第6話 この女は恥を知った方がいい
一限から四限まで無難に授業を受ければ昼休みだ。
終業のチャイムが鳴れば堰を切ったように教室は騒がしくなる。
まったくうるさい事この上ない。
「なー謙信公ー」
ふと後ろの席のイケ男が何やら言っているのが聞こえる。
また後ろは陽の者共で埋め尽くされるのだろうかと憂いながら昼飯のパンをカバンから取り出していると、今度は肩を叩かれる。
「おーい謙信公~」
「なんだよ」
流石に俺に言っているのだと理解できたので、返答はする。
「昼飯一緒に食わね?」
「断る」
「かーっ、出たよ謙信公節!」
自らの顔面を手で覆い天井を仰ぐ燈色爽やかヘアー
「でもま、そういうなら仕方ねーな」
光野は二度俺の肩を叩くと、やって来た陽の者共との会話を始めた。大河ドラマ軍神謙信公が好きらしく、俺の名前が
さて思わぬ邪魔が入った。俺はひっそりランチタイムと洒落こもう。
袋からコンビニメロンパンを取り出すと、丁度前から柊木が歩いて来ていた。
そういえばこっちも忘れていたな。いつもこれ見よがしにやって来てはひとしきりチュンチュン喚いた後陽の者の集会へと混じっていくのだ。
「いただきます」
こればかりは仕方ないと諦めてメロンパンを開けると、柊木が案の定近づいてくる。
だが、特に何かしてくるでもなく俺の真横を颯爽と通り過ぎていった。
ふむ、さしもの柊木も俺に振られた後では無駄に構おうという気は無くなったのだろうか。だとすれば好都合だ。俺の天涯孤独の平穏な時間が取り戻されるのは実に悦ばしい。
「ウェーイ柊木ちゃんおっすー」
「あ、淳司君……」
昨日忘れ物を取りに来た淳司君の挨拶に、元気なさげに返事する柊木の声が聞こえる。
別に聞くつもりはなかったが、陽の者共のランチタイムは光野を起点とするため、自ずと声は耳に入って来てしまう。
「え、どしたの柊木ちゃん。なんが元気なくね?」
「ん、ああそうかな⁉ 全然そんな事ないよ! 元気いっぱい! おっすおっす~」
わざとらしい口調で柊木が元気アピールをするが、明らかに空元気なのは声を聞いただけでも分かる。だが言い換えればそれは分かりやすすぎるとも言える。明らかに狙って言われた言葉だろう。
「いやーやっぱ元気ないって。なんかあったんなら話聞くっしょ?」
さしもの淳司君も流石にそれくらいは分かるらしく、気を遣うように尋ねる。
「そーそー。うちら友達なんだし、何でも言いな?」
「だーな」
口々に陽の者が案じるような事を言う。
どうせ上っ面で良い顔してるだけなんだろうなとメロンパンを一齧りすると、柊木は狙いすましたかのように話し始める。
「あーえっと、ほんと他の人に言う様な話じゃないんだけどさ、実は好きな人振られちゃってて」
「ゴッホッ」
まさかの言葉にメロンパンが喉の器官に入る。危うく机にひまわりを描きかけた。
「え、マジで⁉」
淳司君が素っ頓狂な声を上げる。同感だよ。なんて話ぶち込んでくれるんですかね?
「それが本当なんだよねこれが」
「うっそでしょ……うち葵ってそういう話無い子だと思ってた」
この声は赤髪くるくるカール女子だろう。俺も同感だ。
「うんまぁ私もそう思ってたんだけどさ、気付いたら好きになっちゃってて……あはは」
弱々しい笑い声は柊木のはにかむ姿を連想させる。
「え、だれだれ?」
「それは……」
赤髪の問いに柊木が溜め気味に言うと、不意に陽の者共の会話が止まる。
なにやめて? 急に静かにならないで?
てかなんだろう、妙な視線を感じる気がするんだが気のせいだろうか。
今すぐ振り返りたい衝動に駆られるが、それをすればここまで話を盗み聞きしていた事がバレてしまうので、文明の利器スマートフォンを用いる事にする。
ソシャゲするんですよ~と言わんばかりにポッケからスマホを取り出すと、カメラを起動し内カメラにする。
満を持してスマホを脇の間へ。画面には怪訝な陽の者共の眼差しが一瞬で映り込んでいた。
唯一柊木だけは熱っぽい眼差しで見てきているがふざけるんじゃねえ。これやばいって。やめてマジで。
「やっぱ言えない! こればっかりは恥ずかしいよ~!」
いけしゃあしゃっとそんな事をのたまった柊木は顔面を手で覆い隠し視線を逸らす。
「え、も、もしかして雀野……?」
「いやいや、無いでしょ。絶対あり得ないって」
ひっそりとした声で淳司君と赤髪が話し合うがお前ら毎度毎度内緒話がだだ漏れだな。その脆弱さインターネットエクスプローラーかよ。
「まーでも、もう終わった話だしさ! あ、そうだ。そういえば最近誰かに付けられてる気がする話でもする⁉」
柊木が露骨な話題逸らしをするが、こっちもこっちで何かすごい話題だな。
「は? いや待って? つけられてるってどういう事? ストーキング的な?」
「あーうん……。実はこっちもけっこう気になっててさ」
問いかける赤髪女子に柊木が答える。
「うわ、それは気持ち悪いなー。警察とか言った方がいいだろ絶対」
光野が提案するが、柊木の表情は晴れない。
赤髪の問いに光野の便乗で話題が完全に逸れたな。もうカメラで覗く必要ないだろう。何はともあれ助かった。
「まぁそうなんだけどね、あんまり大事にしたくないというか」
「あーね。まー確かに気持ちは分かるけど、こういうのは割とはっきりしといた方がいい気もする」
「うーん……」
柊木は乗り気じゃ無さそうだが、光野の言う通りだろう。何かあってからでは遅い。
いやまぁ別にこの女がどうなろうと俺の知った事ではないんだけどね? あくまで客観的に考えてその方がいいとは思っただけで。うん。
「でも一応相手も人じゃん? その人だって生活はあるだろうし、今のところ何かされたわけでもないから警察とかはちょっとって思うの」
「いやいや葵、流石にそれは人が良すぎるって。なんならうちが一緒に警察行くよ?」
「うんありがとう、
「そうは言ってもねぇ……」
浮かない様子の赤髪女の名前は瑠璃だったか。今思い出したけど確か名前は
「ストーカー、か……それは許せねぇな」
ふと、淳司君が呟く声が聞こえるが、どうやらその声は他の連中に届いていないらしい。
なんか険のある声色だな。まぁいいか。
話題も逸れている事だし、今度こそ昼飯タイムと行こう。
うん、メロンパンは美味しいな。
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