第23話 理不尽がとどまる事を知らない件

 軽快な音が響くと、ボールはすすけたホームランの的をぶん殴る。

 あまりの先ほどの自分の醜態につい三周もしてしまった……。交代制だし一応謝っとかないとな。だがおかげで幾らか心は落ち着いた。


 バッドを元の場所へ戻し、あいつらの元へ戻ると、丁度バッターボックスから淳司君と光野が出てくるところだった。何やらきゃいきゃい騒いだ後女子二人も入れ替わりで入っていく。


「くぅ! 輝君強すぎィ!」

「淳司もけっこう当ててただろ?」


 どうやら勝負でもしていたらしい。


「あ、チュン兄~、輝君に負けちまったよぉ」

「お、おいやめろ」


 淳司君が引っ付いてくるので引きはがす。ほんとパーソナルスペースを侵犯してくる奴だなこいつは。


「おかえり謙信公。随分と長かったみたいだなぁ?」


 全てを見透かしたかのようないやらしい笑みを光野が向けてくる。


「そ、それについては悪かったと思う。しばらくはお前らだけで回してくれ。とりあえずあっちは空いたぞ」


 言うと、光野はやれやれと呆れたような笑みを浮かべる。


「いやいや、確かに全部って言ったけどさ、それここの二つの事だからな? あんなとこまで頭数に入れたらみんな一緒じゃ無くなるだろ?」

「ああ……」


 そういう事だったのね……。道理であんな空気になったわけだ。これが陽の者と陰の者の道の違い、つまり陰陽道ってわけだ! ガハハ!

 とりあえずもう一回バッド振ってこようかな。


「やっぱ面白いわ謙信公」


 にやけ面で肩をとんとこ光野が叩いてくる。くっ、馬鹿にしおってからに……。


「そういや飲み物忘れてたし買って来るかなぁ~。なんかいる? 謙信公」

「いやいい」


 パシらせるみたいでなんか悪いからな。


「あ、飲み物マジ? 俺も行く行く~」

「おっし、淳司も来い来い。飲み物買って来るけど二人は何かいるかー?」


 流石イケ男、気配りはお手の物と言う事だろう。

 女子二人のオーダーを受けると、光野は淳司君と共にこの場を去っていく。

 ふむ、手持無沙汰になってしまったが、三周もしてしまった手前またやりに行くのもな。

 仕方ない、ここは大人しくそこのベンチに座っておこう。


「全然あたんないし! マジ意味わかんない! もう一回!」


 ゆったりとくつろごうと腰をかけた矢先、険のある声が前方から飛んでくる。


「確かにけっこう難しいね~」


 風見を宥めるように言う柊木はケージから出てくると、俺の方へ目を向け軽い足取りで隣に腰掛けてくる。


「ねぇチュン、知らないうちに随分と淳司君と仲良くなったみたいだけど、一体何があったのかな?」


 柊木が薄い笑みを湛え、横目で尋ねて来る。軽蔑、というよりは純粋な興味と言った所だろうか。いずれにせよ、並んで座っている所を誰かに見られるべきではない。


「別に」


 立ち上がり、先ほどまで柊木がいたバッターボックスへと立つ。

 横では風見が苦戦しているようだが、それはいい。


 とにかく、光野に恥をかかされた分を今ここで解消してくれるわッ!


 ボタンを連打し、球速を最大速度に設定。電子ボードに移る選手の顔が鬼のような形相へと変貌する。いや変な所で芸に細かいな……。

 まぁいい。俺がやる事は一つ。放たれるボールをぶっ飛ばすのみ! 


 転瞬、なかなかの速度の白いボールが噴出口から飛来。内角低めの際どい位置だが、所詮機械。ストライクゾーンど真ん中だ。


 バッドを思い切り振り切ると、鋭い手応えと共にかきーんと気持ちの良い音が響き渡る。

 ボールはスリーベースヒットの所へと飛んでいった。くそっ、さっきの場所は百三十までしか無かったから反応が鈍ってるな。


 ――だが、もう慣れた。


 二球目、外角高め。バッドを振り回せば……よっしゃあホームラン!


「え、嘘でしょ……」


 横の風見が信じられないと言った様子で呟く。

 まぁバッティングセンターは一人でも悪目立ちしないからな。中学時代足しげく通った甲斐あってのものだろう。小学校までは野球してたし。


 その後、襲い来るボールを全て打ち返し、幾らか心地よい気分に浸っていると、ふと横から低い声が聞こえてくる。


「調子乗ってる感じうざ。マイナス五点」

「え、えぇ……」


 なに急に理不尽すぎない? 俺別に一人で満足してただけだよね⁉ なんなら声一つ上げて無かったよ!


