第30話 あの頃俺達はこの場所に来ていた
随分と暗くなって来た。警察も直に来るだろう
見上げれば丸くほの明るい電灯が木の葉を青白く照らしている。
柊木も落ち着いたらしく、今は隣で大人しく座っていた。
場に静かな時間が流れていく。
何となく落ち着かないが、何か言おうにも俺のはこんな時にかける言葉の語彙を持ち合わせていない。
そのまま黙して待っていると、柊木がおもむろに口を開いた。
「ねぇチュン、この場所覚えてる?」
静かに柊木が尋ねて来る。その声に取り繕った気配はまったくと言っていいほど無かった。
「そりゃこの前寄ったところだし覚えてない方がおかしいだろう」
「そうじゃなくて」
ふと眉をしかめ頬を膨らませる柊木は、年端も行かぬ少女が駄々をこねているように見えた。だがすぐにそんな気配は引っ込めむと、柊木は退屈そうに言う。
「四年生の時、図工か何かでどんぐりとかここに拾いに来た時」
「いや四年生の図工の時間とかいちいち……」
いや待てよ? なんかあった気がするな。ああ、思い出したぞ。時間割変更で二時間連続図工になった日だ。写真立てか何か作ろうって時だっけか。木の実やら枝やらを拾い集めて持って帰ろうと教師引率の元クラスでぞろぞろとここまで歩いて来た。
なるほど、一度思い出してしまえば割と細かい所まで憶えてるな。あの時はちょっとした事件も起きたし余計に憶えているのだろう。
「その感じ、やっと思い出した?」
柊木が薄く笑み湛え横から覗き込んでくる。
「ああ、そういえばいたなその時お前。丁度一緒の班だったんだ」
「そう!」
柊木が突然嬉しそうに目をらんらんと輝かせる。雰囲気の違いっぷりに多少は圧倒されたが、ころころ変わる雰囲気にはいい加減慣れてきた。
「親しい友達ならともかく、クラスの友達程度の班員の事を覚えているとは実に律儀な奴だな」
「それ本当に言ってるの?」
真顔で柊木が尋ねてくるが、まったく笑ってないどころか不自然なまでに表情が死んでて普通に怖い。どれくらい怖いって風見の次に怖い。やっぱ風見の睨み付けの方がつれぇわ。
「……いいや。まぁ俺とお前、多少個人的に関わりできたしなその時」
季節は秋。それも木枯らしが吹いていた気がするから十一月くらいだったかもしれない。柊木とは特にそこまで仲良く無かったものの、たまたま図工で同じ班になって多少話す仲ではあった。とは言え、そんなものは一過性で班さえ変わればまた特に関りがなくなるものだし、実際その後はクラスも変わってまったく関わりなど無くなった。
だがあのちょっとした事件が起きた時だけは普通より濃い時間を過ごしたと思う。そのちょっとした事件と言うのは。
「柊木が迷子になったんだったな」
迷子と言っても普通ならすぐに見つかっただろう。ここはそれなりに広い公園ではあるが、自然公園と言えるほどの規模は無く散策できる場所は限られているからな。それでも少し見つかるのに時間がかかったのは、同じクラスの子供の誤解、柊木の迷っていた場所と状況など、色々な要因が重なり呼んだらすぐに見つかるレベルの迷子ではなくなってしまった。
「でもチュンが見つけてくれた」
柊木が呟く。
「ああそうだったな」
クラスの奴があっちで見たと言ったが俺はそう思えなかった。だが先生はその言葉を信じそっちを探しに行くもんだから、じゃあ俺は俺の思う方を探しに行くかと勝手に行動した。まぁ小学生特有の中二心というかヒーロー精神みたいな奴だな。愚かで馬鹿馬鹿しい行為だとは思うが、たまたまそれが功を奏した。
柊木がいたのは生徒が言った正反対の方向。その上普通の方法では行く事の出来ない場所だった。
「確かここの裏だったか?」
長椅子に膝を乗っけ、後ろ側を覗く。
そこは小さな崖になっていた。大人がここに落ちたところで自力で這い上がれそうなくらいの高さだが、小四の小さな体では登るのに厳しそうな崖だ。
一応この休憩場所までは教師も探しに来たみたいだが……。
「私、その時気が動転してて呼ばれたのに返事できなかったんだよね」
柊木が同じく場所を覗き込みつつ言う。
「俺が見つけた時もだいぶ混乱してたよな。子供ながらに落ち着かせるのには苦心した覚えがある」
「うっ……だって落ちるなんて思って無かったからびっくりしてたんだもん。一生ここから帰れないかもとか色々考えてて、そしたらチュンが上から顔を覗かせてくれたから絶対に今度は助けを求めなきゃとか……」
柊木が気まずげに笑みを浮かべ頬を掻く。
その姿にあの時の慌てふためいていた柊木の様子を思い出し、幾らか口元が緩みそうになる。
