第28話 選手権大会 その7

「残念だったなお前等?」


 審査員のほとんどが爆盛りラーメンをスープまで平らげてしまった。

 つまりは、審査員連中の胃の空き容量はほとんど0である事を意味している。




「審査員連中は爆盛りラーメンを食べちまって腹一杯だ。お前等のスープパスタが……腹に入る余裕はどんだけあるんだろうな?」


 まあ、控えめに言っても腹一杯の時には何を喰ったって美味くはねーわな。



 そのまま俺は満面の笑みで、連中に向けて右手中指を作ってファックサインを作った。





 そして――それから先のジギルハイム皇国の料理人の審査と言えばそれは酷いものだった。

 俺のラーメンに腹一杯の審査員は、ほとんどジギルハイム皇国の料理人連中のスープパスタには手をつけなかった。

 せいぜいが、スープを軽くすする程度しかできないと言った風な腹加減だったらしい。


 2次試験の試験を受けたのは8名で、他国からの招待選手は4名。

 ジギルハイムのシード選手は4名だ。そして決勝に残るのは4人だ。

 当然、ジギルハイムの4名は全滅と思っていた――っていうか、マジで、ほとんど審査員は連中の料理をほとんど何も食わなかったんだから当たり前だ――だが、そこで結果発表の際に珍事が起きた。


「どういうことだ?」

 ミール国の隻眼の料理人が叫んだ。

 

「おかしいだろ!?」

 ハップス国の若き料理人が絶句した。


「どうして……スープしか飲まれていないような奴らが勝ち上がりで、我々が敗退なんだ?」

 ミッドガイセン帝国の皇室付き料理人が悲痛な面持ちを作った。



「……ハァ?」


 そして俺はその場でただ呆けて、大口で声を出した。






 ――決勝戦進出は、マムルランド皇国の皇帝室付きの料理人と、そしてジギルハイム皇国の3人。





 俺の順位は5位で、6位が決勝に落選したジギルハイム皇国の料理人の内の一人となっていた。

 つまりは俺は2次試験で敗退だ。



 ――いや、本当に意味が分からん。



 どう考えても俺の料理がぶっちぎっていたし、俺の料理だけが完食となっていた。

 ジギルハイムの4人の料理は、ほとんど手に付けられてすらいなかったし、ほとんど評価の対象外だっただろう。

 コーネリアもまた、大きく目を見開いて俺に尋ねて来た。


「どういうことなのじゃお前様? 誰の料理が一番美味かったなぞ……皿の残量を見れば一目瞭然じゃろう? 今、審査員連中の胃に詰まっている料理は……95パーがお前様の作ったラーメンじゃ!」


「だから俺も意味が分かんねーんだよ。奴らの舌と胃は……間違いなく俺のラーメンをダントツで評価していたはずだ」


「じゃが、お前様は5位じゃ。勝ち抜けの4位には及ばず……2回戦敗退じゃ」


 そこで、4位通過のマムルランドの料理人がこちらに向けて歩いてきた。


「君は……ギルド地下の料理人かい?」


「ああ、そうだが?」


「皇帝陛下からは常にお話を伺っている。失礼だが、君のスープパスタを食させてもらえないか?」

 

「ああ、構わない」


 コーネリアに出そうと思っていた残りのラーメンを提供する。


 フォークで何口か食べて、首を左右に振ってマムルランドの料理人は溜息をついた。


「こちらはスープの仕込みを終えていたのでね。まあ、君とは違い私は昨日一晩……スープからは離れなかったが。昨日仕込んだスープがダメになった現場から、今日の君の料理の再度の仕込みまで……見させてもらったよ」


「で? 何が言いたい?」


 昨日、事前にスープを仕込んでいたのは俺とこの人と、そしてジギルハイムの4人だ。

 つまりは昨日からスープを仕込んでいたのは6人となる。

 本日の出場者である残りの二人はまあ、最初から話の土俵にすら上がっていない程度の料理人ということだろう。


「3時間。たったそれだけの時間の手抜きでこの味を出してしまうか……」


「まあ、手抜きっての否定はしない」


「私のスープよりも20倍は美味いよ。麺も特殊で……美味い。そして面白い」


 まあ、10倍くらいは化学調味料のおかげだろう。一晩の時間をかければ負ける気は絶対にしないが、手抜きで勝っただけに気まずい気持ちはある。


「で、だから何が言いたい? 結果として、俺は負け犬であんたは勝者だ」


 とはいえ、この結果は分かり切った出来レースの結果だ。

 審判連中からすると、恐らく上位4名は最初から指名されていたのだろう。

 いや、金を貰ってそうするように最初から決まっていたという風が正確だろうか。


「貴方も分かっているのでしょう? これは出来レースだ」


「天下に名高いマムルランドの皇帝付きの料理人。それをジギルハイム――自国の料理人が決勝で圧倒するという流れだろうな」


 そこで唇をかみしめながら、マムルランドの料理人は言った。


「――そして、私では連中には勝てない」


「と、言うと?」


「奴らの料理の腕は本物だ。まあ……旨味2倍の調味料が無ければ私の方が腕は上だろうけれど」


「さっきから何が言いたいんだ?」


「奴らはなりふり構わずに外道な手段を仕掛けて来る。そうであれば、決勝では……私の力量では勝てないんだ。そもそも、作る料理自体にそれほどの差がないんだから……。けれど――」


「けれど?」


「――君なら勝てる。そもそもが圧倒的に次元の違う食事を作るのが……君の腕だ。陛下から聞かされていた通りだよ。正直、このスープパスタ――嫉妬を通り越して畏怖しか感じない」


「とはいえ、俺は2回戦敗退だぜ?」


「だが、君は5位だろう?」


「どういうことだ?」


「恐らく、本来は君がダントツの1位通過だ。けれど、シナリオではジギルハイムが3人で私が一人。その4人が通過なのは最初から決まっていた」


「ああ、だろうな?」


「で、5位以下は恐らく馬鹿正直に本当のランキングで決めたんだよ。君が5位で6位がジギルハイムの4番手だ」


「だから?」


 そうしてマムルランドの料理人はニッコリと笑う。


「私は決勝戦を辞退する。そうすればキミが4位となり、繰り上がりで決勝進出だ」


 しばし俺は絶句し、そして尋ねた。


「本当にそれでお前は良いのか? この料理選手権は……相当なネームバリューだぞ? 今後のお前の料理人としての経歴に関わってくる話で……」


 そこでマムルランドの料理人は苦笑した。


「私は陛下から常々……君の評判を聞いている。焼肉やら肉のタタキやら……ラガービールやらね。私も自身を一流の料理人と自負している。そんなことを言われて嫉妬を抱かない一流の料理人なんてどこにいるんだい?」


 どの世界でも、上に上がる者には共通する事項がある。



 ――それは負けん気だ。



 それがあるからこそ、人は限界を超えて努力できるし、試行錯誤を行う事が出来る。


「……つまり、どういうことだ? いけすかない相手に勝ちを譲ると? それはそれでおかしい話じゃないか?」


「君に任せるのは、確かに気に喰わない。けれど、私では勝てない。ならば――勝てる可能性のある凄腕を出すのが、私の最後の……料理人以前の……料理を愛する者としての矜持ではないだろうか? 美味いものは美味い。不味い物は不味い。その前提が覆されるようなこの料理大会は……あまりにも常軌を逸している」


 しばし考えて、俺はマムルランドの料理人に右手を突きだした。


「ああ、分かったよ」


 ニコリと笑って、マムルランドの両人は俺の右手を握り返した。


「ただし、仕組まれたものとはいえ、勝ちを譲るんだ。必ず……優勝すると約束してくれるね?」


 俺は大きく頷き、決意のこもった瞳と共に言った。




「――必ず勝つ。どんな手段を使っても決勝戦では正当な評価を審査員から受けて見せる。俺は……必ず奴等に赤っ恥をかかせてやるっ!」

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