第17話 メイドの魔王とカツサンド その4
――それから3日が経過した。
研修を施してもコーネリアの接客は一向に良くならない。
メイド喫茶風の接客であれほど非凡な才能を示していたのだから、コツさえ掴んでしまえばすぐにできると思っていたが……できなかった。
まあ、そんな感じで色々と試してみたが……とにかく、タメ口というか上から目線の態度が治らない。
そして、無理に矯正させようとするとメイド喫茶風になる。
魔王的なノリか、あるいはメイド喫茶的なノリの極端な2択になってしまうのだ。
はてさてどうしたもんか……と、営業時間終了後に俺は賄い飯を食いながら溜息をついた。
「お? どうしたのじゃお前様よ?」
カツカレーを、まるで飲み物のように猛烈な速度で口に入れながらコーネリアは言った。
「……どうだ? ウェイトレスは楽しいか?」
ふむ……とそこでコーネリアは遠い目をして天井を見上げた。
「まあ……正直な話をしてしまうとの?」
「ん?」
「……向いてない……とは思うのじゃ」
まあ、そうだろうな。
そもそも、魔王さまがこんな店でウェイトレスをしている事が非常に現実離れしているんだから。
しばし、長いまつ毛を伏せた後にコーネリアは尋ねて来た。
「お前さまはどう思う? プロの率直な意見を聞きたいのじゃ」
「ああ、向いてねえな」
「……まあ、そうじゃろうなァ……やはり我も今後の身の振り方を考えんといかんのかもしれんの」
自嘲気味にコーネリアは笑い、俺は肩をすくめて応じた。
「それもまた一つの方法かもな」
実を言うと、俺もツテを辿ってコーネリアの就職先を探そうかと思い始めていた頃だ。
なんせ……彼女は妙に頑張り屋さんなのだ。
店にいる間は慣れない仕事で精神をすり減らし、家に帰ってからは接客の本を読みふける毎日。
魔王なので数年寝なくても大丈夫とのことだが、常に戦場に身を置いてきた彼女の基準は……生死に関わる問題か否か。
つまり、『彼女の言う大丈夫』であることと、一般的に言う『平気』である事には大きな剥離がある。
証拠に、コーネリアの目の下のクマは日に日に大きくなっている。
そんな姿を見せられていたらコーネリアだけじゃなくて、俺も辛い。
――正直……接客は向いていない。
人間の社会で生きていくのであれば、性格上……彼女に最適なのは冒険者ギルドに登録して賞金首の犯罪者を狩ったりするような仕事だろう。
それを無理矢理にやらせたとして、誰一人として幸せにならない。
「ああ、後、コーネリア?」
「なんじゃ?」
「明日はお前は休みだから、店に来なくていいぞ?」
「うむ? お主は明日は店に出るのじゃろう?」
「店主は週6勤務で、従業員は週5勤務ってのが昔からのウチの伝統なんだよ。明日は失われた古都につながる日で暇だから……半分休みみたいなもんだ。最悪の場合、あそこのお客さんは乾きものと蒸留酒さえ出しとけば満足するしな」
「しかし……待てお前様よ?」
「ん?」
「明日……我は休みだとすると、我が……賄いのカツカレーが食えぬという事ではないか?」
「そりゃあそうだ。まあ、1週間分の給料も家に帰ったら渡すから……適当に買い食いなりなんなりしろ」
「む……むゥ……しかしじゃな……カツカレー……」
不満げなコーネリアだったが、俺はピシャリと言い放った。
「これから先の事も考えるんだろ? だったら一人になる時間も必要なんじゃねーのか? これからお前がどういう道を進むにしろ、人類を滅ぼす方向以外なら俺も協力するから」
「良し……」と頷いて、賄いの皿を片付けてから俺達は店を後にした。
翌日。
店は一日暇だった。
失われし古都には大魔導士であるマコールさんの弟子たちが次々に集結している。
弟子たちは変わり者の師匠に付き合わされて大変そうだが……まあ、毎回この古都とつながる時はウチは定食屋じゃなくて居酒屋になる。
