第45話 幕間 ~魔王と側近:ウロボロス~
ここはかつて龍神宮と呼ばれていた宮殿である。
庭までを含めると端から端まで徒歩で半日かかる広大な敷地を誇るような常識外れの宮。
その建物内には古今東西のありとあらゆる贅の尽くされた調度品で埋め尽くされていることは言うまでもない。
敷地の内外に無数の爬虫類族の魔物がひしめいていて、東西南北の社には四天王――守護獣としてエンシェント・ドラゴンの希少種が置かれている。
宮殿内中枢では龍族や、メデューサ等の蛇族に属する神話の魔物が闊歩する。
龍神宮――俗に魔王城と呼ばれる場所でありコーネリアの古巣だ。
「久しぶり……じゃの」
店主から休暇を貰った彼女は、今まで意図的に避けていたはずのこの場所に舞い戻った。
いや、戻らざるを得なかったというべきか。
ともかく、彼女が正門に戻ると、すぐさまに城内の全ての人員が集められることになる。
何しろ魔王の帰還だ。
一大セレモニーにならないという道理は無いだろう。
玄関から魔王の玉座へと伸びている赤絨毯。その脇に物凄い勢いで配下の魔物が整列していく。
「おかえりなさいませ、コーネリア様」
膝をつき、頭を垂れる無数の魔物に一瞥もせずにコーネリアは赤絨毯を進んでいく。
10分ほど歩いた所で巨大な扉が見えた。
コーネリアが近づいたところで魔物が扉を開く。
そのままコーネリアが20メートルほど歩いたところで赤絨毯が途切れて、今度は7段ほどの階段が現れた。
そうしてコーネリアが階段を昇ると、そこには玉座があった。
そこでコーネリアは眉間にシワを寄せる。
彼女の視線の先――本来、コーネリアが鎮座するべき玉座に、女が座っていたのだ。
その女は年の頃なら20台後半と言ったところ。
スタイルは非常に良く、銀の長髪に紫のルージュが良く映える。
豊満な胸と紫の濡れた唇で――魔性的な色香を放つ……と言っても実際に魔性の者なのだからそれは当たり前の話だろうか。
「出迎えもせずに玉座に座るとは……偉くなったものじゃのう? ウロボロスよ」
ウロボロスはすっと立ち上がる。
そうして、しばし二人は睨みあいを続ける。
「僭越ながら言いつけを守り、この玉座をご不在の間……守らせてもらっておりました」
「うむ。大義であった」
ウロボロスは玉座の脇に跪き、コーネリアは玉座に腰を落ち着ける。
「もったいなきお言葉でござりまする。して、コーネリア様?」
「何じゃ?」
「して、遂に人類への侵攻を決意なされたので?」
再度、ウロボロスはコーネリアを睨みつける。
それを受け、コーネリアもまたウロボロスに対して牽制の意味での威圧のオーラを発生させる。
「それは保留じゃ。手紙にも書いておったろう? 3日の休みをもらったので……貴様らの顔を見に来ただけじゃ」
「しかしコーネリア様?」
「ん? なんじゃ?」
「何故に人類に味方……を?」
あるいは、それは殺意すら伴った視線だったかもしれない。
コーネリアはスキルを作動させ、覇王のオーラを身にまとってウロボロスに対する牽制を強める。
「味方ではない。あくまでも保留じゃ」
「貴方様の存在意義をもう一度思い出してくださいませ」
「……」
「もしも今の状態で……他の魔王が復活した際は、私は貴方に牙をむかねばなりません」
「…………そうじゃな」
「呆けた訳ではなく……きちんと分かっておられる上での行動なのですね?」
「……うむ」
そこで互いに殺気も威圧のオーラも解いた。
ウロボロスは慈愛に満ちた表情でコーネリアに語り始める。
「昔話を致しましょう。かつて、人類は微小なる深淵の火まで辿り着きました。その際、人類の冥府魔道の力は究極にまで達していて……宙船で星にまで至ったと言います」
「……」
「人類の冥府魔道は神の領域へと達し、新種の生物を自らの手で作り上げることにまで成功しました」
「……」
「しかしながら人類は愚かです。如何に冥府魔道の力を極めようと……その本質は愚かなままでした。つまらぬイザコザから戦争――大破壊が起きました。人類だけが星から消えるのであれば構いませんでしたが……冥府魔道の究極の技の数々は大地に生きる全ての生物に影響を与えました。結果、この世界からほとんどの生物が死滅しました。この星はかつての生命の楽園という様相からは程遠い存在となりました」
コーネリアは右手の指をパチリと鳴らした。
「……もう良い。そのようなことは知っておる。黙るのじゃ」
「いいえ、お目付け役としては黙れませぬ。そして――大破壊から気の遠くなるような時が流れ、人が再度……自力で文明を再興させるに至ったところで目覚めたのが貴方達12柱の魔王です。そしてその手足となって動く……我らのような神話生物です」
眉間に指をやりながら、怒りをあらわにしてムスリと頬を含まらせるコーネリア。
そんな彼女を無視してウロボロスは言葉をつづける。
「既に滅びし我らが愚かなりし創造神。つまり、旧世界の人類は同じ過ちを犯さぬために、文明が発達しすぎないように……安全装置として生命創造の究極の冥府魔道の力により……貴方達という存在を残したのです」
忌々し気にコーネリアは吐き捨てた。
「分かっておるわ。所詮は……今の料理店での戯れはただの……気まぐれじゃ」
「分かっておられるならそれで結構でございます」
「じゃが、しばらくはこのまま続けさせてもらうからな」
「ゆめゆめ、本来の目的をお忘れなさらぬように……」
――この休暇を境に、コーネリアは賄いを残すようになった。
店主はカツカレーを残す彼女に不思議そうな顔をしていたが……彼女なりにはきちんとした理由はあってのことだったのだ。
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