いつも造った感じが抜けない柊木でも、たまにこういう自然に出た様な所作が見え隠れするのは面白い。まぁ結局のところ自然も不自然も柊木と言う人間の一部に過ぎなのだろう。だからって俺に何か関係があるわけではないが。
「でもね、チュンが来てくれた時私、すごく嬉しかったんだ」
柊木が崖から目を離すと、長椅子から離れ立ち上がる。俺もあまり膝立ちしていては行儀が悪いので座り直した。
「チュンはさ、私を二回も見つけてくれた。ううん、今日含めたら三回だね」
手を組む柊木の後ろ姿が電灯を遮り影を落とす。
「いや、二回であってるだろ。見つけたのは小学校の時と今日だけだ」
「ううん、三回だよ。小学校の時と今日、それとチュンは気付いてないかもしれないけど日直当番の時」
「あれね……」
あれはただの偶然だ。というか俺としては偶然だとしても何一つ見つけないと思う。
「だから私やっぱり好きだな」
柊木が振り返ると、頬を染め控えめにはにかむ。
「チュンのこと」
まさに恋する少女と言った所だろうか。それにそれが取り繕った言葉ではない事も理解できる。だがどうにも。
「そうか」
とりあえず人の気持ちなので否定しないで肯定だけすると、柊木が半目でこちらを見てくる。
「え、想像以上に反応薄い……」
「いやこの雰囲気なら行けると思ったのかは知らんが、お前が何事も手段は選ばない性格してるのは知ってるからな。自らの置かれる状況を利用して何かしら訴えかけてくることくらい想定できる。今回のこれは同情を利用した作戦だろう。確かに優しい人間ならこんな辛い思いをした子を放っておくわけにはとか言って心は揺れるかもしれないが、生憎俺は性格悪いクズでな、他人の事にほとんど情が湧かない」
どれくらいクズかって風見に印象だけでクズクズとののしられ続けるくらいクズさが滲み出てるもんね!
「お前もこんなどうしようもない野郎にかかずり合ってる暇があるなら、光野あたりでも落として楽しい青春生活を送るといい。あいつはたぶん相当良い奴だ。きっと幸せにしてくれるだろう」
「えぇ……。なんで私は好きな人に他の男の人を紹介されてるかな? しかも輝也君って」
さしもの柊木もこの発言には呆れかえった様子だ。まぁ呆れられるような性格をしている俺が悪いですね。ハイ。ていうか最後はなんで小馬鹿にしたように名前を呼ばれたんだ光野は。あるいは小馬鹿にしたのは光野でなく光野を推薦した俺に対してだった?
クラス一のイケ男を推薦して何故馬鹿にされなきゃならないのだと不服申し立てしたい気分になっていると、パトカーのサイレンの音が聞こえてくる。
どうやらようやく来てくれたらしい。
楠木さんに目を向けると、未だ柱にもたれ眠っている。一応脈はあったから生きているだろうが、肩外しちゃったのは割と真面目に申し訳なかったと思う。俺もそうナイフ持った人なんて相手しないから力の塩梅が分からなかったんだよな……。
兎にも角にも、これにて一件落着。
警察に色々と聞かれるだろうが、被害者側だしそう長くは拘束されまい。警察沙汰となれば自然とこの事は学校にも届くだろう。そしていずれは俺の事は学校中に知れ渡るはずだ。
その時俺はようやく部室の扉を開くことができる。
サイレンの音がやむと、微かにドアが閉められる音が聞こえる。
「たぶんこの上だ!」
警察の話し声が聞こえるのでお出迎えしようと立ち上がり足を進めると、不意に背後から凍てついた声が耳に届く。
「でもやっぱり私はチュンじゃないと嫌だなー……」
あまりに鬼気迫っていた気がしたので、咄嗟に振り返ると、
「えへへ~」
そこには鬼なんてものとは無縁そうなぽわぽわ~っとした笑みを浮かべる柊木の姿があった。
「えぇ……へ、へぇ?」
あ、あれかな? 吊り橋効果的な? びっくりさせて俺の心臓をバクバクさせて好意と錯覚させる的な……。なるほどそうに違いない。それならまだ冤罪被せるとかよりもいくら可愛げがあるんじゃないですかね。うんうん。
でもこの子やると決めたらほんと見境ないからな……俺の見立てじゃそう命に関わるような事までしてないと……いや俺今命に関わるようなって発想になった? それもう深層心理で命の危機感じてるやつじゃないですかぁ!
その後警察と合流すると、学校に連絡されたり家に連絡されたり、色々聞かれたりしたものの、何故か柊木がストーカーの証拠を持っており警察に提示した事も有り、存外すんなり家には帰れた。ともあれ、部室に戻る準備はこれで整った。
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