マコールさんが暴飲暴食上等の性格なので、とにかく食うし、とにかく飲む。
――そして吐く。
トイレがあまりにも酷い事になった事があるので、ゲロ吐いた場合は罰金という事にしたんだが、それでもやっぱり連中は吐く。
『いや、これだけ美味い料理を出したら酒も飲みすぎちゃうじゃないですか?』
どこの魔法学院生のガキなんだよ……全員いい年こいた大人だろとその時は嗜めたが、まあ、料理が美味いと言われて嫌な気はしない。
で、今日は連中の誰も来ない。
と、言うのも――
「マコール師匠の身内に不幸が起きました。師匠は故郷に戻って法事の最中で……そんな中で弟子が宴会をする訳にもいきません。申し訳ありませんが本日の予約はキャンセルで……」
申し訳なさげに銀貨を数枚、マコールさんのお弟子さんがテーブルに置いた。
「これは?」
「師匠からのキャンセル料です」
概ね、普段に連中が使う額と同額程度だ。
「キャンセル料にしちゃあ貰いすぎだぜ?」
「この古都では客は我々しかいませんから……受け取ってください」
別にこの店は経営に困っている訳でもない。
貰う道理の無い金を貰うのもおかしな話だ。普通なら突き返すが、マコールさんの一味は頑固者の変人揃いだ。
ここで俺が断ったら余計に面倒臭くなる。
「受け取っておくよ。後……次回の蒸留酒は最高級のモノを仕入れておくとマコールさんに言っといてくれ」
今日受け取った金は、全額酒に還元してやることにした。
俺の意図が分かったようで、お弟子さんもクスリと笑った。
「師匠が喜びます。よろしくお願いしますね」
そんなこんなのやりとりがあって今日は暇だ。
牡蠣の燻製のオリーブオイル漬けやら、キュウリの糠漬けやら……色々と仕込んでみたが、時間が余った。
「はァ……」
と、俺は溜息をついた。
この場にコーネリアがいたら……話し相手程度にはなってくれただろうか。
ってか、あいつは本当に美味そうに飯を食う。
今日の状況なら、あいつだけ仕事は早上がりにさせて、色んな料理を少しずつ出して反応を見てみるのも面白かったのかもしれない。
――お袋が死んでから2年か。
思えば、お客さんとして以外で……誰かと接したのは久しぶりの事なのかもしれない。
色々と頭を抱えさせれた5日間だったが、子供ができたというか、あるいは妹ができたというか……まあ、悪い日々では無かった。
『明日……我は休みだとすると、我が……賄いのカツカレーが食えぬという事ではないか?』
困ったようなコーネリアの表情を思い出して、俺はクスリと笑った。
『む……むゥ……しかしじゃな……カツカレー……』
しゃあねえな。
俺はカレーを温めて、フライヤーに火を入れる。
豚肉を取り出して包丁の背中で軽く叩く。
小麦粉と卵に豚肉を潜らせて、パン粉をまぶした。
指で油の温度を確認する。
「良し、温度はジャストだな」
ジュワーっと勢いよく油の中で豚肉が踊った。
揚げている最中に俺は食パンの耳をササっと切り落とす。
冷蔵庫からレタスを取り出して、適量を取り分ける。
スプーンでバターをパンに塗る。
次に、同じスプーンで温まったカレーをすくい、サンドイッチに塗りたぐった。
「カレーカツサンドって奴だな」
食パンが2枚。
大振りのカツが一枚。
レタスが2枚に、カレールーが少々。
これを半分で切って二人で分けるから、夜食としては十分だろう。
ニコリと太陽のような笑顔を浮かべるコーネリアを想像すると、何故か頬が緩むのが分かる。
サンドイッチを持ち帰り用の紙の容器に詰めながら、俺は思わずひとりごちた。
「もう店……今日は閉めようかな」
とはいえ、一度開いた以上は途中での閉店を許さないのがご先祖からの伝統だ。
そうして、俺はその日一日は掃除をしながら閉店まで時間を潰したのだった。
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