第46話 最終章 魔王とおでんと自衛隊 その1

 コーネリアが賄い飯を残すようになった。

 と、いうか、俺の作ったものにあまり口をつけなくなった。

 どことなく痩せた……というか、やつれたような印象も受ける。

 おバカで能天気だけが売りみたいなキャラなのに、一人の時は何やら考え込んだりしている。

 ふーむ、これは良くねえな。

 と、そんなこんなで今は仕事を終えて、後は帰るだけという時間に差し掛かったいる訳だ。

「のう、お前様よ? そろそろ教えてくれても良いんじゃないか?」

 コーネリアの指さす先にはステンレス製の扉がある。

 絶対に開いちゃダメだとコーネリアに口を酸っぱくして言っているドアだ。

 まあ、何しろあのドアの向こう側にあるものを……この店に来てすぐの状態の時のコーネリアにだけは絶対に見せる訳にはいかなかった。

 だから絶対に見てはいけないと言っていたのだが……だが、こいつが来てから随分と月日がたった。

 そろそろ頃合いか……というのもまた事実だ。

 こいつはこいつで色々悩んでいるみたいだし、そもそもこいつをここに引き取った時点でこうなることは分かっていたことだ。

 こいつは文明を滅ぼす魔王なのだ。

 だったら、この問題はいつかは決着をつけなければいけない。

 あの扉の先にあるモノを見て、こいつが何を思って何をするのか……そろそろこいつを信じてやっても良い時期が来た気もする。

「なあコーネリア? あの扉の先には何があると思う?」

「我は知っておるぞ? あの扉を開いた先には灰色の部屋があるのじゃっ!」

「見たのか? お前?」

 言いつけ破りは想定外だ。

 だが、まあ、その先の肝心なものまでは見ていないだろうし……。

「良し、それじゃあ行こうか」

 ステンレス製のドアを開き、コーネリアを招き入れる。

 コンクリート打ちっぱなしの6畳間だ。

 部屋の中にはテーブルが一つだけある。

「のうのう? この薄い板はなんなのじゃ?」

 コーネリアが手に取ったそれは、ご先祖様の残したスマートフォンだ。

「スマートフォンだよ」

「すまーとふぉん?」

 そして、俺はステンレス製のドアから対面に位置する、少し赤さびの混じった鋼鉄製の扉に目を向ける。

「のうのうお前様よ? 我の力でもあのドアだけはどうやっても開かなかったのじゃ」

「まあ、そりゃあ開かないだろうな。あれは次元と空間を超越したドアなんだから」

「次元と空間……とな?」

「ああ、そして、扉の先には今のお前が見なくてはならない世界が広がっているんだ」

「我が……見なくてはならない?」

「だから、俺は……お前にあっちの世界を見せることにした」

「あちらの世界……前々から気になってはおった。この店の仕入れからお前様の技術から何から……全ての謎はそこにあるのじゃな?」

 ああ、と俺は頷いた。

「どこにつながっているの気になるか?」

「うむ。気になるのじゃ。気にならんわけがあるまい」

 そこで俺はカレンダーに視線を移し、そして腕時計を取り出した。

「おい、紙とペンもってこい」

「うむ……?」

 何を言っておるのじゃこやつは……という表情を作りながらも、コーネリアは素直に紙とペンを持ってきた。

 そうして俺は紙にペンを走らせる。

 図を描いて、簡単な数式を解いていく。

 俺はペンを持ったままカレンダーをめくり、1か月後の水曜日と木曜日に丸印をつけた。

「この日は店は定休日にするからな?」

「ふむ? どういうことじゃ? 水曜日と木曜日は定休日じゃなかろうに?」

「定休日って言い方は悪いな。正しくは臨時休業日……だな。あのさコーネリア? お前……この扉がお前の力開かないって言ってたよな?」

「うむ、その通りじゃ」

「その日になれば扉は開く。だから、臨時休業だ」



 ――そして1か月後。


「こんなもんで良いか」

 リュックサックにはずっしりとした重量感。

 ざっと金貨が500枚程度入っている。キログラムに換算すると15キロ程度だろうか。

「お前様? それはなんじゃ?」

「金貨だよ。結構な重さだから背負いでもしないと……」

「いや……そこじゃなくて、その荷物は何なのじゃ?」

 コーネリアの言う通り、リュックサックだけじゃなくて手提げの大きなカバンを何個も両手に持っている。

 尋常ではない装備で、コーネリアが指摘するのも無理はない。

「色々と買い出ししなきゃいけねーからな」

 デニムもボロボロだから買わなきゃいけないし、店で出しているコップや皿も見たい。

 電池もしこたま買い込んどかなきゃいけねーし、灯油やガソリンも絶対に必要だ。

 ガスボンベも切れてたし……。

 なんせ、10年分だ。

 そりゃあ帰りの荷物はとんでもないことになるだろう。

 ってか、この鞄やリュックでも全然足りない。

 この上で調味料や食材となると涙目になるが、そこはご先祖様万歳と言ったところだろう。

「買い出し? ああ、買い物か。それで金貨を一杯持っていくわけじゃな。まあ、どこに行くにしろマムルランド金貨は金の含有量で名高い金貨じゃ。どこの国でも通貨として通用するじゃろう」

