第51話 ラスト:暗黒邪龍とカツカレー

 あれから数週間が経過したのじゃ。

 砂漠を行き、世界最高の霊峰を歩き、灼熱の溶岩地帯も歩いた。

 我が今やっておることは、この世の中の絶景と呼ばれる場所を歩き、人間の愚かな所業によって壊してはならない自然の姿の再確認をするという作業じゃ。

 何事も初心に立ち返り……という事でそういった作業をしておる訳じゃな。

 そうして、我は方々を回った後、本当の意味で初心に立ち返る為にここに来た。

 ここはすべてが凍てつく極寒の土地で、魔王の聖地とも呼ばれておる。

 魔王が封印されし聖地は曇天に覆われ、猛烈な突風が吹き荒れていた。 

「のう、父上よ?」

 氷の中で眠る父上に我は溜息と共にそう切り出した。

「結局我には決めれなんだわ……どうすれば良いのかのう?」

 氷の表面に反射する我の姿を確認する。

 目の下にクマができており、どことなくゲッソリと頬もこけておる。

 まあ、数週間も何も食っておらんとなれば当たり前の話か。

 と、そこで曇天のスキマから日光が地面に落ち、風が弱くなってきた。

 スンスンと我は鼻を鳴らし、怪訝に眉をひそめる。

「カレーの……匂い……じゃと?」

 先ほどまでは猛風で全く気が付かなかったが、確かにカレーの匂いがする。

 匂いの方向に目をやると、そこには小さいかまくらがあったのじゃ。

 我がかまくらに向かうと、中からは防寒具に身を包んだひげ面の男がノッソリと出てきた。

「来るの……遅すぎなんだよ」

「お前様……まさか……」

 店主殿はニッコリと笑って肩をすくめた。

「2か月も店を閉めたのは初めてだ」

「ずっと……ここで待っておったのか?」

「必ずお前はここに立ち寄るだろうからな。で、見つかったのか? 答えは?」

 そうして、我と店主殿は押し黙って、ただひたすらに互いに見つめあうのじゃった。




 ――俺とコーネリアが黙り始めてから概ね5分程度が経過した。

 黙っていても始まらないとばかりに、俺から話を切り出した。

「おい、コーネリア?」

「何じゃ?」

「腹減ってないか?」

「……減っておるが?」

「じゃあ、飯にしようか」

 何とも言えない表情でコーネリアは軽く頷いた。

「今回は腹が空いているが故に言葉に甘えるが……それ以上はお前様とはなれ合う気はないぞ?」

「何馬鹿なこといってんだよ」

「む?」

「飯食ったら、一緒に帰って、風呂入って寝るんだよ」

「……何を言うておるのじゃ?」

「結局どうするのかって決められなかったんだろ?」

「……」

「なら、俺の店で働いて、美味いもの食って、美味いものを食う色んなお客さんを見て、それから本当に俺たちが滅ぼすべきに値するかどうかを……お前自身が決めれば良いんじゃないか?」

「ズルいのうお前様よ」

「ずるい? 何がだ?」

「そのようなことをしてしまうと……滅ぼさぬという結論以外が出ぬではないか」

 ははっと俺は笑ってコーネリアの頭にポンと優しく掌を置いた。

「だったら、それこそ滅ぼすに値しないってことだから……それで良いんじゃないか?」

 参ったなという表情でコーネリアは肩をすくめる。

「我は腹が減っておるのじゃ。今から食す飯のメニューは何じゃ?」

 俺はコーネリアに向けて右手親指を立たせてニッコリと笑った。

「カツカレーに決まってんだろ」

 そうして、コーネリアもまた満面の笑みと共に頷いた。

「うむっ!」




 そして――。

 今日もギルドの地下ではそれぞれの背景を抱えた、悲喜こもごものお客さんで溢れかえっている。

 予約を取るのも難しいその店内では、バンダナの青年と金髪の少女がいつも通りに走り回っていた。

 今日も明日も明後日も、やはりいつもどおりに店主の料理は色んな人を笑顔にしていくのだろう。

 そうして世界は回っていく。

 同じことを繰り返しながら、けれども螺旋を描きながら上方に。

 魔王が願った――より良き未来へと。




 ※ 次回と次々回のエピローグ前後編で終幕です。

   まだ終わってないので、最後までよろしくお願いします。

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