第26話 その光景は歪なものとしてこの目に映る

 ラウワンを出ると、同ショッピングセンター内にある喫茶店へ行く事に相成った。

 柊木がそこで働いているというが、ここからは少し気張らなければならないかもしれない。


 無論柊木が何かしやすいかもしれないという懸念もある。一応ホームグラウンドと言えばそうだしな。先ほどみたいに急に知らないところで動き出すかもしれない。


 ただ、それよりも気張る必要があると考えるのは、そこに何か情報が転がっている可能性があるからだ。普段クラスで一緒の奴が居ても、そいつのバイト先の事まではそう把握しているものではないだろう。言い換えればそこは、学校の誰もが知らない柊木の領域だ。もし付け入る隙があるならそこだろう。


 俺の最大の目的は言わずもがな部室に戻る事。だがそれを成すには、俺がストーカーであるという柊木の嘘を覆す事が絶対条件だ。そのためにも少しでも柊木周辺の情報は集めておきたい。ラウワンに来たのだってそれが目的の一つだった。


 とは言え、全ては俺の憶測の域を脱しえない。誰も知らないからと言って、そこに有用な情報が転がっているとも限らないのだ。


 それに表立って柊木の事を聞いてたらそれこそ本当にストーカー扱いされかねないしな……。せいぜいできる事と言えば会話の盗み聞きくらいだ。


 いやでもそれってどうなの? やってる事もはやストーカーなのでは……。ストーカーの冤罪を逃れるためにストーカーするとかこれもうわかりませんね。


 ま、まぁ別に柊木に危害加えるつもりはないし、多少会話を聞いて覚えておくくらいストーカーではない。と思いたい。うん……細心の注意は払おう。


「チュン兄なんか顔色悪くね?」

「あーいや。俺は俺のしている事が正しいか分からなくなってきただけだから気にしないでくれ」

「ん? なんか分からねぇけど、チュン兄なら大丈夫だって~!」

「ああうん、ありがとうね……」


 淳司君が大変良い笑顔を向けてくれるが、こっちは苦笑いしか返せないや……。

 胃痛がしつつも集団に付いていくと、やがて柊木が働いているという喫茶店に着いた。


 燈の色付きガラスの向こうにはそれなりの数の席が並んでいて、様々な観葉植物が壁やら机やらにあしらわれている。

 解放された入口へ行けば店員の人が奥からやって来た。


「いらっしゃいませ~何名様でお越しでしょうか」


 対応してくれたのは物腰が柔らかそうな若い男だった。大学生か、あるいはもう少し年上だろうか。爽やかな感じでけっこう異性にモテそうな人だ。


「ってあれ、柊木さん?」

「こんにちは楠木くすのきさん、五名様で来ちゃいました~」


 柊木が躍り出ると、明るく言い放つ。どうやらバイト先でも学校の時と変わらない天真爛漫ぶりを演じているらしい。


「そっかそっか。ここにいる人たちは学校の友達かい?」


 楠木さんが柔和な笑みを湛える。


「はいそうです」

「そうなんだね。えっと、皆さんの名前は……」


 楠木さんが言うので、光野から順に名乗りを上げればやがて俺の番が来た。

 会ったばかりの人間に自己開示するのは学年はじめか入社の時だけにしてもらいたいものだが、まぁ流れをわざわざ断ち切るわけにも行かないだろう。


「えっと、雀野堅心です」


 名乗ると、楠木さんが何故か驚いた様子を見せる。


「雀野……」

「それじゃあ楠木さん。そろそろご案内してくれると嬉しいかなーとか思ったり」


 柊木が言うと、楠木さんもハッとして気まずそうに笑みを浮かべる。


「ああそうだったね。ごめんごめん。それじゃあ五名様ご案内いたします」


 楠木さん先導のもと席へと向かうが、え、今の何? 怖いんだけど。なんで俺だけもう一回呼ばれたの? まぁ確かに雀野なんて苗字全国探してもいるかいないかくらいだろうが、この人さては苗字マニアだな? 分かるよ分かる。そういうレアな苗字の人に出会ったらちょっと嬉しいよね。俺もこんな苗字あるんだへぇ~てなって創作に活かそうと思うもんね。


