第24話 陽の者共は俺を振り回してくる
ラウワンには実に多種多様な人間がやってくる。その中には当然マナーの悪い人間も存在するわけで、時々客同士のトラブルが起きたりもするらしい。
できるだけそんな場面には出会いたくないなと思っていたが、残念な事にそのマナーの悪い客が今、俺の目の前に対峙していた。
「んじゃ、そういうわけでそっちからオフェンスでいいよ? 俺らバスケサークルだし」
サングラスをかけた兄ちゃんがボールをくるくる腕で回した後、俺へと渡してくる。
その背後にはそれぞれ淳司君と光野、そしてそれをマークする大人が二人いた。大人と言っても大学生だが。
バスケットボールの半面コートの中、どういうわけか今からスリーオンスリーが始まろうとしているらしい。
事の発端は少し前。バッティングを終え、中に戻った俺達は先客はいたものの誰も並んでいないバスケットボールをすることにした。
基本的にラウワンのスポーツエリアは時間制だ。各コートにはタイマーが設置されており、利用者はそれを押して時間が来たら交代しなければならない。
ところがどっこい、並べど並べど一向に順番が来ない。見てみれば、なんとタイマーが押されていなかった。
気づいた俺達はそれを指摘。忘れてたとの事で先客はタイマーを押し、まぁどれくらいやっていたのか分からないし、とりあえず待つかと了承。
だがその先客は事もあろうか、俺達の目を盗んでタイマーを初期化したのだ。
たまたま気付き再び指摘すると、先客は何と言ったか。
「ごめんごめん、間違っちゃった。お詫びに一緒にやる?」
普通に考えたら舐めた提案だという事は分かるだろう。だが、うちの光野がなんと了承しやがったのだ。流石に条件は付けていたが、その条件とは。
・一つ、タイマーの間スリーオンスリーで勝負する事。
・二つ、負けた方がうちの女子二人にジュースおごる。
正直意味不明だった。まぁスリーオンスリーなのは相手が三人組であるからだろうし、女子二人にジュースをおごるっていうのも、勝負してる間女子が暇になるから勝敗に関係なくメリットがあるように配慮したんだと推測は出来る。ただ分からないのは、どうしてそんな事をやろうと思ったのかだ。だから聞いてみた。
「え、そっちの方が楽しそうじゃね?」
冗談かと思ったね。でも表情を見れば本気で言ってるのが分かった。なるほどこれが陽の者らしい。俺にはまったく理解できない世界だ。
そんなわけで今俺はボールを持たされているのである。
ちなみにお察しの通り相手は集合場所で風見に絡んで来たグラサン男だ。一人増えていたのは後で合流でもしたのだろう。ついでに淳司君に暴行を加えようとしたのもこのグラサンの一味だ。
淳司君には何も言わないよう釘は刺しているが、確か勘の良い奴だよな増えたのって。気付かれなければいいが。ていうかなんでこんなにこいつらと縁あるんですかね俺……。
「んじゃま、時間惜しいし始めよっか」
グラサンが言うので、光野達に目配せすると頷きが返って来る。
とりあえず一番点数入れた方が勝利だったな。ボールを取るか入れた時点でオフェンスとディフェンス交代。それを八分も繰り返すのか。
「輝也君も淳司も頑張れ~!」
風見が黄色い声援を飛ばしている。それなりにこの状況を楽しんでいるようだ。
「あとついでにお前もな」
光野達に目を向けていた風見だったが、突然こちらを睨んできた。これは応援なのか脅しなのか分かりませんね……。
グラサンにボールをパスし、また返ってくれば試合開始。
「俺さ、お前の事気に入らない訳ね? だからちょっと本気出すから」
グラサンが手を広げる。俺よりそれなりに身長が高い分、ガードも幅広く対応してきそうだ。
バスケといえば小学校のミニバスと体育の授業以来だし自信は無いが、やれるだけやってみよう。
ボールをつきつつ、周りを見渡す。光野も淳司君もばっちりガードされてるな。体格差もあるし初手パスは厳しそうか。
サングラスへと目を向け、つく速度を速める。
俺は右へ行くと見せかけ、左へ回転。付いてくるかと思ったがゴールポストまでの道が開けた。そのままドリブルしながら突っ走り、地面を蹴ればリングはすぐそこだ。リングの淵にボールを置けば、そのまま籠の中へと吸い込まれていく。
「嘘やん……」
相手の一人が声を漏らすのが聞こえる。
「チュン兄はっや……」
淳司君も呟くが、そりゃバスケなんだし動きは早いに決まってる。
息を吐く間もなく今度はディフェンス。投げられたボールを返せば試合開始だ。
「まぁまぁやるじゃん?」
「……」
対峙するグラサンが称賛の言葉を送ってくれる。
……これは、素直にお礼を言うべきなのか? それとも否定した方がいいのか? 俺としては別に大した事をしたつもりもないし、否定しておきたいのだが、聞く話によれば褒められたら素直に受け入れた方が好印象を与える事があるという。いやでも詫び錆びの日本人が果たしてそれに当てはまるのだろうか? イキってるとか自慢してるとか思われるのではなかろうか。くそっ、こういう時陽の者ならどう返すんだ! 何の言葉を選ぶんだッ!
