第30話 選手権大会 その8
飯を食った俺達は武術大会の会場にいた。
コーネリアは選手受付を終わらせ、選手専用の入場ゲートへと向かっていく。
「気を付けろよコーネリア? 連中は審判までを買収するまでになりふりを構わなくなっているみたいだ」
そこでコーネリアは、ゲートへと歩みを進めながら、振り向きもせずに右手を高々と掲げる
「誰に向けて言っておる? 我は魔王じゃぞ? 人間如きにやられる道理はありゃあせぬ」
武術会場の片隅。ジギルハイム皇国の選出控室――。
選手たちが戦う闘技台を一望できるそこに控えているのは皇国四天王の内の二人と、そして我々宮廷魔術師団だ。
武術大会も準決勝となり、大英雄ムッキンガムと皇国四天王の内の二人、そしてダークホースである金髪の美少女の総計4人での勝ち抜き戦となっている。
ジギルハイム皇国側の想定では、本来ではこの時点でムッキンガム一人と四天王が3人となっているはずだった。
昨日の戦いで破れた四天王――不死身のモーリスは、想定通りにムッキンガムの体力を疲弊させ、本当にわずかだが手傷も負わせることができた。
そして今日のムッキンガムの相手である四天王――神速のキースはムッキンガムにある程度の手傷を負わせることがその役目だ。
いかな四天王とは言え、ムッキンガムと比べるとその力の開きは大きく、普通に勝とうとしても絶対に勝てない。
けれど、最初からムッキンガムに対する削りだけに徹底すれば……話は違ってくる。
昨日と今日で対戦する四天王はムッキンガムの削りに徹する。そして四天王最強のテリーは対戦カード上、身内としか戦闘はしていないのだ。無論、明日の決勝戦は何の消耗も無い無傷の状態で出てくる訳だ。
言い換えるのであれば、これはジギルハイム四天王VS大英雄ムッキンガムと言う一対四の戦いである。
――手傷を負い、疲弊したムッキンガムと無傷の四天王最強の男であるテリーとの一戦。
さすがに、ジギルハイム皇国の上層部もこの方法でムッキンガムに勝てるまでは思ってはいない。けれど、決勝戦における善戦を演出できるとは考えているようだ。
ムッキンガムの力は世界中に知れ渡っているし、負けて元々で善戦すれば勝利となる。
まかり間違って勝ってしまえば大金星だ。
当然、四天王最強であるテリーは、今日はサムソンと出来レースを行って無傷で勝ち上がる予定だった。
サムソンは懲役刑期の恩赦目的で出場しているので、皇国の上層部が取引を持ち掛ければ簡単に話はつく手はずだったのだが……。
しかし、そこにダークホースが飛び込んできた。
四天王である肉癖のサムソンを、見た目10歳の少女がワンパンチでKOしてしまったのだ。
そして厄介なことにその少女の素性は一切知れず、ただデタラメに強いということしか分からない。
下手をすれば四天王最強のテリーが今日……負けてしまうということもありえるのだ。
そうなると、決勝がムッキンガムと謎の少女となってしまい、ジギルハイム皇国の面目は丸つぶれとなる。
武術大会本選出場者の内、半数をホストの自国の者で固めておいて……決勝にすら残れないという事態はあってはならないのだ。
まあ、だからこそ我々宮廷魔術師が呼ばれたのだけれど。
「しかし……マリク主席魔術師? エギトマーシムの術式……本当にやるのですか? 私は反対です」
「今更何を言っておるのだボリス主任魔術師よ」
「今から行う術式は国によっては禁術指定とされるような拘束術式ですよ?」
「ああ、古代エルフが魔獣フェンリルを討伐する際に使用した拘束術式だな。5人からなる凄腕の魔術師が……儀式魔術で顕現する叡智だ」
「見えない魔術の枷で雁字搦めにして……動きを奪う。あるいは、拘束が強すぎて骨や身体を破壊し……下手をすれば障害が残る。いや、その事自体は構いません」
「何が問題だというのだね? ボリス主任魔術師よ?」
「下品だと言っているのです」
「下品?」
「確かに見えない……魔術による拘束魔術です。観客のほとんどは魔術が行使されている事に気付かないでしょう。けれど……素人ばかりではないのですよ? 観客の内……最低でも数人は絶対に気付きます」
そこでマリク様は懐からルールブックを取り出して、そして大袈裟に小首を傾げた。
「エギトマーシムで対戦相手を拘束してはいけないとはルールブックには書いておらんが?」
「だからそういう問題じゃないでしょう? 我が国が厚顔無恥だと……吹聴されてまわるだけでしょうが?」
「見た目10歳の少女にジギルハイム最強の男が準決勝で敗北するほうが余程……対外的に体裁が悪い」
「しかし……」
「よく考えてみろ。仮に我が国が厚顔無恥であると吹聴されて回って何が困るのだ?」
「え……?」
「所詮は噂話の類で証拠もない事であろう? だが、この戦いの勝敗は公式の記録に残るのだ」
「しかし…………」
そこで歓声が響き渡った。見ると闘技台に金髪の少女が現れた様だ。
「これ以上の問答は無用だ。ボリスよ」
昨日の夜の内に闘技台に魔法陣の仕込みは終えている。
後は、我々宮廷魔術師5名の魔力をここから魔法陣に送るだけでエギトマーシムの術式は完成する。
そこでマリク様はパチンと指を鳴らした。
私は渋々と、他の主任宮廷魔術師と共に魔法陣に掌を剥ける。
指先から魔法陣に向けて魔力が放たれていくのが分かる。
――そしてコギトマーシムの術式が完成した。
無数に、幾重にも絡みつく透明の鉄縄とは良く言ったものだ。