 ハッ、ということはもしやこの人もひょっとして小説家を目指している⁉ だとすればどんな風に言葉を扱うのか非常に興味深い。


 とは言え、いきなり小説書いてるんですか? などと聞けるコミュ力なんてあるはずもなく。奥まった席へと案内されると柊木は奥側へと座り、その隣に風見が座る。


「んー」


 位置的に次席に着くなら淳司君だが、少し考える素振りを見せた後にへらりと笑う。


「んじゃ、俺瑠璃っちの隣行っちゃお~!」

「は? 来ないで?」

「ショック⁉」


 風見に睨まれ口をあんぐりと開く淳司君。可哀想に。そんな睨まれてきっと怖かろう。何度も睨まれて来た俺が言うんだからな。間違いない。


「その代わりおい。お前来い」


 他人事のように見ていたら、突然睨みを利かされるので心臓飛び出すかと思った。


「……え、俺?」

「そう。ここなら一番葵と距離遠いし安全だし」

「ああなるほど……」


 一応確かまだ九十九点以下だもんね俺の持ち点。光野はああ言っていたが、まだまだ俺のストーカー疑惑は拭い去れてないらしい。


「んな事言って風見。謙信公と隣がいいだけじゃねーの?」


 ふと光野がからかうように言うと、風見の顔が真っ赤になる。おい冗談じゃ無いぞ。なんて事言いやがるんだこのイケ男は。俺を殺すつもりか? 


「はっ⁉ い、いやそんな事ないからね輝也君!」

「あーなるほど。ま、チュン兄なら仕方ねっかー」


 そんな事を言いながら淳司君は反対側の席へと座っていく。


「ちょ、淳司まで何言ってんの⁉ ただ……」

「ただ?」


 淳司君が聞き返すと、風見はバシバシ隣の椅子を叩く。


「なんでもない! とにかく早く来い! さもなきゃ殺す」


 ほら見ろ滅茶苦茶殺気の宿った目でこっち睨み付けきたじゃないか! でも殺されるのはごめんなので大人しく座りますね……。


 お洒落なアンティーク調の椅子へと腰掛けると、後ろの観葉植物に目が行く。鉢植えのようなタイプではなく、バケットのようなタイプだ。

 枯れないようにするの大変そうだなと見ていると、出し抜けに柊木が口を開く。


「別に気にしなくていいのになー」


 恐らく風見に向けた言葉だろうが、なんで視線は対岸の壁の方向いてるんですかね……。

 しかし風見の方はさして気にしていないのか、柊木の方へと目を向けた。


「ほんとに? 無理してない?」


 風見が気づかわし気に言う。

 ややあって、柊木が風見の方へを視線を戻すと、愛想を感じさせる笑みを浮かべ頬を掻く。


「いやーだってほら、私一人のために色々気を遣ってもらうの悪いじゃん」


 柊木は俺が自分のストーカーだと思っている。そういう姿勢を見せた時点で凶悪な善意は痛いほど降りかかってきた事だろう。


「そんな事ないって。うちら友達でしょ?」

「うん、ありがとう瑠璃」


 柊木がうっすらと微笑む。

 ああ美しいな。友情というやつは。だが全てを知っている俺からすれば何もかもが歪にしか映らない。


 目前で繰り広げられた光景に呆れすら覚えていると、風見がまたこちらへと視線を向ける。

 だが先ほどのように睨むという感じではなくどこか遠慮がちで敵意を感じられない。


「ま、気にすんなよ」


 光野がそんな事を言いながら俺の正面に座るが、なんとなくその目は俺と風見の後ろにある観葉植物を向いていた気がした。 


「ご注文お決まりになりましたらお呼びつけください」


 楠木さんが一礼すると、奥へと引っ込んでいく。席決めに時間をかけてしまったのに不快な様子一つ見せないとは、俺なら嫌味の一つでも言ってたところだよね。たぶん接客業とか向いてないんだろうな俺は。

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