第9話 イフリートの炎剣と生姜焼きとカツカレー その3
「なるほど。売っておるのじゃな? ならば買ってやろう」
見ればコメカミに一本青筋が浮かんでる。
少女が立ち上がると同時に、店内に緊張が走り、ほとんどの客から絶叫にも似た懇願の言葉が最大限の音量で吐かれた。
「「「「待て待て! お嬢ちゃんが出ると洒落にならんからっ!」」」」
そのリアクションを受け、金髪の少女は肩をすくめた。
「むう、仕方ないのう……じゃが、一回きりじゃぞ?」
店主は奥に引っ込んで、再度皿を持ってきた。
「それじゃあ、これはどうだい? 肉のタタキだよ」
ハっと俺は鼻で笑って言った。
「金持ってそうな連中が美味そうに喰ってたから気になったんだが……良く見れば生肉じゃねーか? こんなもん食えるかよ? ここの店主は脳みそついてんのか? ってか、こんな野蛮人の食い物を有難がって喰う方も喰う方だぜ! ははっ!」
ブルジョワ商会の二人連れ。
若い方が立ち上がった。
それを、50歳の番頭が止める形だ。
「怒ってはいけません! 貴方が表だって権力を行使してしまえば……大問題に……っ!」
ははっ。本当に笑えるぜ。
権力合戦で、たかが成金商会が、一国の第一王位継承者の王子である俺に勝てるってか?
――遊んでやるからかかってこいよ?
と、喉元まで言葉に出たが、それを言わないのは俺の優しさだろう。
店主が再度奥に引っ込み、再々度皿を持ってきた。
「それじゃあこれは? 豚の生姜焼きだよ? 火も通しているし、見た目もおかしくはないだろう?」
「ショウガヤキ……ねえ」
そうして俺は、テーブルの上を薙ぎ払う。
乗せられていた3皿が宙を舞い、そして床に落下した。
一口も食べられていない料理が、床にぶちかけられる。
爽快。爽快。
――至極爽快。
はははと笑う俺に、店主はまつ毛を伏せながら尋ねて来た。
「どうして……そんな事を? 腹が減ってんじゃ……ないのか?」
「腹は減ってるよ? 朝飯食ってないからな。だが、俺はこんな店で喰う程落ちぶれちゃいない」
「……?」
「王族でも皇族でも、この店は優先しないだろう? 聞く話によれば、完全に予約は順番性らしいじゃねーか?」
「それがどうか……しましたか?」
はは、こいつは本当に何も分かっちゃいねえ。
「いいか? 人間はな? 生まれた時にそのランクは決まってるんだよ」
「……ランク?」
「王として産まれた者は王として生きる。そしてそれ以外は奴隷だ。死ぬまで王の利益の為に尽くさなければならない。そこんところをお前は勘違いしてんだよ! 王族と皇族と平民と同じ予約の順番性? 頭おかしいじゃねーか?」
「……」
「お? どうした? 言い返せないのか?」
「一つ聞きたい」
「ん? 何だ?」
「最初から、食う気は無かったんだな?」
「さっきの俺の回答が、それ以外にどうすれば聞こえるのか説明を願いたい位だが?」
床にぶちまけられた食材に、店主は唇を噛みしめる。
微かに血が滲んでいる。
どうやら一生懸命作った料理が台無しにされて怒っている様だ。
そのサマが、俺のツボに入って……。
「ハハっ! ハハハッ! マジウケルんですけどーーー!」
俺の言葉にはノーリアクションで店主は更に尋ねて来る。
「食べる気は無かった。じゃあさ……お前はどうして注文したんだ?」
ああ、その事ね。
俺は世界最強クラスの存在になったんだ。
下賤の民と、ちょっと戯れるくらい、誰に許可が必要なんだ?
「今の俺は最高にハイな気分でね? この世のほとんどすべての事が、個人の力と権力でどうにかなるようになったんだ」
「……で?」
「予約で皇族や王族を数か月も人間を待たせるような、天狗になってる馬鹿な勘違い野郎を、少し……おちょくってやりたくなっただけだよ。後、そんな店主が出す料理を有難がって喰ってるような連中もなっ! 貴族が何故に貴族か、王族が何故に王族か! それを全く分かっていない……思っていた通り、どいつもこいつもアホ面ばかりだっ!」
その言葉で、白髪のホームレスのドワーフ、50代の成金商会のブルジョワの番頭、そして金髪の少女が立ち上がった。
ドワーフが50代のブルジョワと金髪の少女に頭を下げる。
「お前等二人がでるのは勘弁してやってくれ。ここは俺の顔に免じて……話をまとめさせてくれねえか?」
50代のブルジョワ番頭と金髪の少女が、やれやれと肩をすくめて、再度席についた。
そして、ドワーフのホームレスが小皿を片手に俺に向けて歩を進めて来た。
「兄ちゃん?」
「近寄るなよ、小汚い下賤の民が」
一瞬だけ押し黙ったホームレスのドワーフ。ってか、酒臭い。
首を左右に振って、怒りを抑えている感じがマジでウケる。
笑いを堪える俺に、ドワーフが酒臭い息でこう言ってきた。
「とにかくこれを喰ってみろよ。腹減ってんのは腹減ってんだろ? 喰えば分かる。そしてお前は俺らの仲間になる。そうすれば一件落着だ」
そう言って、豚のショウガヤキとやらが乗せられた小皿を俺に差し出して来た。
何言ってんだよこのオッサン。ってか、本当に酒臭い。
まあ、喰ってやるか。
指で豚をつまんで口にやる。
――モグモグモグ。
ゴクリと飲み込んで俺は言った。
「正直、俺は味が良く分かんねーんだ」
味覚障害を実際に昔に疑われたんだが、俺は本当に料理の味にこだわりがない。
――喰えれば良い。味なんてどうでも良い。
今までずっとそうやっていきてきたし、これからもそうだ。
「飯なんて、ただの栄養補給だろ? 何を有難がってんだお前等は。本当に頭おかしいんじゃねーのか?」
そう言って、俺は小皿を床に打ち捨てた。
そこでドワーフのホームレスは半笑いになった。
「もう俺は……止めてやらねえぜ? お前は救いの糸を自ら切ったんだ」
「止めてやる?」
「間違いなく潰されるぞ? お前? 肉体的にも……社会的にもな」
「はは、何を言ってやがるんだクソジジイ! ははっ! ははははっ! ははははははははっ! イフリートの炎剣を持ち、更には一国の第一王位継承権を持つ俺が?」
「すぐに分かるさ。ただ一つだけ言うと……今、この店にいる連中は全員が全員……苛烈な予約席争いの結果、ようやく今日の食事にありつけた」
「ハァ?」
「店主の気まぐれで飯を出す事自体に、全員が……嫉妬に近い感情を持っていたんだ。そしてそんなところにお前は……油壺に爆弾を投げ込んじまった。終わりだよ、お前さんはよ」
「ああ? 何言ってやがんだクソジジイ?」
それだけ言うとドワーフのホームレスは後ろ手を振りながら席に戻っていった。
代わりに、50代のブルジョワと、金髪の幼女がこちらに向かってきていた。
――それはもう、とんでもない形相でコメカミに幾本も青筋を浮かべて。
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