第33話 選手権大会 その11

 私の名前はユーリ=ジギルハイム。



 ジギルハイム皇国の皇帝陛下の双子の弟――皇弟として生まれ育った。

 学問から儀礼作法に至るまで究極と言っても差支えの無い教育を受けたし、常に身の回りには世話役と護衛がひしめいていた。

 トイレの際にすらドアの前を護衛が固めるような始末で、それはもう……丁重に育てられた。



 皇太子として産まれた兄様であればその扱いも分からないではない。

 が、私もまた兄様と少しは劣るとはいえ……それでも同等の待遇で育てられた。

 と、いうのも――



 ――私は兄様のスペアとして育てられたのだ。


 


 我が国の歴史は浅く、強引な富国強兵と戦争で成り上がってきた国家だ。

 故に、暗殺の危険は常に孕んでいて、実際に過去には皇帝や皇太子が死亡したケースもある。

 あるいは、私はスペアとしてだけではなく、双子で見た目も瓜二つと言うところから身代わりの影武者としての側面もあったのかもしれない。

 まあ、今現在は皇帝である兄様は10人を超える子種を残しているし、そう言った意味では私はお役御免という事になっている。

 とはいえ、いかに皇族とは言えタダ飯喰らいという訳にはいかない。

 一つの役目を終えたのであれば、次の私の役目が与えられる。

 それは皇弟としての外交政務だ。

 要は、兄様の代理として私は世界各国の社交会場を飛び回っていると言う訳だ。

 まあ、つまりは……どこまでいっても私は兄様のスペアという訳なのだ。


 ――子供の時は純粋なスペアであり、成人してからは代理の傀儡。


 それが私だ。

 思えば、私の人生の全ては兄様の為にあった。

 私だって人間だ。その扱いに、色々と思う所は常にあった。

 双子として産まれ、見た目も学問も剣の腕も全てが……ほとんど互角の兄弟。

 けれど、私と兄様では決定的に違うのだ。

 ただ、母親の子宮からほんの少し早く出てきたというだけで、兄様は私という生命の絶対的な支配者となったのだ。

 

 私と兄様は確かに見た目から何からほとんど同じだ。

 それが故にこの扱いの差には思う所がある。いや……何から何まで同じと言うには少し語弊があるな。

 二人には決定的に違う事がある。




 ――そう、兄様は馬鹿舌で有名なのだ。




 皇宮で並ぶ贅を尽くした料理と、スラム街で売られているような半ば腐ったような弁当の類の違いすら分からない。

 対して私はケルベロスの嗅覚を持つ悪魔の毒舌家と言われていて、この二つ名を聞いて震え上がらない料理人はジギルハイム周辺では存在しない。

 私は……兄さまの完全なるクローンのままではいたくなかったのだ。

 故に、兄さまと私の決定的な差異点である味覚を磨くに磨き、気が付けば美食の毒舌家と呼ばれるようになっていた。

 そして、毒舌家と言われる私だが……何のことはない。


 ――私はただ、兄様のクローンとして生きる日々の……そのストレスのハケ口を料理人にぶつけていたにすぎない。




 とは言え、99.999%の料理人は私からの叱責を受けるのだが、それでも中には……私に舌鼓を打たせる料理人もいるのだ。


 ――そう、今この瞬間、私に半熟のプレーンオムレツを出している若造のように。


 かなわないな……とばかりに私は肩をすくめて、ギルドの地下食堂の店主に一瞥を送る。

 そして深い溜息をついた。

 元々、この料理大会は我が国の文化力を諸国に示すための一環として開かれているのだ。

 だからこそ、裏でも表でも色々な工作を行った訳だ。

 そうして、料理大会における我が国の必勝の為の最終安全装置として、審査委員長――私がいる訳だ。

 何しろ、美味かろうが不味かろうが、私が0点を出してしまえばどんな料理人でもそこで一撃でノックアウトすることができるのだから、その権限は絶大だ。

 天を仰いで胸の前で私は十字を切った。


「申し訳ありません兄様。私は今……初めて貴方に逆らいます」




 今までの人生の全てを全て貴方に捧げてきました。

 けれど、そんな私にも譲れぬモノはあるのです。

 この世に産まれ落ち、私が唯一貴方のクローンではないと言える分野は味覚……美食なのです。

 決して譲れぬモノがココにはあるのです。

 今ここで、ここまでの圧倒的な料理を前にして、偽りの採点で自国の料理人を勝たせてしまえば……私はもう料理を品評する資格を永遠に失ってしまうでしょう。

 そうなれば私は――貴方の完全なるクローンと成り下がってしまうでしょう。



 そうして私は型紙にペンを走らせ、ギルド地下食堂の店主に50点満点の採点を下したのだった。




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