第27話 陰の者は場の空気を読まない

 机の上には空っぽのティーカップが置いてある。


「いやでもすごいよね! 雀野なんて初めて聞くもん」

「ああ、はい……」


 爛々と輝く爽やかな眼差しが、俺の視線をまた机から引きはがしてくる。


「苗字マニアとしては実に興味深いよ。ほんと一体どこが発祥なんだろうね?」

「ちょっと見当つかないですね」

「そっか……まぁ普通そうだよね……」


 いかにも残念な様子で肩を落とすハンサムは楠木さんである。

 各々ケーキやら紅茶やらを注文し摂取し終え、まったりと時間を過ごしていたころに突如やってきた楠木さんだったが、俺に話しかけてくるやいなやずっとこの調子だ。

 まさかこの人がマジで苗字マニアだったとは……。


「あ、ていうかごめんね? 一方的に話しちゃって。苗字の事になるとつい熱が入るのは僕の悪い癖なんだ」

「いえいえお構いなく」


 むしろコミュ障にはこっちから話しかけないで済むので大助かりですね。


「そうだ、みんなは柊木さんと今日どこに行ってきたんだい?」


 他の連中というかこの場の全員を置き去りにしていたのにようやく気付いたのか、楠木さんが全員へと目を向ける。


「ラウワンでバッティングとかバスケとか、他にも色々やってた感じでーっす」

「なるほどラウワンに行ってたんだ。すぐそこの?」

「うっす」


 淳司君が答えると、ふむふむと楠木さんは頷く。


「へぇ、そうなんだ。何時くらいから遊んでるの?」

「えっと、たぶん十時くらいっす」

「そっかそっか。けっこう楽しんでるみたいだね。いいなぁ青春っぽくて」


 目を閉じ思いを馳せる姿は少年のようだ。

 ふむ。やはりハンサムなだけあってなかなかのコミュ力があるみたいだなこの人。俺なら絶対こんな会話続けられないもん。


「あーそうだ、青春と言えば……」


 楠木さんがにやりと笑みを浮かべる。


「この中で付き合ってる人とかいたりするのかな?」


 茶目っ気たっぷりに楠木さんがそんな事を言ってくる。陽の者まじでやべえ。よくそんな発想出てくるな。


「逆に楠木さんは誰か付き合ってるように見えますか?」


 光野が挑戦的な笑みを浮かべる。こっちもこっちでどんなコミュ力してんだよ。


「そうだね~……」


 楠木さんがぐるっと俺達の方を見渡すと、穏やかな笑みを浮かべる。


「うん、雀野君と風見さんとか?」

 うーっわ……。

「は⁉ いや意味分からないんですけど!」


 赤面した風見が机をたたくと、ティーカップが音を立てて震える。お前らやっぱり全員で俺を殺そうとしてるだろ。


「あれ違った? てっきり席順的にそうかと思ったんだけど」

「い、いやこれにはちょっと事情があって……」


 楠木さんの問いに風見が自らの指をこねくり回す。俺を撲殺するために手を温めてるとかじゃないですよね? 大丈夫?