「馬鹿、換金しねーと使えねーよ。マムルランド金貨なんて向こうじゃ一切通用しねーぞ?」

「換金……じゃと? 世界通貨としてどこででも通用するマムルランド金貨を換金……じゃと?」

 訳が分からないという風にコーネリアは首を傾げた。

 まあ、この世界の常識からすると札束が通貨として流通している状況も意味不明なんだろうな。 

 小切手や手形のシステムなんかを見たとすると行商人のヤコブ辺りは卒倒するだろう。

「ああ、とにもかくにもまずは換金だな」

 とはいっても、換金する場所は向こうでも表の店じゃねーんだけどな。

 どこから調達してきたかも分からねーよーな、得体のしれない金貨を買い取ってくれるようなのはあの店くらいしかねーからな。

 勿論、相当ぼったくられてるのは分かっている。

 金貨を溶かして純金を取り出したりの作業代金も込々ってことで納得しているが……それでも4割中抜きは相当だと思う。

「さて、それじゃあ行くか」

 ドアノブに手をかけるたところでコーネリアが声をかけてきた。

「じゃから、そのドアノブは我がいくら力を入れてもウンともスンとも言わぬと言うに……」

 回してみると、ガチャガチャと効果音と共に特に抵抗なくノブは回った。

「……な? 開くだろ?」

「確かに……開くようじゃの」

 しばし考えてからコーネリアは俺に尋ねてきた。

「のう、お前様よ? その扉の先には何があるのじゃ?」

「前にも言ったが、この店が何なのかの答えがそこにある。お前に教えなかったのにはちゃんとした理由もあるんだ」

「理由……とな?」

「時が来ていなかったんだよ。一つは、お前を本当にこの店で受け入れるかどうかって話だな。こっちの面についてはクリアー済みだ。お前の面倒をこの先もずっと見る覚悟が俺にもできた」

「ふむ? それで?」

「もう一つの理由だが……純粋に時が来ていなかった」

「……じゃからどういう事かと聞いておろう?」

 コーネリアは不思議そうに小首を傾げている。

 まあ、俺が何を言っているのか分からないのも無理はないだろう。

「この扉は10年に1度しか開かねーんだ。俺もお袋に連れられて今まで2回しか行ったことがない。それで今回で3回目になるわけだが……」

「10年に一度……とな?」

「ああ。お前をウチで受け入れるなら、絶対に一度はあちらの世界をお前に見せる必要がある」

「あちらの世界……?」

「文明を潰すのが魔王なら……ウチで働く以上はその事についてはいつかは考えて貰わなくちゃいけねーからな」

 文明を潰すという言葉でコーネリアの顔から血の気が引いていく。

「知っておったのか? 我が悩んでいることを?」

 俺はコーネリアの頭をワシワシと乱暴に撫でた。

「お前が賄いを食わないってのは相当な事だからな」

「まあ、それはそうかもしれんな」

「お前だからこそ見せるんだぞ? いや、お前なら大丈夫だと思ったから……見せるんだ」

 真剣な俺の眼差しにコーネリアは不安げに尋ねてきた。

「お主は一体……何を見せようと?」

 ドアノブに手をかけてガチャリと扉を開く。

「これが外の世界だ」

「……外?」

「これ……は……? 森?」

「良し、ちゃんと繋がっているようだな」

 俺はコーネリアの手を引いて歩き始めた。

「ここはどこなのじゃ?」

「すぐに分かるさ」

「しかしこの森はえらく魔素が薄い……の」

 魔素ってのは魔法を使ったりステータス補正で身体能力を爆上げする為に必要となる空気中の要素だ。

 魔術師なんかはこれを体内に貯めこんでMPとして戦闘中に使用することになる。

「薄いってか、ほとんどねーんだけどな」

「魔素が無い……と?」

 何せ、この世界では魔法ってのは伝説上でしか存在しないんだからな。

「しかし、相変わらずの急坂だな」

 樹木の生い茂る坂道を上へ上へと歩いていく。

 そして坂道を登り切ったところで森が開けた。

「良し、ここが山の頂上だ」

 広がる眼下の光景を見て、コーネリアは口をポカンと広げた。

「ここは……何なのじゃ? それにこの……何かの巣のような……大地を侵食しておる灰色の何かの数々は……何なのじゃ?」

 なるほど。

 こいつにはこの光景が大地を侵食している何かの巣だと見えたのか。

 まあ、言い得て妙ってところだな。

「ここは北海道札幌市だよ。で、お前が見ているのは市の中枢の方向で――広がっているのはマンションやらビルやらの建物だ」

「サッポロ……?」

 ああと頷いて、俺はニコリと笑った。


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