〇ひねくれ陰キャに学校の人気者が理由なく迫って来るわけ……

第31話 蛇足とはこのことを言う

 あれから三日経った今日。学校の到るところはとある話題で持ちきりだった。

 それは、『柊木葵のストーカーを、雀野堅心が撃退した』というもの。


 最初はこの話に疑念を抱いていた者も大勢いたようだが、話が広まっていくに従ってそういう人もいなくなり、いつぞやゴミ箱にされていた下駄箱も普通の下駄箱としての役割を果たしてくれるようになっている。


 正直ここまですぐに元の噂が塗り替えられると思ってもいなかった。何せ噂と言うのは良い話より悪い話の方が圧倒的に広まりやすい。


 実際、今でこそちゃんと本当の事が広まっているようだが、最初は学校の生徒が警察によばれたという事実だけが独り歩きして、様々な悪い噂が飛び交っていた。無論俺と柊木の噂と関連付けたものが多数なわけで、それはラウワンに言ったメンツの耳にも当然届く。


 てっきりまた前みたいにな事になるのかなと、少しだけ長期戦を覚悟していたのだが、今度は噂の真偽を確かめてくれたため、きっちり説明する事が出来た。


 ま、今回は柊木も警察沙汰になった事実まで婉曲するわけにもいかず、俺の味方でいるしかなかったからな。それも大きかっただろう。


 それからはもう瞬く間に俺の話は学校中に広まった。それもこれも、偏に事実を聞くやいなや話を広め回った淳司君やら光野、あと風見などのおかげだろう。柊木もどうやら手伝ってくれたようだが、変な事まで一緒に吹聴してないかについては少し不安は残る。


 まぁ何にせよ、この学校での俺の評判は元に戻った。というか淳司君曰くそれ以上の事になっているようだが、性格がこれだし、そのうち下火になるだろう。


 まぁいずれにせよ、そろそろ大丈夫なはずだ。

 今日こそ部室に行く!


「早く放課後にならねぇかな……」


 だが残念な事にまだ一時間目すら始まっていない。


「どうした謙信公。そわそわしてよ」


 光野がシャーペンの腹でつついてくる。


「うるせぇ。寒いだけだ」

「いや超暖かいだろ今。もう五月だぞ」

「俺は季節に囚われない男なんだ」

「おっ、久々に出たな謙信公節! 相変わらずイカしてんなおい!」


 光野が俺の頭をわしづかみにしてくるので、払いのける。


「やめろ鬱陶しい」

「別にセットしてるわけじゃねーんだからそうかっかすんなよな~」

「うぜぇ……」


 ラウンワン以降やたらと絡んできやがって。しつこくないのお前の美徳だったろうに。


「てかさチュン兄」

「うわ、びっくりした……」


 突然ひょっこり金髪が机の前から出てきたから目がカメラでフラッシュたかれた気分だ。


「髪とかいじらないわけ? ワックスとか」

「いやなんでいじらないといけないの……」


 そんなもんは陽の者がやる事だ。俺みたいな陰の者がやる事じゃない。


「だってもったいねぇじゃん! チュン兄がセットしたら絶対もっとバチバチのバチにキマるっしょ⁉」

「いやそういうの俺には……」

「似合うわけないじゃんこんな奴に」


 不意に声がかかるので見てみると、風見が既にくるくるしている赤髪を自らの指でくるくるしながら歩いて来た。


「いやいや、瑠璃っち、これぜってぇ映えるっしょ。チュン兄だぜ? 俺と同じ色にしちゃったりしたらもうマジ最強っしょ!」

「いやそれだけは絶対無い。あり得ないから。しかも淳司と同じとか最悪じゃない?」

「え、そこまで言っちゃう⁉」


 淳司君が叫ぶと、俺の方へと抱き着いてくる。


「なぁチュン兄~! 瑠璃っちがぱおーん!」

「離れろ鬱陶しい」


 淳司君を引きはがす。てか瑠璃っちがぱおんって遠回しに風見が像女って言ってるようにしか聞こえないんですが。どちからというと豹女では? いや流石にそれだと褒めてるみたいだな。