「ま、正解はそんなのはない、なんですけどね~」

「ハハッ、やっぱりそっか」


 光野の種明かしに、楠木さんが朗らかに笑い声を上げる。やっぱり、ねぇ。


「うん。まぁでも、そういうのも良いと思うよ。男女関係無しの友情、これもまた立派な青春だ」


 楠木さんが満足げに頷くと、柊木が顔を覗かせてくる。


「それはそうと楠木さん? あんまり仕事サボってると店長に言っちゃいますよ?」 


 柊木がいたずらめいた笑みを浮かべるて言う。


「あっ、そうだった。つい話し込んじゃったね。僕の悪い癖だ」


 楠木さんは恥ずかしそうにすると、空のティーカップをトレイに乗せていく。


「そういえばこの後みんなはまたどこかに行くのかい?」


 片付けながら楠木さんが尋ねて来る。

 各々が顔を見合わせ軽く相談すると、光野が代表して答える。


「ま、そろそろ駅まで行って解散てとこですね~。公園くらいなら寄るかもしんないですけど」


 光野が言うと、楠木さんが空の食器やらティーカップを片付け終える。


「そっか、もし公園にいるとしたら何時くらいになるかな?」

「うーん、そっすねー……」


 重ねて尋ねて来る楠木さんに、光野が考え始める。陽の者というのはとことん会話を続けたがる生き物らしい。


「そこまで聞く必要、ありますかね?」


 あまりにも陰の感性からかけ離れている光景なせいで、つい口を滑らしてしまった。

 場に妙な沈黙が訪れる。

 あーやっちまったかな。せっかく話が盛り上がってたのにこれだから陰キャはとか思われてそう。


「あー、確かにそうだよね。ごめんごめん。僕の悪い癖だ」


 てっきり軽蔑の眼差しでも向けられるかと思ったが、存外楠木さんは柔和な笑みを向けてきた。


「それじゃ、ゆっくりして行ってね」


 それだけ言うと、楠木さんは店の奥へと入っていく。できた人だな。


「さて、楠木さんがああ言ってくれたけど、居座るのも悪いし帰るかー」


 場になんとも言えない空気が残る中、光野が号令をかけるので皆席から立ちあがった。

 会計を済ませ店から出ると、一階の方へと足を向ける。



 その中途、ふと風見が口を開いた。


「あーしんどかった……」

「何が?」


 光野が尋ねると、風見が疲れたように話し始める。


「楠木さん。イケメンとは思うけど超色々聞いてくるし、それに……」


 風見が俺の方へ目を向けると、顔をみるみる紅くし徐々に眉が吊り上がっていく。


「席が隣だからってあんな事とかあんな事とかあんな事とか……」


 風見の背後から凄まじい憤怒の炎が噴き出ている気がした。もしかして俺今日死ぬ?


「えー、俺は良い人と思ったっしょ。将来あんな大人になりてぇなぁ」

「モテそうだからか?」

「流石輝君、ありよりのあり」


 光野の突っ込みに淳司君は両人差し指を向ける。どういう意味だよ……。


「まー確かにちょっとおしゃべりな人だからね楠木さん。悪い人じゃないとは思うんだけど」

「そりゃそうかもだけどさー、やっぱうちは苦手かな」


 柊木がフォローを入れたものの、風見の認識は変わらないようだ。よほど俺と付き合ってると思われたのが嫌だったんだろうな……。とりあえず今のところ生きててよかった。


「謙信公も割と苦手だったんじゃないか?」


 光野が俺に話を振って来る。


「さっき話を遮ったからか?」


 悪い所があれば正直に指摘してもらおうと言うと、光野は一瞬怪訝そうな顔を見せる。

 だがやがて合点が行ったのか表情が晴れる。


「あー、あれな? あれはむしろファインプレーだったと思うぜ? だらだら話し続けるわけにもいかなかったし」


 光野が言うと、風見もむすっとしつつ口を開く。


「うちもそれは良く言ったとは思った」


 光野はともかく風見からもフォローを貰えるとはな。


「なるほど。まぁ確かに苦手かもしれん。苗字談議を聞かされるのはあれっきりにしてもらいたい」

「そりゃそうだろうな!」


 光野が俺の背中を叩いてくると、場に朗らかな空気が流れる。

 気が付けば、ようやくショッピングセンターの出口が見えた。

 俺が立ち止まると、他の連中が少し先で振り返る。


「チュン兄どうしたの?」


 淳司君が尋ねてくる。


「ちょっと用事があってな。悪いが俺はここでとりあえず離脱する」


 言うと、淳司君が何か言おうとする前に光野が口を開く。


「そうか。そんじゃまた学校でだな」


 光野のこういうあっさり話を聞いてくれるところは助かる。

 頷くと、光野がさっさと行くので他の連中も各々挨拶を残して光野の後に続く。

 だが、ふと風見が振り返ったかと思うと、こちらへと近づいて来た。


「何か忘れ物か?」


 尋ねると、風見は黙ったまま視線を逸らし頬を染める。


「そのなんていうか……」


 なかなか言い出そうとしないので 怪訝さを隠そうとしないでいると、それに気づいたのか慌てた様子で声を発する。


「こ、これまで色々酷い事言ってごめん」

「ああ……」


 そういう事か。最後に途中離脱とかノリ悪い死ねとか言われるのかと思ったよね。


「別に気にしてないからいいよ?」


 言うと、風見が心なしか嬉しそうに顔を綻ばせる。


「だって俺、傷つけられるの慣れてるし」

「うっ」


 一転、実に気まずそうにする風見。はは、事実を淡々と述べたまでなんだがな。


「まぁでもそれを差し引いても特に気にしてないからもう行っていいぞ」


 手を払い行けと合図すると、風見が睨み付けてくる。


「うざっ」


 えぇ……今謝ってくれたばかりなのに……。

 半目で風見を眺めていると、風見がふと片目を瞑る。


「でも、色々と誤解してたお詫びにプラス十点しとく」


 風見が頬を染めつつ言うと、さっさと出口の方へと走っていく。

 俺今持ち点どれくらいだっけな……。

 まぁ詳しくは忘れたが、丁度百点に戻してくれたんだろう。それならそれでありがたい。味方でなくとも難敵がいなくなればより状況が好転しやすくなる。

 さて、とりあえず邪魔者はいなくなった。

 というわけで俺はそろそろ行こうと思う。



――この前買えなかった推しラノベの新刊を買いになァ! 

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