第18話 メイドの魔王とカツサンド 終
帝都の路地裏の暗闇。
いつもの帰路。
通いなれた道だが、やはりどこか人寂しい。
コーネリアがいれば暴漢の心配は一切しなくても良いし、そして何より……話し相手というのは……やはり重要なのだろう。
「あいつさえこの仕事に向いていれば、俺としては大歓迎なんだがなァ……」
とはいえ、絶望的に向いていないのも事実だ。
それに、本人自体がそれを自覚し『……まあ、そうじゃろうなァ……我も身の振り方を考えんといかんのかもしれんの』との意志を示している。
そうであれば、俺がやるべき事と言えば彼女を引き止める事ではない。
今後の為に、冒険者ギルドなんかの、彼女に向いた仕事を一緒に考えてあげて、そして知り合いのツテをたどって斡旋してあげる事だろう。
「まあ、とにもかくにカツサンドだな」
美味い物を作ってお客さんの喜ぶ顔を見るのは本当に俺も嬉しい。
でも、お客さんじゃなくて……もっと近しい人が喜ぶ顔を見るのはもっと嬉しい。
お袋は良くそんな事を言っていた。
で、お袋が亡くなって、たった一人での生活を続けてから……その言葉が染みるように分かった。
コーネリアについて――
――最初はペットを拾ったような感覚だったのだと思う。
でも、面倒を見るにつれて情が移るのは当然の事で。
けれど、彼女はこの仕事が向いていないと自覚して、今後の身の振り方を考えるとも言っている。
と、自宅についた俺はドアノブをゆっくりと回す。
――そして驚いた。
一人暮らしな上に忙しい身の上なので、家はかなり荒れているのだ。
いや、荒れていたのだ。
1週間に一度は掃除をしていたが、それでも細部ではやはり埃がつもったりはしていた。
けれど――
「……え?」
玄関からリビングへ向けて歩く。
その全てがピカピカで、入念に雑巾がけが行われたことを意味している。
リビングではドヤ顔でコーネリアが腕を組んで胸を張っていた。
「どうじゃ? 驚いたか?」
「掃除……したのか?」
「うむ。汚れていたのでの?」
と、そこで俺はコーネリアと客以外として初めて……路地裏で出会った時の言葉を思い出した。
『そのとおりじゃ。龍が雨で服を洗濯するなぞ、本当に珍しいのじゃぞ? 洗濯や棲家の掃除をするなど……どれほど気に入った服や場所であればすると思うておるのじゃ? 例えば、棲家を掃除するとあればそこは終(つい)の棲家である魔王城とする程に気に入らぬとせぬシロモノなのじゃぞ? それをこんな普通の服で……』
そして、再度質問を投げかける。
「本当に……掃除したのか?」
「じゃから言っておろう? 我が掃除をしたと……」
「龍が……掃除をしたのか?」
その問いに、あっけらかんとコーネリアは応じた。
「うむ。長い事住むことになりそうじゃからの?」
「でも、お前は……この仕事が向いていないから今後の身の振り方を考えるって……」
「じゃからこそ、家の掃除をした。店での仕事は今すぐには役に立てん。じゃが、それでも家での炊事洗濯の手伝いならできる。そしてまずはそこに注力しようと……それが我の今後の身の振り方じゃ」
「なるほどね……」
溜息と共に俺は席についた。
そして小脇に抱えていた小包を取り出した。
「ところでコーネリア? お前……飯は?」
「うむ? 今日は一日掃除に明け暮れておってな? 何も食してはおらんぞ?」
「丁度良かった。お客さんの余り物で作ったサンドイッチがあるんだ」
「サンドイッチとな? カツカレーではなく?」
不満げなコーネリアの頭を掌で掴んでワシワシと撫でてみる。
「良いから食ってみろ」
「ふむう……」
訝し気な表情で紙の包みを解くと同時、コーネリアの口元が綻んだ。
「カレーの香りじゃ!」
「ああ、カツカレーサンドだからな。全部食っても良いぞ?」
「うむ? 二つに切られておるが……いや、二人で分けるように作られたようにも見えるが……本当にお前様はいらぬか? 本当に全部……我が食べても良いのか?」
「俺はさっきカツカレーを特盛で喰ってきたからな。腹減ってんなら喰えよ」
実際は、夜食前提の夕飯だったので、本当に軽くしか食べてない。
当然、小腹は空いているが、コーネリアの方がもっと腹は空いているだろう。
「それにしてもお前は本当に美味そうに飯を食うよな」
猛烈な勢いでカツサンドを頬張るコーネリアには向日葵のような満面の笑みが浮かんでいる。
見ているだけで、こちらまでお腹いっぱいになるような感じだ。
「うむ! 美味いものを食べれば……そりゃあ必然的に美味そうにモノを食すじゃろう!?」
それは真理だろうな。
と、そんな事を思っている間に、コーネリアはあっと言う間にペロリとカツサンドを平らげてしまった。
そして彼女は眉をへの字に曲げて言った。
「しかしじゃなお前様?」
「ん?」
「確かに……美味かったのじゃ」
「まあ、そりゃあ美味かっただろうな?」
「じゃがな?」
「……?」
「サンドイッチは冷えておるのじゃ。やはり、我は揚げたてのカツと温かいカレーが……一番好きなのじゃっ!」
そうして俺はコーネリアの頭を再度、掌で鷲掴みにして乱暴に撫でた。
「それは今度……店で一緒に喰おうな」
言葉を受け、コーネリアは胸を張り、そして向日葵のような笑顔の華を咲かせた。
「うむ。これから……しばらくはずっと一緒になっ!」
こうして、俺の店は正式に小さなウェイトレスを向かい入れる事になったのであった。
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