魔法陣の上に所在する者に向けて、本当にそのままの意味で雁字搦めにグルグル巻きに、魔力の糸を束ねた鉄縄の如き強度の縄で拘束する術式。
本来、魔物等と対峙する際に実戦で使用する際には魔法陣の上にまでおびき出すという前準備が必要で、そしてそれこそがこの術式の肝となる。
が、今回は闘技台そのものに仕込みをしているので、その点については全く気にする必要がない。
「……む?」
少女は露骨に顔をしかめ、その場に直立したまま動かなくなった。
足先から太ももまでをギュッと閉じ、両手は気を付けの姿勢を極端にした形で掌が太ももにピッタリとくっついていた。
フフフと笑いながらマリク様は紅茶のティーカップに手を伸ばした。
「うむ。良い茶葉だな。良い香りだ。そして良い眺めだ。これであの少女は動く事すらままならず、四天王最強の男に一撃の下に倒されるのだ」
「魔獣フェンリルにすら有効な……魔術拘束ですからね。これを何とかするのであれば……イフリートのような大精霊以上の魔物でないと……」
「ああ、そのとおりだボリスよ。人間の力ではどのようにもできん」
ズズズっと口の中に紅茶を含み、マリク様は鼻腔でその香りを楽しむかのように舌の上で紅茶を転がしている。
と、そこで闘技台の上の少女は軽く息を吸い込んで気合いを入れた。
「ふんっ!」
バリっと……解呪特有の結界破裂音が周囲に響き渡る。
神聖魔法によるアンチマジックでも、古代魔法による魔術無効化結界の作成でもない。
ただ、少女は力を込めて、そして両手を思いっきり動かしただけなのだ
――腕力
純粋な腕力による力技で、無数に、幾重にも絡みつく透明の鉄縄と形容されるコギトマーシムの術式を少女は――破壊したのだ。
「う……う……嘘……嘘だろ……? そ、そ、そんな……ありえ……な……」
私のその言葉と同時にマリク様は――
「ブーーーーーーーーっ!」
――飲んでた紅茶を、まるで噴水かのように勢いよくその場でふきだしたのだった。
そしてまた、私もまたマリク様と同じく狼狽せざるを得ない。
「コギトマーシムが……腕力で?」
今、有りえない現象が起きている。
最上位魔獣のフェンリルを拘束する魔術だぞ?
人間の腕力でどうこうできる訳がない。否、有りえない。
パクパクパクと私がドン引きしながら口を開閉されているその時――ジギルハイム皇国の皇帝陛下が選手控室に現われた。
「で、マリクよ? 首尾はどうなっておる? ルールを無茶苦茶にしてまでの拘束術式だ。まあ……聞くまでも無い話だがな」
「そ、そ、それ、それが……へ、へ、へ、陛下……ま、ま、ま、誠にも、も、申し訳……な……」
「ん? どうした? お、試合が始まったようであるな」
そこで試合の開始を伝える太鼓の音が周囲に響き渡った。
そうして、陛下は玩具を弄ぶ童のように、あるいは蟻を弄ぶ童のように笑った。
「ふふっ! 拘束術式に捕らわれた少女と皇国最強の男の戦闘だぞ? これは見モノだ! はてさて、皇国最強の男――四天王のテリーはどのように少女を嬲り者にするのだろうか! これは見物だのう? まあ、私はテリーには、殺さぬまでも最低でも会場を盛り上げる為に四肢欠損は行えと厳達しておるのだがな! ははっ! はははっ! この見世物には金持ちが多い! 公に殺しは不味いのでその程度にとどめる私はどこまでの人格者なのだろうか! ははっ! ははっ! はははははっ!」
陛下の言葉と同時に、闘技台ではテリーが少女に問いかけていた。
「俺は帝国最強の男だ」
少女は面倒臭そうに眉を吊り上げて応じた。
「……で?」
「生憎だが俺は武人だ。手加減ができない性格でな? 例え――動きを束縛されている相手でもな」
しばし考え少女は言った。
「なるほどの……で?」
「これから俺は、俺の持ちうる最強の技をお前に仕掛ける」
「……で?」
「最悪死んでも文句は言うなよ?」
「死なぬから文句は言わんよ」
「ふふっ、ロクに動けもしないのに減らず口を……っ!」
そうして四天王最強のテリーは自らのスキルの開放を始めた。
――スキル:力貯め
――スキル:英雄の一撃
――スキル:対人剣闘術
――スキル:身体能力強化
――スキル:剣撃強化
「ふふっ、殺すなと言ったのにアレ……最強の技を出すか? 我が皇国最強の男は加減の出来ぬ男のようだ」
言葉と同時に陛下は、メイドが持ってきたズズズっと口の中に紅茶を含んだ。
そしてマリク様と同様に、鼻腔でその香りを楽しむかのように舌の上で紅茶を転がしていらっしゃるようだ。
そうしてテリーは大剣を振りかざして大声で叫んだ。
「動けぬとは言え手加減はしない! 喰らえッ! レインボーアトッミクブレイブエキサイトパワーソードマキシムブレイブジェノサイド――」
凄く、前口上の長い技だった。
長々と技名を叫ぶテリーに、うんざりとした表情の少女は言った。
「やかましい」
「ぶべらっ!」
裏拳一閃。
瞬時に間合いを詰めた少女がテリーのアゴを的確に殴打した。
――カクン。
糸が切れた操り人形のようにその場でテリーは崩れ去り、そして泡を吹いてその場に倒れた。
意識を失った理由は、重度の脳震盪だ。
神速の裏拳で、テリーのアゴ――脳が揺さぶられて、瞬間で勝負の決着がついた。
そして、その光景が我々の眼前に広がった時――
「ブーーーーーーーーっ!」
――マリク様に続いて、今度は陛下が紅茶を吹いていたのであった。
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