第34話 選手権大会 ラスト

 と、そんなこんなで料理大会の決勝は俺の圧勝に終わった。


「さて、次は我の決勝戦じゃな」


 ドヤ顔のコーネリアに俺は呆れ顔で応じた。


「お前……本当に決勝でムッキンガムさんをボッコボコにするつもりなのか?」


「奴は武人じゃろう? 戦場において加減をする事のほうが……我は礼に逸すると思うのじゃが?」


「まあ、そりゃあそうだなんだろうけどさ」


「それに、そもそもじゃの?」


「ん?」


「我は負けず嫌いで好戦的なのじゃ。武術大会に出ると言い出したのも、別にジギルハイムをボコボコにするだけが目的ではありゃあせぬ。ここ……最近暴れておらんかったので、純粋に趣味の領域で参加して折る側面もあるのじゃよ。そして我は戦いに関しては、やるからには徹底的にやる主義じゃ。そうであれば我が決勝で加減をすると言うこともありえぬのよ。相手が武人か否かを別にしてな。更に言えばの? 我には魔王としてのプライドがあるのじゃ。人間如きに後れを取るなど……到底許せぬ訳もない」


 俺はそこで溜息を一つついた。


「これはムッキンガムさんも大変だな」


 ニヤリと笑うコーネリアの肩をポンと俺は叩いた。


「まあ、やりすぎずに頑張れよ」




 






 武術大会。

 満員の決勝戦会場。

 会場の熱気とざわめきはここ――控室まで届いてきている。



 身体が軽く震える。

 世間では私は大英雄と呼ばれているらしい。

 しかし今回の相手は魔王コーネリアだ。私一人でどうこうできる訳がない。

 見た目10歳と少し程度の少女に、一方的に大英雄がやられてしまうという光景は市井の民にどのように映るだろうか。


 いや、それだけならばまだ良い。

 私には陛下との必勝の約束、そして娘との約束もある。

 負けた時、失うものの大きさを想像して体の震えが強さを増していく。



 いつから戦いの前に、恐怖で震えてしまう男になったのか……と私は自嘲気味に笑った。

 ――本来、私は戦に臨む前、劣勢であればあるほど燃えるタチだった。

 30年前のあの日――500人斬りを達成した日の朝、私は修羅場へと向かう前に紅茶を啜りながら、武者震いと共に高揚感を覚えた事を今でも鮮明に覚えている。

 あの時は撤退戦の殿部隊の隊長として戦場に放り込まれた。

 そうして私は500人を一人で斬り倒し、そのまま撤退戦から一転して部隊を率いて敵陣に突っ込み、勝ち戦へと導いた。

 


 だが、今、私の体は震えている。

 あの時は武者震いだったが、今は純粋な恐怖から来る震えだ。



「私は何を恐れているのだろう」


 10代半ばの傭兵の頃、一張羅の皮鎧と共に、刃こぼれだらけの剣を振るっていた事を思い出す。

 あの頃、戦場に赴くときに、いつもそうしていたように久しぶりに――コップに入れた少量の火酒を煽ってみる。

 食道を熱いモノが通り過ぎ、胃に火が灯った。

 そして胃に灯った火は体中に伝播していき、遂には心臓に熱いモノが到達した。


「はは、人間……失うモノを持ってはお終いだな! 相手は魔王……負けて当然だ! 陛下と娘との約束は破る形になる。だが、それによって失ったモノは……今後取り戻せば良い! あの頃……食べる物にも困ってガキながらに傭兵稼業を始めた頃に比べれば……遥かにマシだっ!」


 パンっ。

 私は両頬を思い切り叩いた。


「魔王に有効打をせめて一太刀……っ!  私は武人だ! 今はただその事だけを考えろ!」


 そうして会場の方から歓声が聞こえて来た。

 

「そろそろだな」


 私は立ち上がり、闘技台へと続く廊下を歩きはじめた。



 そうして会場の方から歓声が聞こえて来た。

 

「そろそろだな」


 私は立ち上がり、闘技台へと続く廊下を歩きはじめる。

 しばらく歩き、闘技台の上で前口上を行っている司会――燕尾服の男の声が認識できる距離となった。


「大陸最強の剣聖っ! マムルランド帝国が誇る至宝――大英雄ムッキンガムが今……闘技台に現われますっ!」


 男の言葉と同時に私は闘技台上に歩み出る。

 大歓声を右手を挙げて応じる。


 次に司会の男は俺の対面の通路口を指さした。


「今大会きってのダークホースっ! 予選ではオリハルコンの像を木っ端微塵っ! 本戦では並みいる強豪の全てをワンパンKO! はたしてそのワンパンは決勝でも――大英雄ムッキンガム相手にでも通用するのかっ!?」


 大きく息を吸い込んで司会の男は言葉を続けた。



「匿名希望の謎の少女が今……闘技台に現われますっ!」

 

 再度起こるのは、弾けんばかりの大歓声だ。

 会場全体が割れるような圧倒的な爆音。


「この大歓声。何ともお気楽な事だな」


 やれやれと私は肩をすくめた。

 なにせ、これは魔王と人類最高峰クラスとのタイマンでの対戦カードで、本来であれば見世物では絶対に見られない……勇者一行の決戦の魔王城でしかありえないような対戦カードなのだ。

 格闘技マニアからすると、あるいは小国の国家予算をチケット代に出しても惜しくはない。

 これはそういう試合だ。

 

