第2話 突き放すと決めた日
日直なんて制度滅されればいいのに。
箒で床を掃きつつため息も吐く。
別に放課後掃除させられるのは別にいい。有象無象の塵共が俺の手によって掃かれてゴミ箱に捨てられる様は見ていて非常に気分が良いからな。今この場において俺は唯一無二の存在であり絶対王政のキングだ。ひれふせ塵共。気に食わぬものは全てゴミ箱にポイしてくれるわ。
しかし気分よく掃除していたのも束の間、どこからともなく飛んできた声が全てを台無しにする。
「チュンっ」
箒片手に、ステップを刻むように俺の視界に入ってきたのは柊木だ。相も変わらずその手は耳のもげた狐の形をとっている。
これこそが俺が日直が滅されればいいと思う理由だった。
「頼むから掃除をしてくれ」
「まー別にいいじゃん? それよりなんでチュンはさっき笑ってたの?」
「あー……」
マジか。俺笑ってたの? 確かにこれから塵が死にゆくざまを眺められると思うと愉快だったが、まさか表情に出ていたとは思わなかった。これじゃあ単純にキモイ奴じゃねえか。いやまぁ何を今更ってところか。気にする事無かった。
「ははーん。分かった。さては気になる子の事でも考えてたな?」
「なんでそうなる」
「図星かな? ほれ、チュンチュン、白状するんだ~」
柊木は例の如く指で不可解な形を象った手で胸板をつついてくる。布越しとは言えボディへの女子のきめ細やかな指の感触は精神的にくるものがあるので、距離をとり回避する。
「図星じゃ無いからやめろ。てか毎度その手で作ってる形なんなの」
「ん、これ? これはね、鳥の頭っぽいでしょこの形。チューンチュンっ」
柊木が自らの胸の辺りで手首を二度スナップすると、ミサンガが手首を少し滑り落ちる。
鳥の頭……鳥の頭ね。まぁ分からないでもないが、やっぱり耳のもがれたキツネの方がしっくりくる。実際、指でキツネの形を作った時の耳の部分を、鼻の部分とくっつけて作ってるみたいだしな。という事はこれは耳をもがれたというよりは耳が鼻の部分に癒着してるのか。バイオレンスさ増し増しだなおい。俺はこれまでクリーチャーを押し付けられていたのか?
「鳥だかなんだか知らないが、とりあえず掃除してくれ」
「えー、チュンが聞いてきたんじゃん」
「ああそうだな。回答感謝する。お礼に掃除は俺が全部やっとくから帰っていいぞ」
むしろ帰れ。俺の王国から出ていけ。
「帰らないよ~っだ。私だって日直なんだから仕事はちゃんとしないとね」
「なら黙って掃除しろ」
「いーや。だって黙らなくても掃除できるもん」
「作業効率は落ちるんだよ」
チクリと言うが、柊木は動じた様子もなくまた俺へと距離を詰めてくる。
「それで? 気になる子やっぱいるのかな? 聞きたいなぁ」
手を後ろで組み、柊木は下から覗き込むようにして目を合わせてくる。
相変わらず見てくれだけはいい奴だな。そうやって数多くの男子共を悩殺してきたのかもしれないが俺は騙されん。
「だから別にそんな事考えてなかったって言ってるだろ。しつこいぞ」
「でも、気になる子はいるんでしょ?」
「……」
綺麗な黒い双眸が俺の姿を映し出す。
気になる子。常日頃から人を呪い続けている俺でも、確かに一人だけそんな子はいる。だがたぶんこいつが思っているであろう恋愛的な気になるではない、と思う。というか無い。仮にそいつが男だとしてもたぶん俺は同じ感情を抱いただろうからな。
……うん。あの、男好きとかじゃないからね? 断じて。俺異性愛者だから。ていうか俺は誰に言い訳してるんだ。
自分の体たらくに頭を痛めていると、不意にうるさく教室の扉が開く。
「ややややっべ~忘れもの……ってか柊木ちゃんじゃん!」
唄いながら入って来たのは金髪のツンツンした奴だった。
「あ、淳司君」
「なになに、日直の掃除? 大変だねぇ。しかも
後ろの席の奴は謙信公、柊木はチュン、赤髪クルクルガールに関しては陰気臭そうなの。俺の名前って無いんじゃないかと錯覚してたところにようやく本名で呼んでくれたのがこいつかよ。そんなヘラヘラとした笑顔向けてくれちゃって、うっかり惚れちゃうゾ? ニチャア…。
「まぁ日直だからね。でもチュンはいてくれた方が良いよ?」
「えぇ……」
いやなんでそんなドン引きなの淳司君。
「なぁ柊木ちゃん、ぶっちゃけアイツに近づかない方がいいと思うよ?」
淳司君は柊木を俺から遠ざけると、コソコソ話し始めるが丸聞こえなんだよなぁ。
「え、なんで?」
「だってほら、そうやって柊木ちゃんが優しくしてるとさ、アイツ勘違いするっしょ。そうしたらたぶんストーカーとかされちゃうからさ絶対」
失敬な野郎だな。俺が執拗に追いかけるのは今季アニメだけだが?