 なおもくっついて来ようとする淳司君を抑えていると、風見がじっとこちらを見つめてくる。


「じー……」

「えっと、なんすかね?」


 蛇に睨まれた蛙の気分になっていると、ふと風見が口を開く。


「プラス五点」

「……は?」


 突然に出てきた謎の加点につい聞き返すと、風見は我に返ったかの顔を真っ赤にして目を逸らす。


「あ、いや、ちょっと身だしなみ整えたらお前みたいなダサい奴でもほんのちょっとはありよりのありになるかなーって思っただけっていうか……とりあえず死ね!」

「えぇ……」


 なんか謝った癖に全然息を吐くように酷い事言うなこの子。相変わらず睨むと超怖いし。


「まぁ別に? もしヘアースタイルとか考えるって言うなら別にうちが相談に乗ってあげない事も……」

「なに話してるの~みんなっ」


 何やら澄ました様子で言おうとした風見の背後から、ぬっと柊木が現れる。


「あ、葵⁉」

「いぇーい、瑠璃成分補給しちゃうぞ~」


 風見が柊木に後ろから抱き着かれると、身をよじり恥ずかしそうに頬を染める風見。あら~。


「ようやく謙信公の正室様のご登場か」


 ふと、光野がそんな事を言いだすと、風見とじゃれていた柊木が突然顔を紅くする。これみよがしに……。


「て、輝也君、どういう意味かな?」

「うちで謙信公って言ったら俺の前の席の奴に決まってんだろ? なぁ謙信公」

「いやそうかもしれないが……」

「だろ? んで、その正室と言えばもう一人しかいないよなぁ?」


 光野が目を向ける先は柊木だ。その視線を分かってか分からずしてか、ていうか分かってるな……。柊木はわざとらしく視線を合わせないようにしながら頬を朱に染める。


「だ、誰の事だろうなー。わっかんないなぁ……」


 なんというか白々しさに拍車かかってんなこいつ……。あるいは普段からこんな感じだったのか? 言っても柊木とはあちらから声をかけてこない限り関わりなかったし、あんまり普段こいつらと馴れ合ってる柊木は見た事ないんだよな。


「大河ドラマ風に言うとこうだ。悪に狙われる姫にかたや悪から姫を守って見せた従者。後にこの二人は戦乱の世に桃色の風を巻き起こす。従者の名は、堅心公、姫の名は葵姫!」

「よっ、超クールっしょ!」


 淳司君の合いの手に、光野は苦しゅうないと満足そうに頷く。いやこいつ本当に大河ドラマ見た事あんのかよ。

柊木も柊木でよくもそこまで顔色を操れるな。真っ赤じゃないか。たこか?


「馬鹿馬鹿しい……」

つい声が漏れると、光野が肘で小突いてくる。

「んな事言ってまんざらでもないんだろ? なあ?」

「いや本当に何もねえよ。柊木助けたのだってたまたま見つけたからだし」

「そ、そうだよ輝也君! 別にそういうのないからチュンは!」


 俺の言葉に柊木も追従してくるが、完全に狙ってやがる。


「ん? チュンは? 今そう言ったな?」

「えっとそれは……」


 光野の指摘にまた顔を紅くする柊木。いつまで続くんだこの茶番。柊木も柊木でどういうつもりだよ……。まぁなんとなく想像はつくが。


「ったく羨ましい限りだぜ謙信公は」

「何がだよ」

「とぼけやがって。見目麗しい正室がいるんだぜ?」

「せ、正室……奥さん……」


 柊木がこれ見よがしに単語を挟んでくるが無視する。


「はあ、今後お前が恥をかかないように一つアドバイスをしておくが、かの軍神上杉謙信は生涯妻を娶っていない」

「あ、出たよ謙信公節」

「なんで謙信公の事を語ってるのが謙信公節になるんだよ」


 陽の者共のノリについため息が漏れそうになると、光野がわざとらしく口を開ける。


「いいなぁー羨ましいなぁ」

「うるせ」


 はやく朝のSHR来てくれと祈っていると、ふと風見が呟くのが聞こえる。


「うちもちょっと羨ましいかも……」


 え、嘘だろ。もしかしてこの子……キマシ⁉

 だが他の奴らには聞こえてなかったらしく、ぎゃいぎゃいとなにやら騒いでいる。まぁきっと気のせいだろ。そうに違いない。


 しかし羨ましい、か。そう言えば俺も昔こういう感じの空気に憧れてた時期もあった気がする。え、いや勿論中二とかそういう黒歴史の時代とかの話で高校とかじゃ断じて無いけどね? ましてや二年生になった昨今じゃ普通に青春とか諦めてるくらいだし。うん。


 だからまぁ、たぶんこいつらとの絡みもそのうち薄くなっていくのだろう。今は色々な事が一挙に起きてその空気にあてられているだけ。卒業するころにはきっと俺はまた日陰に一人だ。結局の所、凝り固まった陰の者精神はそう簡単に消し去ることはできない。


 ふと、チャイムが鳴るのが聞こえる。どうやらようやく時間が進んでくれたらしい。

 各々が席に戻っていくと、光野が突然後ろから問いかけてくる。


「なぁ謙信公」

「なんだよ」

「今お前は楽しいか?」

「え、何急に……」


 いきなりぶつけられた謎の質問にすぐに答えを返す事が出来ない。


「俺は正直楽しい。だから他の連中も全員が楽しんでほしいと常に願ってるんだ」

「お、おう……」


 急に何語り始めてんの? え、もしかしてこれ何かの最終回だったりする?


「だからまぁ……」


 光野が言いかけると、教師が入って来る。


「おっと、先生が来たみたいだな。続きは放課後でよろしくぅ」

「はい?」

「なにだいじょーぶだ! 俺も部活あるからな。ちょこっとだけ話したいだけだって」


 光野はベシベシ俺を叩くと、最後には肩に手を乗せ顔を近づけてきた。


「柊木の事についてな」


 降って湧いて出た名に一瞬思考がフリーズする。

 一体どういう事だ。そう聞こうとした時には光野は我関せずといった具合に自分の席ですました顔で座っていた。


 正直一刻も早く部室に行きたいためばっくれたいところが、そうも行かなさそうだ。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか……。願わくば鬼でない事を祈りたいものだな。

 たとえ身体能力や学力で勝っていようと、たぶん俺はこの男には敵わない。

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