「さて……」



 ――魔法

 ――スキル

 ――体力

 ――パワー

 ――スピード

 ――技術


 その全てが私と比べると圧倒的だ。

 あるいは、魔王討滅作戦に選ばれるような英雄達と協力しての集団戦であれば、人間形態での魔王であれば御すことは……できないこともないだろう。

 そして、全てが奴よりも私の方が劣っているが、ただ一つだけ私が奴にアドバンテージを持っている分野がある。

 それは武器だ。



 ――聖剣エクスカリバー



 神話の時代の出来事なので眉唾の話だが、ただの村人から知恵と努力のみでぶっちぎりの世界最強へと登りつめた、半ば冗談としか思えないような圧倒的力を持つ男が使っていたと言う、別次元から持ち込まれた武器だ。

 当てさえすればどんなものでも切り裂き、切った後は回復魔法や自動回復も一定期間受け付けないとさせる……アストラル体からの破壊を目的とする伝説のアーティファクトだ。

 そうなのだ。

 この剣はどんなものでも切り裂くことができるのだ。

 例え、それが魔王の身体であろうとも……。


 だが、と私は首を左右に振った。


「伝承によると、奴には龍化という最強最悪の切り札があるはずだな。やはり何をどうしようが勇者と他の英雄がいなくては……人類の全勢力を賭した決戦でなければ……私単独では歯が立たん」


 故に、何をどうしようが私の勝ち目は万に一つもない。


 だが、エクスカリバーであれば少なくとも人間形態の奴にはダメージは通るだろう。


 ――とにもかくにも、まずは一太刀




 腰の鞘からエクスカリバーを引き抜き、私は対面を睨み付けた。


 腰の鞘からエクスカリバーを引き抜き、私は対面を睨み付けた。

 俺が睨みつけている先……控室へと続く――あの通路から、すぐに魔王は現れるはずだ。

 



 …………………………45秒経過


 ……………………30秒経過


 ………………45秒経過


 …………1分経過


「あれ?」


 私は呆けた表情でそう呟いた。

 会場もざわつき始めたし、闘技台上の司会者も何やら下男達に指示を飛ばしている。

 指示を受け、下男が魔王の控室へと走っていった。

 更に1分が経過し、会場のざわめきに困惑の色が混じり始める。

 そこで控室から下男が戻って来て、ゆっくりと首を左右に振った。


 それから20分程度の間、大会主催者側による謎の金髪美少女の捜索が行われたが、遂に彼女を発見することはできなかった。

 結果、決勝戦は私の不戦勝となり、会場は大ブーイングの嵐となったのだった。 








 地下食堂への帰り道。

 出店で買ったチュロスを頬張り、ご満悦のコーネリアに尋ねた。


「しかし良かったのか? 魔王としてのプライドがあって人間如きに遅れを取る……いや、勝ちを譲るってのはご法度じゃねーのか?」


「うむ。まあそれはそうなんじゃが……見てしもうたからの?」


「見てしまったっつーと?」


「決勝戦が始まる直前じゃ。あやつには娘がおってな……そして娘に対しては相当な見栄っ張りらしかった。我を相手にしても……ぶっちぎりでの優勝だと大言壮語を吐いておったわ。それにどうにも……皇帝相手にも後には引けぬような必勝の約束もしておったようじゃ」


「で、それでどうしてお前はワザと負けたんだ? 下手すれば敵前逃亡みたいなもんだろ? 魔王としてのプライド的には非常に不味いだろう?」


 呆れた……とばかりにコーネリアは肩をすくめた。


「お前様が言うたのじゃろう?」


「ん?」


「まさか忘れておるのか?」


「ああ、すまねえな。俺がお前に言った事っつーと?」


「ジギルハイムの連中を除いて、対戦相手に酷い恥をかかせるような試合はするなと……言うたではないか」


 なるほどな。言いつけを守った……って訳か。 

 可愛い所あるじゃねーかと、俺は大きく頷いた。


「とはいえ……」とコーネリアは苦虫を噛み潰したような表情を作った。


「我は魔王じゃ。不戦敗とは言え、人間如きに勝ちを譲るには相当な抵抗はあったのじゃ」


 本当に悔しそうにコーネリアは片頬を膨らせた。


「魔王のプライドってのは俺には良く分からん世界だが……まあ、お前の中では色々と思う所はあったんだろうな」

 

 しばし押し黙り、コーネリアは唇を噛みしめながら俺に上目遣いで尋ねて来た。


「のう、お前様よ……お前様の…………言いつけを守った我は偉かったか?」


「ああ、偉かったぞ」


「ならば頭を撫でるのじゃ」


「何で撫でなきゃなんねーんだよ」


「一つ良い事を教えておいてやるのじゃ」


「良い事?」


「我を褒める時はとりあえず撫でておけば良いのじゃ。そしてカツカレーを与えておけば良いのじゃ。そういうじゃから、四の五の言わずにとっとと頭を撫でるのじゃ」


「飯を与えて、後は撫でとけば良いって……犬猫かよお前は」


 そうして俺はコーネリアの頭の上に掌を置いて、ワシワシと乱暴に撫でまわした。


「うむ」と頷きコーネリアは満面の笑みで言葉を続けた。


 まあ、言いつけも守ったようなので今日の所は褒めておくか。


「偉かったぞコーネリア。色々とお前がこの世界で苦労をしているのは俺は知っているよ。接客から対人関係まで……お前は本当に頑張ってると思う」


「くふふ……」と満足げに頷いた。


 と、そこで俺はコーネリアの手を取ってギルドの方向へと歩みを進み始めた。


「とりあえず店に帰って仕込みを始めるか。何日も店を休んじまったからな。明日からも腹ペコの常連さんで賑わうだろうぜ」


「うむ。そうじゃの。それでの? お前様よ? 分かっているとは思うが……勿論最初に仕込むのは……」


 ああと俺は頷いた。


「カレーだな。とびきりのカツカレーを喰わしてやる」


「うむっ!」


 コーネリアは満面の笑顔の華を咲かせたのだった。

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