まぁ、どうしてもそんな風に見えるってんならどうぞご勝手に。噂だけじゃ犯罪歴は付かないから俺に害はない。
本心かどうかはさておいても、これには柊木も話を合わせる事だろう。共感というのは対人関係において重要な要素だからな。
「えー、チュンはそんな事しないと思うけどなー」
「いや絶対するする」
「うーん」
「悪い事は言わないから。ね?」
はっきりしない柊木に、言い募る淳司君。俺は一体何を見せられてるんだ。さっさと淳司君共感すればいいだろう、面倒くさい。だいたい迷うって事は思う所があるって事だからな。いくら親し気に接してくると言っても結局そんなもんなんだよ。それならいっそのこと淳司君の言葉を即座に肯定して流してくれた方がいい。そっちの方が百倍信用できるってもんだ。
柊木の煮え切らない様子に若干苛立ちを覚えていると、おもむろに柊木が口を開いた。
「……私、悲しいな」
「え?」
出し抜けに放たれた言葉に淳司君が戸惑いの声を上げる。
「淳司君に人の事そうやって言ってほしくなかったな」
怒り、というよりは悲しみだろうか。そこに攻撃性は無くただただ目の前で聞かされた言葉に対する悲哀のようなものだけがある。人当たりがよく誰にでも愛される柊木ならではの反応だ。
「柊木ちゃん……」
「ううん、淳司君はきっとそんな事言わない。何か理由があるんだよね。もしそうなら聞かせて欲しいな。何か悩んでるなら相談に乗るよ。私でよければ、だけど……」
目に見えて元気の無くなる柊木に、流石の淳司君も思うところがあったのだろう。矢継ぎ早に囃し立てる。
「いやいや、俺の方こそごめん! 軽い冗談というかノリ的な? 雀野だって悪い奴じゃないもんな! えと、ほらあれよ、例えば……良い奴、だよな!」
具体的に何か褒めようとしたけど言葉が出なくて抽象的な事言ったやつ、だよね。
しかし柊木はそうとは受け取らなかったらしい。
「うんうんそうだよね淳司君! でも良かった冗談だったのかぁ。淳司君が酷い事言うわけ無いもん」
心底ほっとしたように顔を綻ばせる柊木。
いや明らかに冗談の方が冗談なんですがそれは。
「うんうん、邪魔してごめんね? 雀野君も、掃除頑張れよな」
淳司君はこちらに近づき馴れ馴れしく肩を叩いてくると、教室を後にする。
馴れ馴れしい奴だ。俺はお前の苗字すら覚えて無いってのに。
「それじゃあチュン、掃除やっちゃおうか!」
柊木は何事も無かったように屈託のない笑みを向けてくる。
嗚呼まったく、反吐が出るな。
自分自身に。
「なぁ柊木」
「ん、どうしたのチュン?」
柊木が小首を傾げ目を合わせてくる。いかにも悪意の無い澄んだ瞳だった。だが、俺はその瞳を信じる事はできない。
どうせその奥には悪意が潜んでいるんだろう? 俺みたいな日陰者に近づくのだって、別に俺が気に入ってるとかじゃない。言うなればそれはただの同情だ。自分はみんなを愛しているという博愛主義を周りにも、そして自分自身にもアピールして自己陶酔に浸っているに過ぎない。それは善のように見えてその実悪。偽善だ。
「もうやめてくんないかな。俺に関わるの」
遂に言ってやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます