第20話 俺はまず一つの賭けに出る

 せっかくいつもの場所に来た割に昼飯を持ってくるのを忘れた。

 というわけで教室へ戻り、昼飯を手に取ると、後ろから声がかかる


「あ、チュン兄!」

「ちょっと淳司⁉」


 どうやら淳司君が声をかけてきたらしいが、もう一人別に女子の声も聞こえてくる。


「何の用だ」

「いやさ、実は次の日曜ラウワン行かないって話なってさ」

「ほう」


 ラウンジナンバーワン、通称ラウワン。ボーリング、ゲーセン、スポーツ等々、様々な娯楽施設が併設した複合エンターテイメント施設だ。俺もゲーセンだけは利用した事がある。他は知らん。


「それでさ、チュン兄もどうかなって」


 淳司君がスマイルでそんな提案をしてくれるが、後ろの方で小さく「最悪」と超絶低い声が聞こえてくるので、頷くのが躊躇される。


 が、正直これは願ってもない提案だった。普段なら一も二も無く断るところだが、これは状況を好転させるには有効な手段になり得る。みすみす逃すのは勿体ない。今この場において淳司君にはいいねを三個くらい送りたいくらいのファインプレーをしてくれたと思う。何せ俺からは絶対にすることができない提案だからな。とは言えまだまだ情報が少ないのも事実。


「ちなみに誰と?」

「それはもち」

「うちと葵と輝也君、あとこいつだけど?」


 淳司君の声を遮り躍り出てくるのは赤髪くるくるカール女子こと風見瑠璃だ。

 凄まじい眼光は圧倒的な拒絶の意志を示しているようだ。マジ怖い。いいね三個しかあげられないのこれのせいなんだよな。全員説得した上で誘ってくれてたら淳司君にはいいね五千兆個くらい送ってたよね。


「え、なにお前来るとか言わないよね?」

「あーっと……」


 誰が聞いても来るなと言っているようにしか聞こえないだろう。風見自身もそれを隠すつもりは無いらしい。その表情には嫌悪感が滲み出ている。

 まぁ当然の反応だろう。何せ俺は今、悪名高きストーカーだからな。


 人間は一度悪と認識した者を徹底的に叩きたがる生き物だ。善意と言う矛をもって悪人を成敗せんと動き出す。

 ならばどうすればその矛を防げるのか。それはこちらも善意と言う名の盾を持って対抗するしかない。


 それ以外にも一応搦め手などもないわけではないが、その方法では今後俺が成そうとしている事に支障をきたしかねないので、ここは正攻法を使わせてもらう。


「えっと、行こうかな、俺も」


 言うと、淳司君は嬉しそうに顔を綻ばせるが、風見については信じられないと言った風に目を丸くする。

 やがてその眼は怒気を孕み、より一層こちらを威嚇せんと迫って来た。


「信じらんない。マジで言ってんの?」


 その迫力に一瞬臆しそうになるが、ここが正念場だ。気を引き締めて見つめ返す。


「……まぁそうだよな。風見さんが怒るのは分かる。俺みたいな危ない奴と柊木さんが一緒に遊びに行くなんて許せるわけ無い」

「いや分かってないだろ。分かってたら一緒に行くなんて絶対言わない」


 ごもっともな意見だ。でもそれは俺がストーカーであるという前提があってこそで、それは実際は事実無根な話だ。


「いや分かってるよ。分かった上で言ってる。だって俺は柊木さんをストーカーした事は一度も無いから」

「は? 何言って……」

「うん、何言ってんのって話だよな。でもごめん、これは本当の事なんだ。勿論そんな事言ったって信じられないと思う。柊木さん自身も、俺がストーカーかもしれないと思ってる事だしな」


 予測される反論に先回りをしていく。相手の言葉を奪い、口を挟ませない。 

 風見の後ろの方へと視線を向けると、柊木が心配そうにな眼差しでこちらを見ている。


 あくまで悲劇のヒロインを演じ切るつもり、というよりはそうせざるを得ないのだろう。果たして今の俺の行動は柊木のその目にどう映っているのか。

 分からないが、俺は俺のできる事をやるまでだ。


「俺はその誤解を解きたいと思ってる。どうやったら解けるかなんて分からないけど、このままずっと何もしなければその日が来ることは無い。だからこれはお願いだ。頼む、どうか俺に誤解を解くチャンスをくれないか。この通りだ」


 風見に、そして後ろにいる柊木やさっきから机に座り静観している光野へ向けても頭を下げる。大よそできる限りの誠意を相手に対して示す。そうする事で一定の譲歩を誘い出す。


 束の間の沈黙が場に訪れた。

 ややあって、風見が口を開く。


「いや、そんな事されたって信じられるわけないだろ。演技なんていくらでもできる。ストーカーってそういうの得意だし」


 俺に向けられる風見の視線は実に冷ややかなものだった。まぁ、そう簡単に行くわけ無いよな。これまで特に関わりも無いどころか嫌っていたような相手だ。そんな奴の言葉が心に響くわけがない。


 だが、ここまでの一連の誠意は、何も風見に向けたものというわけではない。はたまた、事実を婉曲してでも俺を陥れようとしている柊木でもない。光野についても正直どういう立場をとってるのか情報が無い為、こちらも考慮はしていない。


 よって、あくまで俺が誠意を示した相手はただ一人。正直賭けだが、ここで勝つか負けるかで今後の動きが大きく変わっていく。あるいは変わらなくとも、好転する小さなきっかけにもなるはずだ。

 もっとも、その逆になる可能性だって十分孕んでいるが。


 とにかく今はただ頭を下げ、話が進むのを待つのみ。

 場に再び沈黙が訪れる。

 一秒、二秒と時計が秒針の刻む音が耳に聞こえると、沈黙を破ったのは淳司君だった。


「なぁ、瑠璃っち。チュン兄ここまで言ってんだし、そこまで言わなくてもよくね?」


 淳司君の言葉に、一先ず心中で安堵する。

 どうやら最悪の事態は避けられたらしい。昨日の出来事があってから淳司君は露骨に俺へと寄り添う姿勢を見せて来ていた。それが本心からくるものなのか、何か悪心があっての事なのか、そこまでの判断がついていなかったからこその賭けだった。もし仮に後者であれば、淳司君はこの場で口を開くような真似はしないだろう。


 まぁこれが俺への信用を勝ち取るためのパフォーマンスじゃないとは言い切れないが、そこまで器用な事をする奴とも思えない。


「は? あんた何言ってんの?」

「だって頭下げてまでお願いしてんだぜ? もし本当にストーカーだったらここまでしないっしょ? 俺にはチュン兄が嘘ついてるようには見えないのよ」


 善意の盾。それは他でもない淳司君の事だ。一度善意の矛を向けられた者は誠意を見せても隙ありと突き刺される事がほとんどだ。何せ、善意とは人間にとって他者を攻撃する事を肯定させるくらい絶対の存在だからな。


 しかしその絶対なる善意は攻撃される側にもその効力を発揮する事がある。それは攻撃される側に少しでも同情する者がいる時だ。その時そいつは味方となって善意の盾を引っ提げうって出てくれる。


 よくある話だろう。SNSで炎上して叩かれ続けた結果取り返しのつかない事になった時、叩いていた側を叩く連中が現れるなんて話は。なんなら叩いていた奴らが掌返ししてくる事だってある。


 そんな簡単に人間を動かしてしまう善意を、絶対な存在と言わずして何と呼べばいいのか。

 もっとも、その本質が善意から来るものかどうかは甚だ疑問は残るが。


「……いやだからさ、ストーカーってそういう演技得意なんだって」

「いや瑠璃っちはこのチュン兄見て演技って思えるわけ? そりゃないっしょ!」


 どちらの主張も主観に寄っていて論理的ではない。故にどちらかが折れない限り永遠に結論は導かれないだろう。


 まぁ別に今回のこれについては、俺がこいつらと一緒に遊びに行く事が目的というよりは、淳司君が俺の味方であるという事実を強固にするのが目的だ。こうなった時点である程度目標は達成できたようなものだが、最終的な事を考えると遊びに行くに越したことは無い。

