第48話 最終章 魔王とおでんと自衛隊 その3

「大蛇じゃっ! とてつもない大きさの大蛇がおるっ! うむむ……あれほどの大きさ……あれはウロボロスの眷属かえ!? な、なんとっ!? あれは混乱魔術を使うか? 人間が飲み込まれていくぞ!? と、時にお前様よ! 人間が大量に襲われておるぞ!? たっ、たっ……助けんでも良いのか!?」

「助けんで良いから」

 そんなこんなで俺たちは電車に乗り込んだ。

 とにもかくにも一々リアクションがうるさいので、目立って仕方ない。

 巨大ビルとか間近に見たらうるせーんだろうな……と、ゲンナリしていたが、流石のコーネリアも車窓から見えた巨大ビル群を相手にしては――


「……何じゃ……こりゃあ……?」


 と、ただただ体を震わせていた。

 更に言うと、顔を青白くさせて畏怖のあまりに顔を引きつらせている始末だった。

「ところでお前様よ? 我らはどこに向かっておるのじゃ?」

「始まりの場所だよ。そこで全てをお前に話そうと思う」

 そうして電車に揺られること2時間。

 最後の方はウトウトと軽く頭で船を漕いだが、ようやく俺達は横浜の住宅街へとたどり着いた。

「少し歩くぞ?」

「うむ」

 言葉通りに駅から降りて10分ほど歩く。

 と、そこには商店街があった。

 少し寂れた商店街を更に歩くと、古いけれど温かみを感じる外装の洋食屋さんが見えた。

「腹減ってねーか? コーネリア」

「まあ、今日は何も食べておらんからな」

 洋食屋さんのドアを開くとカランカランと鈴の音が鳴った。

 夕方の営業前と言ったところで、仕込み途中のマスターが厨房でジャガイモの皮をむいているところだった。

「ご無沙汰しております」

 頭をぺこりと下げると、60歳そこそこの白髪のマスターが人懐っこい笑顔を作った。

「ああ、キミか……まあ、私にとってはキミが以前に現れたのは文字通りに最近の事なんだがね。何か食べていくかい?」

「エビフライカレーを2つでお願いします」

 テーブル席に案内され、俺たちは氷水の入ったコップを受け取った。

「少し待っていてくれるかな」

「はい。よろしくお願いします」

 再度俺が頭を下げたところで、コーネリアが俺を見てマジマジと目を見開いている事に気が付いた。

「どうしたんだよ?」

「いや、お前様が……頭をペコペコ下げるような姿は滅多に見れん故……基本、誰にでも偉そうじゃからの」

「はは。まあ、そうかもな」

 自分でもそれは自覚があるだけに返す言葉もねーな。

「この店はお前様が一目を置く程度には美味いのか?」

「一目を置くどころか……まあいいや。ちょっと待ってろ。食えばわかる」

 そうして待つこと10分程度。

 エビフライカレーが俺たちの前に出された。

 香辛料の香りと揚げたてのエビの香りが食欲をそそる。

 よほど腹が減っていたのだろう。コーネリアはフォークを手に持つと同時にエビに突き刺してルーをソース代わりにして口に運んだ。

「……これは?」

 目をパチクリとさせた後、コーネリアはテーブルにフォークを置いた。

 次に彼女はスプーンでルーとライスを口に運んだ。

「……これは……何という……こと……じゃ」

 俺もまたプリップリのエビを口に運ぶ。

 うん。やっぱりこの味だ。

「やっぱりまだまだ敵わねえな。なあ、コーネリア? ここのカレーは俺のより美味いだろ?」

「……確かに……お前様よりも美味い。しかしお前様を超えるような料理人が……存在すると?」

 戦慄を覚えているかのように、コーネリアは肩を小刻みに震わせている。

 ってか、大げさな奴だな。たかが飯で震えるなよ。

「ぶっちゃけた話をすると、この世界では俺なんて一山幾らの料理人だよ。ちゃんと修行はしているが、俺より上なんてここのマスターをはじめとしていくらでもいる」

「のう、お前様よ?」

「ん? なんだ?」

「ここは何なのじゃ?」

 軽く息を吸って俺はしばらく押し黙った。

「ウチの店の姉妹店だ」

「姉妹店……じゃと?」

「ああ、こっちが姉で俺のところが妹だな」

 天井に視線を移して、どこから話をするべきか……としばらく考える。

「元々ウチの店の開祖は1000年前に俺たちの世界に降り立った転生者だったんだ。そして、ここがそのご先祖様の実家になる。そんでもって、あのマスターがご先祖様の実父となるんだ」

「1000年前の出来事なのに……何故に実父が生きておるのじゃ?」

 狼狽しながらマスターを指さすコーネリアに苦笑しながら俺は言った。

「順を追って話をさせてくれ」

「……うむ」

「女神からの転生特典ってのを知っているか?」

「転生者の中には、生まれ変わる際に女神からの特殊なスキルを与えられる場合があるという話じゃな」

「ご先祖さん……女性だったらしいんだが、日本で死ぬときにトラック事故で子供を一人助けたみたいなんだよな。トラック転生の場合は子供を助けるとポイントが高いらしい」

「ふむ。我にはよくわからん世界じゃが」

 お約束っつーんだが、それをコーネリアに説明しても始まらない。

「それで、ご先祖さんは望むスキルを何でも一つもらえることになった」

「……それで?」

「でも、彼女は冒険者稼業にも国盗りにも魔王退治にも何の興味もなかったんだ」

「もったいないのう。どのようなスキルでも一つもらえるのであれば……富も名誉も思いのままじゃろうに」

「ああ。俺もそう思う。料理学校の卒業と共に彼女は死亡したんだ。ただ、彼女は料理を作って誰かを笑顔にしたかった。そして彼女が選んだのが……食材のネット通販のスキルだ」

「ネット通販じゃと?」

「そうだ。スマートフォンをあっちの世界に持ち込んで、いつでも日本の食材を取り寄せる事ができるようになったんだ」

 しばしコーネリアは押し黙る。

「なるほどの。それがあの店の仕入れの秘密……か。しかし、どうしてこの世界ではお前様のご先祖の実父が生きておるのじゃ?」

「だからそこはちょっと待てって。で、日本の食材やらスパイスや調味料が手に入って、そうしてウチの店は始まったんだ。でも、ご先祖様はどうしても元の世界に戻りかったみてえでな」

「そりゃあ生まれ育った国や実家は大切なものじゃからな」

「違うんだよ。ご先祖様は味の探求に熱心な人だったんだ。年老いた彼女は子供たちに技術を伝播した。でも、彼女は思ったんだ。自分の伝えた技術も時の流れの中で少しずつ失われていくんじゃないか……ってな」

「ふむ……」

「それで彼女は持てるコネの全てを使って帰り道を探して、死ぬ間際に発見したんだ。なあ、コーネリア? 俺たちの店ってのは……実は特殊な場所なんだぜ?」

「日替わりで別々の場所に空間を歪めてつながる……か。なるほど、そういうことか」

「そういうことだ」

「あの店自体が……帰り道ということか」

「その通りだ。色んなギルドの地下だけじゃなくて、この世界にも定期的につながるんだよ」

 そうして俺はマスターに視線を向ける。

「で、あっちとこっちでは時の流れが違うみたいなんだよな。まあ、おかげで定期的に俺たちの一族はマスターから色々教えてもらえるんだけどさ」

 ちょうどここまで話したところで、俺とコーネリアは同時にカレーを食べ終えた。

 二人とも手を合わせて「ごちそうさま」との言葉と共に席を立った。

「美味かったです……また来ます。お勘定をお願いします」

「はは、勘定なんて受け取れる訳がない。君は優子の子孫なのだろう? だったら私の身内だ。後、今度は包丁も持参で来ると良いよ」

 俺は再度ペコリと頭を下げる。

「はい。勉強せさてもらいに……必ず来ます」

 遠い目をしてマスターは切ない表情を作った。

「しかし、何世代経たっても変わらないね君たちは」

「……え?」

「優子に目元が良く似ている。生意気そうなところがそっくりだ」

 その言葉でコーネリアが噴き出した。

「ふふ、目元だけではなく、本当にこの男は生意気じゃぞ?」

「そりゃあ良い。料理人は反骨心も大事だからね」

 ところで……とマスターは俺にウインクをしてきた。

「しかし、この子も身内になるのかい?」

「身内っていうと?」

「この店に君たちが来るのは一つの世代でせいぜいが10日程度だよね。女連れや男連れで現れる場合はほとんど……婚約者の場合なんだよ」

 その言葉でコーネリアは瞬時に顔を真っ赤にした。

「そうなのか? 我はお前様の妻になるのか? いや、改まってこんな話もされとるし、実は我もひょーーっとしたらそういう流れになるかもーとか……全く思っておらんこともなかった。そもそも我もまんざらでもないし……とか色々と考えたりしちゃっておっての」

 コーネリアの言葉は無視して、俺は苦笑いと共にマスターに応じた。

「俺はまだ結婚とか全然考えてないんで」

 ズコっとその場でコーネリアはコケそうになった。

「しかし、今回はえらく急ぐね。どこか寄るところがあるのかい?」

「富士ですよ」

「富士かい? そりゃあまたどうして?」

「陸上自衛隊の富士総合火力演習自衛隊ですよ、それをこいつに見させようと思いまして……ね」

 そこでマスターは全てを察したように肩をすくめた。

「優子が戻ってきた時に『私の子孫の面倒見てください!』って言われた時はとんでもなく面を食らったが、今では月替わりに訪れる孫たちに囲まれている気分だ」

「毎度毎度、忙しくさせてしまって申し訳ないです」

「いいや、私もそれなりに楽しんでいるんだよ。ここは君たちの家でもあるんだから、これからも気軽に帰っておいで」

 そうして俺は、本日何度目か分からないが、やはり――ペコリと頭を下げた。

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