第23話 選手権大会 その2
コーネリアが武術大会の予選を突破した翌日。
午前10時になると同時にジギルハイム皇国主催の万国博覧会が開始された。
花火が盛大に打ちあがり、数々の展示物や見世物のアトラクションも開始された。
武術大会や料理大会は言わずもがな、オーケストラ演奏や、あるいは最先端錬金術による摩訶不思議な品物。
あるいは板金やガラス細工による緻密な製品もある。
一番驚いたのが木製の板に意図的に凹凸を作り、紙に全く同じ文字を記すという……印刷技術のお披露目だ。
展示品を見る者は印刷技術についてそれほどの驚きをもっていなかったが、地球の歴史をある程度知っている俺はド肝を抜かれた。
この世界の人間はペンとインクによる文字しか知らない。
そこに現われた大量の印刷物の生産による情報の共有。
それは教育の水準が著しく上がる事を意味していて……あるいはそれは猿が火を使う事を覚えたと言う事に比する発明でもある。
まあ、それは今はどうでも良い。
と、そんな感じで結構真面目に万国博覧会をやっていて、それなりに盛り上がっているし人でごった返してもいる。
そして俺がいる場所は……料理選手権のブースだ。
楕円形の会場で、それはコロシアムに似たような形状だった。
地上部分が半径15メートル程度で、様々な調理施設と審査員席――そこが試合場となっている。
更にその周囲が客席となっていて、収容人数も軽く数百人……下手すれば1000人を超えるかもしれない。
試合は3日間で全3回行われる。
集められた料理人は総数50名となっていて、初日のこの課題で8人まで絞り込むらしい。
そして現在46名の選手が会場で課題と直面していて、この中から勝ち上がれるのはたったの4名だ。
数の勘定が合わないんだが、それには理由がある。
4人はシード選手枠で今日の試合には参加しないのだ。
ちなみに4人全てジギルハイム皇国出身の料理人となっており、やはり連中はやる事がコスい。
「お題は青魚料理……ね。で……調理方法は問わずに美味い料理を作った順に勝ち抜けと来たもんか」
会場の真ん中に張られた砕氷の上には、サバやらサンマやらがぶちまけられていて、それは相当な臭いだ。
この世界の漁船には日本のように冷蔵技術や氷が船に備わっている訳ではなく、夏場だったりすると港に打ち上げと同時に半腐りのような事も当然ある。
そして今のこの場所は、海辺の港ですらなく……内陸地だ。
主催者曰く、冷凍魔法を駆使して少しでも新鮮な内に運搬したという事だが、10メートル離れていても分かる生臭さからして……俺の基準では120%のアウトだ。
――絶対に俺の店で出せるようなシロモノじゃねえ。あんなものを俺は食用魚だとは認めねえ。
他の連中が血眼になって少しでも新鮮そうな魚を探している最中、俺はゆっくりと調理台の掃除をしている。急ごしらえの特設会場と言う事で、木クズやら埃やらがやたらに目立つ。
こんな所で料理なんて作れるか……とばかりに丁寧に濡れ布巾で調理台を拭っていく。
「……良し」
と、木箱から包丁を取り出した。
さて……と肩を鳴らしたところで、声をかけられた。
「うむ? 他の連中は魚を血眼になって選定しておるのに……お前様はそんなにゆっくりとしておって良いのか?」
「どうしてお前がこんな所にいるんだよコーネリア?」
「助手だと言って出場者用入口から普通に入って来たのじゃ」
セキュリティガバガバだな!
