第7話 ぼっち道を極めし者

 さて、今日も夢の印税生活に向けて活動しようと教室を出る。

 部室へ足を運ぶべく廊下を歩き始めると、ふとバニラの香りが鼻腔をくすぐる。


「チュンっ」


 目の前に野生のモンスターが現れた。

 どうやら人型らしく、耳なし狐のモンスターを指で形づくり手首でスナップさせている!


「さっさと草むらへ帰れ」

「いや帰る所草むらじゃないよ⁉」


 野生のモンスターもとい柊木はわざとらしく驚いた様子を見せる。学校の中だし通常運転と言ったところか。


「じゃあ帰るべきところに帰れ。俺は今から部活に行くんだ」

「そう、部活だよ!」


 突然柊木が人差し指の腹をこちらへと見せつけてくる。


「確か文芸部だったよねチュン?」

「そうだが」

「だよねだよね? 私も文芸部に入部する事にしました。ぱちぱち~」

「あっそう……って、は?」


 今この女何を言った?


「あれ、聞こえなかったかな? 私、文芸部に入るよ!」


 柊木がぐっと握りこぶしを胸元辺りで作り、目を輝かせる。

 どうやら俺の聞き間違いというわけでは無かったらしい


「いやなんで?」


 尋ねると、柊木はさも当然という風に答える。


「チュンが文芸部だから」

「なるほど理解した。理解不能だという事を」


 歩き始めると、柊木がペタペタと足音を鳴らすのが聞こえる。


「あ、待ってチュン!」

「待たない」

「もう追いついたからいいでーす」


 気付けば不服そうに口を尖らせながらも柊木が俺と肩を並べて来た。

 嘘だろこいつ。マジで文芸部に入るつもりなの? 陽の者の仕掛けたいたずらにしてはいささか身を挺しすぎな気もするしな。とは言え用心に越したことは無いから一応遠回しに断っておこう。


「悪い事は言わない。やめとけ」

「何がかな?」


 ぽけっとおとぼけた表情で小首を傾げる柊木。あざとさしか感じない。


「文芸部に入る事だ。お前らみたいな人種が来ていい所じゃない。放課後の時間を全て棒に振る事になるぞ」


 言うが、柊木はあっけらかんとして言い放つ。


「棒には振らないよ? だってチュンがいるもーん」


 ふと俺の肩に頭の重みがもたれかかって来るので、すかさず離れる。


「学校内でやめてくれませんかね必要以上に接触してくるの」

「じゃあ学校外ならいいの?」


 柊木は悪戯する前の子供ものような笑みを横から向けてくる。


「訂正する。金輪際俺に接触してくるな」

「急にグレード上がった!」


 オーバーに驚いてくる柊木だが、すぐに笑みを浮かべる。


「ま、チュン風に言うと断る! だけどね。部活も勿論入るよ~っと」


 どうやら何言っても無駄なようだ。まぁもし仮にこれが陽の者共の策略か何かだったら、その時は全身全霊を以って対処する事にしよう。何せ部にいるのは俺だけじゃ無いからな。


「じゃあせめて俺と並ばないでくれ。目立つ」


 無駄だと思いつつも歩調を速めてみる。

 てっきりすぐ並んでくるかと思ったが、俺の隣に柊木は一向に現れない。

 さしもの柊木も学校内で俺と並ぶことに関してのリスクを悟ったか。良かった良かった。これで俺が振り返ってもいなければ最高なんだが。


「くるーん」

「ひっ」


 つい声を上げてしまったのは背中に虫が這ったような感触がしたからだ。


「くるる~ん」


 後ろから楽し気な声が聞こえるのと同時に、また背中にむずがゆい感触が這う。

 たまらず振り返ると、柊木と目が合う。見つかっちゃったと言わんばかりに口元に手をやる所作は、一般的視点から見れば可愛いのだろう。でもこれ演技なんでしょう?


「何してたんですかね……」

「えっとね、チュンが私の事を好きになるよう、背中にハートを書いておまじないしてみましたっ」


 俺の問いに柊木がこれ見よがしに頬を染めると、はにかみながら手でハートを形づくる。


「おまじないしてみました☆ じゃねぇよ。ならねぇよ」

「えー絶対なるよー。だからもっと書かせて~」


 柊木がテトテト俺の背後に回り込もうとするので、阻止すべく柊木と向かい合う。


「どーして逃げるのー?」

「俺は背後を取られるのが嫌いなんだ」

「でもチュンが並ぶなって言ったんじゃん」

「……まぁ確かに」


 肯定すると、我が意を得たりとしたり顔をする柊木。


「じゃあやっぱり隣に行くしかないかなー?」


 柊木はおとぼけた口調で言うが、所詮発想がリア充のそれだ。今は身を潜めているようだが、いずれにせよ冷たい部分があろうとなかろうと、結局陽の者には変わりない。


「いや前歩いて」

「え?」


 俺の言葉に柊木が間の抜けた声を発する。


「だから前歩いて? どうせ俺が入部拒否っても朝みたいに強引に来るのは目に見えてるからな。そこはもう諦めた。部室の場所はその都度指示するから心配しなくてもいいぞ」

「えと、前?」

「うん」


 場に静寂が訪れる。

 やれやれ、これだから陽の者は思慮が浅くて困る。俺くらいになればぼっちになる方法なんてごまんと思いつくのだよォ!


「うちに入るんだろ? 入部届は部室にあるんだから行くしか無いぞ。ほら行けよ」

「えー、何か釈然としない……」


 などと言いつつもしぶしぶ柊木は俺の前を歩き始めた。

 曲がり角に差し掛かるたびに俺が指で方向を支持し、柊木を部室の方へと誘導する。

 いやぁ我ならが良い案を思いついたね。今日も頭キレッキレすぎて自分が怖い。

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