「……ろ」


 ふと、風見が何やら呟く。

 え、何? ろ? ろ……ろ? ころす? え、殺すっていったの⁉ 

 やだやめて怖い怖い。金属バッド片手に持ってるからな尚更怖い。

 さっさと退散して柊木に交代してしまおうと急いでバッドを元の位置に戻すと、今度ははっきりと風見の声が聞こえてきた。


「教えろ」

「え?」


 つい聞き返すと、風見がバッドを頭の上で構える。


「殺す!」

「ちょっとまった、バッド振り上げるな! 危ない!」


 ネット越しとは言え殴ろうと思えば十分殴れるからな!


「マイナス二十点!」

「たぶん教え方下手くそだがそれでもいいなら!」


 命が惜しい一心でとにかく要求に応じる姿勢を見せると、振り上げられていたバッドが下ろされる。

 カコンと弱々しい音が耳に届くと、何を意味しているのか風見が掌を向けてきた。

 え、何? 待て?

 意図をはかりかねていると、紅潮した風見は視線を逸らしおもむろに口を開いた。


「……プラス五点」

「あー、えと、ありがとうね?」


 とりあえず怖いので感謝は伝えておくが、別にそんな事まで得点表記にせんでも……。


「えっと」


 とりあえずネットの外に出る。

 さて、教えると言っても何言えばいいのだろう。さっきチラッと見た感じだと多少気になる部分もあったし、とりあえずそこを教えるか。


「とりあえずもうちょっとバッド短く持つ感じで」

「えっと短く?」

「そう、あと及び気味だったから腰をもうちょっと据えて構えた方がいいと思う。それと力だけに頼って振ってる感じもあったから脇とかも閉めて極めつけは振る時に目を……」

「ちょっと待って」

「あ、うん」

「いやうんじゃねーし。何言ってんのか意味わかんないんだけど?」


 風見が不機嫌そうに睨み付けてくる。相変わらず怖え。

 でも弱ったな。もうちょっと表現を簡単にした方がいいか、あるいはもっと詳しく説明するべきなのだろうか。

 悩んでいると、ふと風見が口を開く。


「ねぇ」

「なんでしょうか……」


 また何かボロクソ言われるのかと身構えると、風見は髪の毛をいじりだし目だけこちらに向けてくる。


「……こっち来て教えてくんない?」


 あれ、なんか口調が柔らかくなった。ちょっと安心。

 そっちに行く事にどういう意味があるのかは分からないが、これまでの行動を鑑みれば言う通りにするのが得策だろう。

 防護ネットをくぐり、風見のケージへと入る。

 さて、来てみたはいいがどう教えたものやら。


「バッド持つところどこらへん?」


 風見が両手に持つバッドを見せてくる。なるほど、実際見せてみればいいのか。物書きとしては言葉で伝えたいところだったが、まぁまだまだ未熟だったって事だな。うまく言葉を扱えなかったのはこちらの落ち度だ。