「まあ良いけどさ」
「で、どうしてお前様はそんなにゆっくりなのじゃ?」
「青魚ってのは足が早いからな。水揚げされるとすぐにダメになっちまう。本来はこの世界では海辺の街で速攻に干物にするのが定番なんだよな」
「食用では無いと?」
「海辺の町以外では本来はそうだ。だが、今回は試合だからな……初っ端からの無理難題って奴だな。で……敢えて青魚を調理するのであれば……気を付けるのは……とにかく生臭さに対する対処だ」
「ふむ?」
「まずは少しでも新鮮な物を選別する事だ。そうすりゃあ臭いはマシになるからな。で、次に香辛料を始めとした強烈な味付けで臭いを誤魔化すのが定番だ。酒で調理の前に洗ったりするのも有効だろうな」
「しかしお前様よ」
「何だよ?」
「どうしてお前様はゆっくりしておるのじゃ? 新鮮な魚を選ばんといかんのじゃろう?」
ハハハと笑って俺は発泡スチロールの容器を取り出した。
ギルドの地下はここ3日間はこの街につながるようになっている。
で、この発泡スチロールは当然……ウチの店から持ってきたものだ。
――蓋を開けると、そこではサンマが10匹ほど……砕氷の上でピチピチと文字通りに踊っていた。
活きが良すぎて外に飛び出てしまいそうな勢いだ。
目をパチクリとしながらコーネリアはポカンと口を開いた。
「なんじゃこれは?」
「ああ、お前は商品を……生魚を仕入れてすぐに見るのは初めてか?」
「新鮮だとか……そういうモノではないぞこれはっ! 生臭いとか……そういう次元でもないぞ!? なんせ……生きておるではないかっ!」
「あっちはここから一番近いミリューシュ漁港の市場からの運搬か? とにかく、新鮮なだけじゃなくて……油のノリもあっちの連中が選んでいる魚と比べるとこっちはレベルが3ランクは違うな。まあ、こっちは何て言ったって――」
そうして俺はウインクと共に言った。
「――東京の台所……築地市場直送だぜ?」
「ツキジ……じゃと?」
その通りだと俺は頷いた。
まあ、コーネリアには言っても絶対に分からないだろうけどな。
「衛生管理も輸送ルートも完璧な施設だ。生きた魚を泳いだまま移送するような事だって……できなくはない」
「泳いだまま輸送……じゃと? 魚をか?」
「巨大な水槽のまんま運ぶんだよ。水温と酸素と水質の管理は必須だけどな」
「全く……何という事じゃ。お前様は料理の腕だけではなく……そんなとんでもない仕入れのルートを……」
「まあ、全部ご先祖様のおかげだけどな。とりあえずこの時期の築地のサンマはマジで美味いぞ。しかも大会用に最上級品を奮発して買ってみたからな」
「しかしお前様よ……そんな最上級のサンマを……どうやって調理するつもりなのじゃ? とりあえず、先ほどお前様が言うておった通りに青魚は香辛料で生臭さを取るのが定石……で、あれば……カレー煮以外にはあるまいっ!」
とりあえずコーネリアの中では、既にこのサンマは自分で食べる事になっているらしい。
「まあ、確かに煮ても良し焼いても良しだからな。カレー風のソースで炒め煮にしても美味しいだろうな」
「そうじゃろうそうじゃろう」
何度もコーネリアは頷いている。
そして、そこで外付けのバッテリーから電気を引いている炊飯器の米が炊き上がった。
「ちょうどスチームライスも炊き上がったようじゃし、今日はシーフードカレー風に……」
「が、今回は香辛料は使わない。カレー系の味付けは却下だ」
「どうしてなのじゃっ!?」
「てか、カレーって……お前がここぞとばかりに便乗して……カレー的なモノを喰いたいだけだろ?」
そこでコーネリアは驚愕の表情を作った。
「何故にそれが分かったのじゃっ!? お前様は人の心を読むスキルがあるのかっ!?」
本気で驚いているみたいなので、俺は思わず笑ってしまった。
「まあ、とりあえずだな。俺が今回作るのは……塩焼きだ」
「塩焼き……じゃと?」
小首を傾げてコーネリアが尋ねて来た。
「お前様が言うておったのじゃぞ? 生臭さを消すために……香辛料を使うのじゃと」
「ああ、それな。少なくともこのサンマは生臭さを気にする必要がない。なんせ……生きてるからな。いくら青魚は足が早いって言っても雑菌や臭いは気にする必要がねーんだ」
「……なるほど。しかし……塩焼き……とな? シンプルに過ぎんか?」
「モノが極上だからな。シンプルな方が素材の旨さが際立つんだよ。刺身にして出すのが一番良いんだが、ウチの店の常連さんならいざ知らず……こんな内陸で生の魚を出したら大変なことになる」
「しかし……塩焼きかァ……いまいちそそらぬのぅ……我は昼はカップ麺にしようかの……」
俺は店から持ってきた段ボールから七輪を取り出して、炭に着火剤を撒いて火を入れる。
火を起こしている最中、俺は調理台の上にまな板を置いて、サンマに軽く切れ目を入れる。
数分後――。
十分に炭がおこったところで満を辞して網を七輪の上に置いた。
すぐさまにサンマを網の上に投入すると、ジュっとサンマの皮が網目に焼かれる音が鳴る。
脂のノリが抜群のサンマだ。
程なくしてボトボトと脂が炭の上に零れていく。
その度にジュワっジュワっと軽やかな音が香ばしい臭いと共に流れていく。
片面を焼き終えたあたりで、俺は霧吹きで味醂(みりん)を水で希釈した液体をサンマに吹きかける。
ジュジュジュジュっ! とばかりに、炭がオーケストラを奏で、蒸発した味醂の甘い香りが鼻先をくすぐっていく。
そうしてサンマをひっくり返して塩を振った。
網目に沿った焦げ目が見た目からして香ばしくかぐわしい。
「後はもう片方の面を軽めに焼いて出来上がりだ」
と、そこでコーネリアに視線を移すと――。
――彼女は自分用の茶碗に米を山盛りによそい、その場でサンマ用の平皿を用意してスタンバっていた。
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