「だんまりね。まぁいいよ。がら空きだし」
苦悩していると、グラサンが俺の脇を抜けた。あ、やべ。
即座に身を翻す。すぐさま後を追いかけると、グラサンが飛翔。一歩遅れつつ俺も跳ねると、その手から離れたボールになんとか手が届いた。
そのまま掌の中に収めると、自らの身体に抱え込む。
危ない……完全に籠に入るコースだった。バスケサークルなだけあってうまいな、この人も。
「は? ありえないでしょこんなの……」
グラサンの男がサングラスを傾けつつ言う。
「いや今のはギリギリでしたよ。完全に入ってたボールですし、シュート上手いんですね」
よし、今度はちゃんと言えたぞ! 言葉の対象を自分ではなく相手に向けてその上で称賛する。これならイキってると思われる事も否定したと思われる事もなくなる完璧な……。
「うぜー……」
グラサンが呟く。
あ、あれ? 思ってた反応と違う……。本当にさっきのシュートコース完璧だったと思うんだが。
「ナイスだぜ謙信公! この調子でかましてやれ!」
「お、おう……」
光野が声をかけてくれる。
まぁ考えても仕方がない。そもそも陽の者を真似しようと思うのが間違いなんだ。
何故ならそう、僕は陰だ。
流石にミスディレクションは使えないが、精一杯の事はやらせてもらう。
二回目のオフェンスターン。
俺の発言のせいか若干いらだった様子のグラサン。さっき同様ドリブルで抜けようとするが、突然左足が引っ張られ痛みが走る
見てみれば、大きな足がしっかりと俺の足を踏んでいた。わざとだなこれ。
「あちゃーいや悪いねぇ。わざとじゃ……」
グラサンが何か言いかけるが、その脇にはガードを振り切って丁度良い位置に立つ光野が見える。俺は即座に持つボールを床にバウンド。光野の元へとパスする。ボールは放物線を描くと、光野の手元に収まった。
「ナイスパスだぜ謙信公!」
光野が一突きしジャンプすると、放たれたボールは見事リングの中へと吸い込まれていく。流石イケ男とだけあって運動神経はいいらしい。
「事故なら仕方ありません。試合続行という事でこちらのポイントですね」
「こいつ……」
グラサンが額に青筋を立てる。
先ほどの俺の言葉が煽りとして捉えられたのは確かに申し訳なかったが、だからと言ってラフプレイしてくるのは気に食わなかったので少し嫌味は込めさせてもらった。下手すりゃケガしてたところだったしな。それくらいは許して欲しい。
途中怪しいプレイなどは少しあった気がするも、結果的にスリーオンスリーはこちらの勝利に終わった。
「なんでこんな強ぇんだこいつ……」
「ほんまやで……」
「おおおおチュン兄ぱねぇ!」
相手チームが肩を落とす中、淳司君が抱き着こうとしてくるので躱す。
「なんで避けんの⁉」
「いやだって動いたあと暑いだろ……」
「ショックっしょ!」
オーバーに悲しむ淳司君だが、君とて暑いのは嫌だろうに……。
続いて風見がこちらにやってくると、恥ずかしそうに視線を逸らしながら掌を向けてくる。
「プラス五点って事ですかね……」
尋ねると、ややあって風見が口を開く。
「手こっち向けろ」
「手っすか……」
後が怖そうなので言う通りにすると、風見が掌を重ねて叩いて来た。
「……いぇーい」
風見はローテンションで言うと、そっぽを向いてしまった。
これはハイタッチ的なあれって事ですかね……俺としては得点の方が嬉しかったんだが。だって九十九点以下だと殺されるんでしょう?
「いや~謙信公の独壇場だったな」
「そんな事も無い」
光野の言葉に反射的に否定してしまう。とは言え、光野や淳司君のおかげで助かった場面もけっこうあったし、間違ってはいないからいいか。
「あっ、もしかして!」
ふと、誰かが声を上げる。見てみれば、サングラスの一味の一人が俺の方を向いていた。あっ、もしかしてこいつは勘の良い大人!
やべえどうしよう。面倒な事になったらどうしよう。
とは言え何か良い考えがあるわけでもないし……などと考えていると、つい勘の良い大人の方をじっと見つめてしまった。
「……い、いや。なんでもないわ、うん」
「なんやねん急に声上げんなや!」
仲間の突っ込みに心なしか青ざめつつも勘の良い大人はぎこちない笑みを浮かべる。なんかよく分からないが、俺の事は言わないでおいてくれるらしい。良かった。
「ま、そいうわけでお兄さんがた。今回は勝たせてもらったんで、うちのお姫様たちに何かおごってやっていただいて」
光野が言うと、グラサンがこちらに一瞥をくれたあと口を開く。
「まぁ、負けたし仕方ないじゃん? 可愛いお嬢さんがたのためだし、売店で好きなもん選んでくれていいぜぇ」
「あざーっす!」
光野が威勢よく挨拶すると、先陣を切っていくので他の連中も後に続く。
やっぱこいつイケ男なんだなとここまでの一連の行動に感心すら覚えていると、グラサンが俺の傍へと寄って来る。
身構えるが、特に何をしてくるわけでもなく静かに声をかけてきた。
「さっきはちょっと熱くなって悪かったじゃん」
熱く、ね……。その割にけっこう危ない場面もあった気がするし、非難したい気持ちは無い事も無いが、まぁ謝罪してきた相手をわざわざ責め立てるのは性格が悪すぎるか。因果は巡るからな。うん。
「いえ。別に気にしてませんよ」
言うと、グラサンはへらり笑う。
「ま、今度会ったらその時は俺が勝つから覚えとけよ雀野君」
「え?」
つい聞き返すが、グラサンは答えることなく仲間の所へと混ざっていってしまった。
なんていうか、とりあえずあの男とはまた会う事が無いよう祈る……。
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