「ここらへんで」


 手ごろなバッドを拾い、持ち方を指し示す。

 そのまま俺が打つ時のフォームをゆっくりと見せていく。


「そんで振る時はこんな感じ」


 一連の動作をスローモーションで実演する。


「こ、こう?」


 風見が見よう見まねで腰をひねると、ほんのりと柑橘系の香りが漂ってきた。

 そういやこんな至近距離まで来たことなかったか。そう考えるとちょっと緊張してくるな。

 何せ間近ですごまれたら怖さで腰を抜かしてしまうかもしれないからな……。


「おい」

「あ、ああ悪い。もうちょっと腰落として脇も閉めた方がいいか」


 あ、危ない。あとちょっと反応が遅れてたらまた罵詈雑言を浴びせられるところだ。


「どれくらい」

「えっとこれくらい」


 俺の身体で示してみるが、なかなか風見は理想のフォームにならない。


「こう?」

「あともうちょい下」

「むー……」


 風見は少し不満げにしつつも、懸命にこちらに合わせようと何度も見比べ合わせてくる。

 そうして四苦八苦した末、ようやく風見が理想のフォームになる。


「あ、今いい感じ」

「え、ま、マジ?」


 風見が慌て気味に声を上げる。

 力の入った様子は、形を崩すまいと懸命に堪えているようだ。


「できるだけ力抜いて。そんでこういう感じで振り切るんだ」

「え、ちょ、ちょっと待ってどうすんの? 分かんないんだけど⁉」


 焦りからか、風見の身体がぐらぐら揺れ出す。


「お、落ち着け。一旦普通に立てるか」

「無理。もう無理! ねぇちょっと、こけそう。支えてくんない⁉」

「え、いいのか……」

「早く!」

「えー……」


 気は進まないが、このままで本当にこけてしまいそうだったので仕方なく腕を取ると、体勢を崩した風見の背中が俺の胴体に収まる。


「ちょ、ちょっとどこ触ってるわけ! 殺す!」

「えぇ……」


 支えろって言ったの君だよね? だからわざわざ確認したのに。その上現在の立場的にもそこらへん気を付けないといけないから、間違っても変な所に手が触れないよう最大限配慮して掴むの腕だけにしてるし。ここが駄目だったらもうどこで支えれば良かったのか……。


「悪い」


 さっさと風見から離れようとすると、今度はあちらから俺の服を掴んできた。


「ちょっと急に離れんな! こけるじゃん!」


 風見が大層ご立腹した様子で顔を紅くし訴えかけてくる。


「いやだって触ったら殺すって」

「大人しく殺されとけよクズ!」

「えぇ……」


 流石に理不尽すぎませんかねそれは。

 でもなんというかこう理不尽な事言い出す感じ、若干染石に通ずるものがある気がするな。


 まぁ染石の場合は理不尽の度合いが可愛いというか、ぽろっと零れちゃっただけっぽいのが多いというかでむしろ微笑ましさすら感じてしまうが、この子の場合はもう素で理不尽押し付けてくるから疲労感の方が大きい……。まぁ別にこの子だって本気で言ってるわけでは無いと思うけどね? 

 あれ、そう考えると別段染石と大差ないか? 違う事と言えば……。


「とりあえず次やったら殺すから」

「……うっす」


 ああ分かった、言葉遣いがこの子劇的に悪いんだ! ほんと、今日で何回殺害予告したよ。警察に届け出たら捕まえてくれるんじゃないですかね? 知らないけど。


「まぁいいや、あとはしっかりとボールを見る。それに尽きるな」

「ボールを見る、ね」

「そう。じゃあまぁ、とりあえず教えられることは教えたつもりだし、一回やってみるのもいいかもしれない」


 それにこれ以上教えてたらまた俺の精神が疲弊するかもしれないし……。


「う、うん」


 風見は少し不安そうにしつつも頷く。

 危ないので俺は出ると、風見がバッドを構える。先ほどよりもだいぶフォーム良くなったな。

 スイッチが押されると、ややあってボールが前方から飛び出してきた。

 風見がバッドを振ると、軽快な音が辺りに響く。ボールは、ツーベースヒットの所に当たった。


「み、見た? すごくない⁉」


 風見がこちらに目を向けてくると、その顔は嬉しそうに綻んでいる。


「ああ、すごいな。次来るぞ」

「あ」


 言うと、風見ははっとした表情を見せ、また身を翻す。

 二球三球と飛んでくる中、全てを綺麗に飛ばせたわけでは無いが、最後の一球は見事ホームランを打ち抜いた。


「いぇーい!」


 すっかりご機嫌な様子で風見が出てくると、両の掌をこちらへと向けてくる。


「あっ」


 だが風見はすぐに手を引っ込め恥ずかしそうに頬を染めると、目を逸らし控えめにまた掌を見せてくる。


「ご、五かける五で、プラス二十五てん……」

「そ、そうか」


 相変わらず点数表記は忘れないのね……。

 まぁでも、喜んでくれてるなら、まぁこっちも教えたかいがあった言えるか。


「へぇ」


 ふと、身も凍りそうなほど冷たい声が背後から聞こえる。

 振り返ると、柊木がこちら側へと歩いて来ていた。

 何となく本能が危機感を覚えていると、柊木はぱっと満面の笑みを浮かべた。


「すごいね瑠璃! あんなに打てるなんてすごいよ!」


 柊木は俺の傍を通り越し、風見の手を握る。


「え、えと、まぁね? うちにかかればこんなもん的な?」


 おどける風見だが、ほんの少し気まずそうだ。ま、風見は俺から柊木を守る立場をとっているからな。それなのに教えてもらってたわけだから後ろめたくもなるだろう。


 とは言え、そもそも俺がストーカーというのは柊木がでっちあげた嘘だ。故にその罪悪感は本来必要ない。


「よーっし、今度は私が頑張って打っちゃうぞ~」


 全ての元凶は相変わらず楽しそうに顔を綻ばせている。

 果たして、この先あるのだろうか。いつかその顔が裏返り、全てが白日の下に晒されるような事が。

 分からないが、少なくとも俺はそんな事があれとは願わない。

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