第32話 選手権大会 その10
「うむ。美味かったのじゃ!」
満面の笑みで大きくコーネリアは頷いた。
口元に付着した、ネットリとした白い卵白については敢えて触れてやらない。
「しかし問題があるんだ。まだ……特別ゲストが来ていない」
「なんじゃと? 確か……買収された審判員たちをひっくり返す為には……そのゲストとやらの力が絶対に必要な訳なんじゃろ?」
「ああ、そういう事になるな」
現在、審査を受ける選手は4人となっている。
俺と、そしてジギルハイム皇国の料理人が3人だ。
そして決勝の審査員は総計6人となっている。
一人が審査委員長で持ち点が50点となり、残る5人がそれぞれ持ち点10点の都合100点と言う訳だ。
順序としては最初に5人の審査員の採点を受ける。そしてその後に審査委員長の採点を受けると言う流れだ。
当然ながら、まずは審査委員長を除く審査員5人の採点を受けなきゃいけない訳だ。
幸いなことに、俺の審査の順番はラストとなっていたんだが、先行する3人は次々に採点を終えて行った。
で、遂に俺の順番が回ってきてしまった訳なんだが……。
「参ったな。これじゃあ……負けちまう。一体……あの人はいつになったら来るんだよ」
流石に料理の腕だけで買収されている審査員をどうこうできる訳がない。
が、給仕達にせかされ、俺はプレーンオムレツを皿の上に載せていかざるを得ない状況に追い込まれた。
そうして次々と審査員の元に料理が運ばれていった。
審査員達は俺のオムレツにフォークを入れ、トロリと流れた半熟卵に驚愕の表情を作る。
彼等は努めて冷静を装うように顔の筋肉を緊張させ、そしてオムレツを口に放り込む。
再度の驚愕の表情――次に彼らはコーネリアがそうしたように表情をトロけさせる。
そして、再度、彼らは努めて冷静を装うように顔の筋肉を緊張させて表情を氷結させた。
「確かに美味い」
「ああ、美味い……」
「しかし……」
審査員達は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、手元に置かれた型紙にペンを走らせた。
先行する3人の料理人も同様の形で採点を受けた訳だが、要は紙に点数を書いて審査員達全員で点数をオープンにすると言う形だ。
審査員の持ち点は10点でそれが5人だから、この場での満点は50点。
先行する3人はそれぞれ37点、39点、44点となっている。
で、俺の点数が発表された瞬間に会場がざわめいた。
そしてコーネリアが口を尖らせながら叫んだ。
「16点……じゃと? ありえぬじゃろ!? 大体貴様ら……皿を舐めまわしたかのようにこやつの作った半熟オムレツを……丁寧にフォークでよそって綺麗に食べておるでは無いかっ!」
今にも食ってかからんばかりにコーネリアが抗議の声をあげる。
審査員達もバツが悪そうにコーネリアから視線を逸らす。
と、そこで、審査員席であるアリーナのど真ん中に一人の男が歩いてきた。
お付きの者を5人ほど従え、豪奢な礼服を着込んだ男だ。
「あっ!」
彼が審査員席まで到着すると、審査員の内の一人がすぐに席を立って直立不動になった。
そうして、彼は審査員に顎で『どけ』と指図をする。
審査員はすぐに彼に席を譲り、その場に着席してこう言った。
「俺にも食べさせてもらえないか? まさか俺の試食を拒否するというようなことはしないだろうね?」
全く……遅すぎるぜ。
この人が来なかったら俺の負けは確定してたからな。
「しかし……本当に遅い到着だったな? ギリギリも良い所じゃねーか」
「ジギルハイムの皇帝に、俺が飛び入りで審査員をする事について話を通さなければならんかったからな。流石にアポイント無しでは時間がかかった」
「まあ、来てくれてありがとう。お礼を言うよ――」
そうして俺は深々と頭を下げながら言葉を続けた。
「――マムルランド皇帝陛下」
そう、俺が呼んだジョーカーカードとは、ジギルハイム皇国よりも遥かに強大な権力を持つ――マムルランド皇国の皇帝陛下その人だったのだ。
ちなみに、顎で指図されて席から退いた人はマムルランドの貴族だから、そういう反応をしたわけだ。
「ああ、任せておけ。俺が来たからには裏工作などは全て破壊してやる」
さすが皇帝陛下だ。任せておけと言われると本当に大船になったつもりになれる。
っていうか、なんというか威厳がすげえ!
いや、本当に持つべきものは常連さんだな。
そうして、陛下の前にすぐにプレーンオムレツがサーブされた。
陛下はオムレツに口をつけて、大きく頷いた。
「美味いな。皇帝である俺ですらもこのような焼き加減の卵料理は食べた事がない。とろけるような食感と鼻腔に拡がる甘く優しい卵の香り……うむ。完璧だ」
次々に陛下はフォークとナイフでオムレツを切り分けて口に運んでいく。
そうして完食と同時に陛下は、手元に置かれた型紙にペンを走らせた。
満足げに10点満点の点数の書かれた紙を掲げ、そして陛下は周囲を見渡した。
そこで、大袈裟に驚いた風な表情を作り、芝居ががった口調で言い放った。
「俺は夢でも見ているのか?」
そしてゴシゴシと何度も指で目をこすり、そしてマジマジと他の審査員達のつけた点数に視線を送る。
「やはり、これは夢か幻覚のようだ。何しろ……諸君のこの料理に対する評価が異様に低いように見えるのだからな」
そこで、机を叩いて陛下は声色にドスを効かせて言い放った。
「諸君? 現状の点数では……たった一人で高得点をつけている。つまり、俺がたった一人の馬鹿舌だという事になっているのだ。そう――俺は公然の前で恥をかいているのだ! 本心からの点数であれば俺は何も言わん。が、裏工作の結果……このような事になっているのであれば、俺にも考えがあるぞ? 何しろ、一国の皇帝が、卑劣な手段によって公然と顔に泥を塗られている訳だからな? どんな手段を使っててでも諸君がそのような点数をつけたのかを調べ上げ、証拠があがり次第――国家の威信をかけて追い詰めさせていただくからなっ!」
審査員全員が蒼ざめ、猛烈な速度で型紙にペンを走らせていく。
全員がほぼ同時に訂正した点数の書かれた紙を掲げた。
10点。
10点。
10点。
10点。
そして陛下の採点した10点。
併せて見事に50点満点だ。
会場がざわめき、ざめきがどよめきに変わっていく。
「良しっ! やったのじゃっ! 満点じゃっ!」
コーネリアはドヤ顔でご満悦のようだが、俺の見解は違う。
そうなのだ。
俺は正当な評価を受けたいかっただけなのだ。
確かに、若干の圧力をかけてくれとは頼んだ。
が、しかし、これじゃあ――
――恫喝じゃねーかっ!
トホホとばかりにその場で俺は大きく溜息をついたのだった。
まあ、正当な評価でも満点だっただろうから、結果オーライっちゃあ結果オーライなんだけどな。
と、まあ、そんなこんなで決勝戦の前半戦は終了した。
これで4人の料理人の持ち点は、それぞれ50点、44点、39点、37点となった訳だな。
「さて……一筋縄ではいかなさそうな野郎が残っているが……」
そうして、俺は決勝戦の後半戦――残り50点の採点権限を持つ審査委員長を睨み付けたのだった。
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