 だからもう少しだけ踏み込んでみようと思う。


「柊木さん」

「な、何かな、ちゅ、雀野君……」


 急に俺が名前を呼んだからか、警戒した面持ちでこちらを見てくる。


「俺がもし柊木さんに不安を覚えさせるような行動をしてしまってたのなら謝る。ごめん。でも俺は柊木さんをストーカーしようとも考えてなかったし、絶対にしてないんだ。だからどうか、俺に柊木さんの誤解を解くチャンスをもらえないだろうか?」


 流石に澄ました言い方をし過ぎた気もするが、この言葉の使い方なら分かりやすく誠意を提示できるだろう。

 さて、柊木ならどう返答するだろうな。みんなに愛される優しい柊木なら。


「えっと……そういう事なら私は大丈……」

「ちょっと葵、言わなくていい。おい、葵に近づいてんなよクズ!」


 柊木と俺の間に、風見が割り込んでくる。

 随分と友達思いな子だな。それだけなら良い子なんだからもうちょっと俺に対する言動柔らかくしてくれませんかね。めっちゃ怖い。


 しかしだ、これはこの子がいる限り正攻法じゃ限界がありそうだな。搦め手を使えば一応遊びに行くくらいはできるだろうが、それはちょっとリスクが大きすぎるんだよな。


 人を味方につけるにはやはり一定の筋というものを通す必要がある。その筋が揺らいだ時に人は不信感を覚えるというものだ。今は淳司君を味方に引き入れた、それだけで満足しておくべきか。

 諦めるかと引き下がろうとした時、これまでずっと黙っていた光野が口を開く。


「ま、別にいいんじゃねーの? 謙信公が一緒に来ても」

「え、ちょっと輝也君まで何言ってんの?」


 これは予想外だったのか、風見も戸惑った様子を見せる。


「だってほら、人は一人でも多い方が楽しくないか?」

「そんな……」


 口元に微笑を湛えて言う光野に、風見は失望したように声を漏らす。

 多数決、という事だろうか? いやでもそれにしては少し乱暴すぎる気がする。それに光野がそんな事をしてまで俺と遊びに行く事を選ぶ理由が分からない。


 あるいは俺の誠意の姿勢が光野を動かしたのか? それならそれで望外の事だが、光野はなんとなくそれくらいで動く人間じゃないような気がする。こればかりはただ根拠のない完全な主観だが。


「それに考えてみろって瑠璃」


 言動に違和感を覚えていると、さらに光野は口を開く。


「ここで言う事聞かなかったら、そっちの方が柊木が危ないんじゃないか?」


 出し抜けに放たれた光野の言葉に、つい意識が向く。こいつもしかして。


「え、どういう……」


 風見が困惑気味に声を漏らすと、光野は笑みを収め、心なしか厳しい眼差しになる。


「ストーカーが逆恨みをしてその相手を殺す。そういう話ってニュースとかでドラマでもよく聞くだろ」


 言い聞かせるようにも言うと、光野は風見の方を見る。


「ここでこいつを拒否してみろ。それこそ本当に取り返しのつかない事にだってなるかもしれねーぞ?」


 どこか脅すような口調に、風見ははっとしたような表情を見せる。


「ちょっと輝君、それは流石に……」


 淳司君が口を開くと、光野は先ほどとは打って変わって朗らかな笑みを浮かべる。


「悪い悪い。流石に殺すとかは言い過ぎだったかもしれねーな」


 でも、と光野が机から離れ立ち上がる。


「ここまでの全てが根拠の無い話だ。だからどんな事でも可能性が無いと否定はできない。そうだろ、謙信公?」

「あ、ああ。その通りだ」


 初めて光野の視線が俺へと向く。

 突然話を振られ、声を詰まらせてしまったが、光野の言っている事は一つも間違ってないので肯定する。


「だからま、今度の日曜はここにいるみんなでラウワン。そういう事でいいよな?」


 光野の言葉に、この場の誰もが首を横に振る事は出来ない。

 見事すぎるまとめ方だった。だが疑念は拭い去る事が出来ない。

 普段から奇特な奴だとは思っていたがここまでとは。


 果たして今、光野は何を考えているのだろうか。微笑を湛えるその表情からはまったく想像することができない。


 このイケ男は味方なのか、それとも敵なのか。分からないが、少なくとも俺はこいつらと遊びに行く事にはなった。そうなった以上、俺もしっかりとこのチャンスは活かさなければならない。

 全てはまた部室に通うためだ。

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