本的にずっと付けてるわね。近視なのよ。ノートとったり小説書く分には問題ないけど、授業中はこれが無いと黒板がみえなくなるの」

「なるほど」


 部室では不要だから取ってるわけだ。という事は学校ではこっちのほうがデフォで部室の方が特殊なんだな。


「何よ。なんか文句あるわけ?」


 つい横顔に見入っていると、染石が不服そうに睨んでくる。


「……悪い。なんか新鮮でつい」

「ふん、別にいいわよ。どうせ眼鏡なんてダサいとでも思ってるんでしょ?」


 染石がぷいと顔を逸らしてそんな事を言ってくる。いや別にそういうつもりじゃなかったんだけどな。ただ他の連中は染石の眼鏡の無い姿を知らないのかと思うとなんというかかんというか。


 ともあれ、決してダサいと思っているわけじゃない事は伝えねばならないだろう。もしかしたら傷つけたりしたかもしれないしな。とは言えどうそれを伝えるかだが。


「……俺の推しキャラは眼鏡っ子割と多いけどな」

「んなっ……!」


 ぼそりと呟くと、染石が顔を紅くしてこちらに目を向ける。

 うーむ、悲しきかな、これが陰の者のさだめよ……。絶妙に気持ち悪い事を言っちゃいましたね! 


「待ってくれこれは違うんだ。俺が言いたかった決してダサいわけじゃないというかそういう事をだな」


 すぐさま弁明すると、染石は慌てふためきながらも睨んでくる。


「わ、分かってるわよ! それ以外に何があるって言うのよ⁉」

「そうだよな、うん。それ以外にないよな、変な事言ってすまん」

「ま、まったく、たまにおかしなこと言うんだからしっかりしなさいよね」


 染石はぷりぷりと頬を染め、目を前に向ける。


 ちょっと眼鏡を褒めようとしただけでなんでこうなるのか……。


「ちょっとやり返そうとしただけなのになんでこうなるのよ……」


 自らの言動に嘆いていると、染石が目の端を僅かに濡らしながら呟くのが聞こえる。


 なるほど、さっき俺がやったのと同じような事をしようとしたわけね。やられてみて分かったが、ああいう卑屈な言動されたらメチャクチャ神経すり減るな。これからはもう少し自重しようと思います!


 しばらくお互い何を言うでもなく歩いていると、ようやく屋上前の踊り場にたどり着いた。


 しかし先ほどの事もあってなかなか口を開くことができないでいると、染石が上の小さな窓から差し込む陽の光に目を向ける。


「ちょっとだけ、埃っぽいわね」


 光の中では、無数の白い点が妖精のように踊り舞っていた。


「まぁな。部室みたいだ」

「確かに」


 染石とは部室でしか基本的に会ったことが無い。だからこそ、一緒に居ると自ずと景色が部室の光景と重なっていくのだ。埃の香りは本の香りへと変換され、光は卵色のカーテンの隙間から差し込む日差しへと姿を変える。


「……なんで、最近部活来ないのよ」


 染石がぼそりと尋ねて来る。まぁ恐らく、これこそが俺を呼びだした理由だよな。

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