第11話 イフリートの炎剣と生姜焼きとカツカレー その5

 いやいやいやいやいやいやいや!


 いや……いやいやいやいやいやいやいやい!


 こんな食堂にムッキンガムがいるとか、マジでありえねえだろ。


「ストップ! ストップだ!」


「うむ?」


「状況を少し整理させてくれ」


 大きく深呼吸をする。

 良し、少し冷静になってきたぞ。

 

 まずは現状の確認だ。

 英雄の領域に片足を突っ込んでいるクラスの……俺が反応すらできずに剣を叩き落とされた。

 そして、イフリートの炎剣はご丁寧にも刀身が真っ二つ。

 更に言えば、本人がムッキンガムと名乗った。


 うん。

 こんなことができるのはムッキンガムしかいないし、多分本当にムッキンガムだ。

 そこまで考えて、俺はパクパクパクと口を開閉させる。


「釣られた魚みたいになっているが、大丈夫か?」


 大英雄に心配されちゃったよ。

 が、それは良い。

 なんせ―― 


 ――俺にはまだ勝利の見込みがあるんだからな。


「ムッキンガムさんよ?」


「どうした? 今すぐ謝罪をするなら許さない事もないが?」


「確かにあんたは強いよ。俺じゃあとてもかなわねえ」


「そうだろうな」


「だが、強すぎる事が仇になったな?」


「……?」


 そう。

 ムッキンガムは強すぎた。

 故に、イフリートの炎剣を叩き折ることができたのだ。


 だがしかし、それは――剣の中に封印していたイフリートを外界に出す事と直結する。


 今まで、数多の大英雄や勇者が総出で封印を繰り返してきた……大妖精であるイフリート。

 伝承によると、イフリートは封印が解かれた際に、剣の所有者の願い事を一つ叶えるという。

 いや、願い事ではないな。願い事なら、こちらの望む事を何でもやってくれるって意味になっちまうから、それは違う。

 まあ、つまりはイフリートは、剣の所有者の殺したい人間を殺してくれるんだとさ。


 さしものムッキンガムと言えど、単独でイフリートの討伐はできまい。



 と、そこで朱色の剣から、これまた朱色の霧が現れた。

 霧は徐々に肉付き、そこには全身を炎に包む、顎ヒゲの魔人が立っていた。


「……久しぶりの下界」


 イフリートは俺に視線を向けて、言葉を続けた。


「……余を火山から開放せし人の子よ。余は今――至極機嫌が良い。貴様の敵は誰だ? どんな相手でも……余が屠ってやろう」


 良しきた!

 伝承通りだっ!


「俺が殺してほしいのは……こいつだっ!」


 ムッキンガムを指さして俺は叫んだ。

 イフリートの炎剣はこれで失ったが、代わりにムッキンガムのエクカリバーが手に入る。

 そう考えれば……間違いなく収支的には俺の大黒字だ。


 ムッキンガムはイフリート見据え、そして首を左右に振った。

 

「イフリート……か」


「さしもの大英雄と言えども、大精霊にはかなわないか? まあ、普通は他の英雄や勇者と組んで封印するような大御所中の大御所だからなっ! これ以上の魔物となれば、勇者や英雄を総出にするのは当然の事、人類の総力戦で対処するような――魔王以外に存在しねえっ!」


 そこでムッキンガムは再度首を左右に振った。


「いや、深手を負うかもしれんが……恐らく制する事はできる。が……私も今では宰相の身だ。喧嘩の類で体を危険にさらす事もできぬ。そして……蛇の道は蛇だろう。ここは任せようか。コーネリア殿?」


 言葉と同時にムッキンガムは後ろに下がり、金髪の少女の肩を叩いた。


「あい分かった」


 そして前に進み出た金髪の少女。

 何がおかしいのか、クスクスと笑いながらイフリートに少女は話しかけた。


「それにしても……久しいのう。と、いうか、何じゃ先ほどの口上は? 弱虫イフリートが大きな口を叩くようになったものよのう?」


 弱虫? 何を言ってやがんだこのメスガキは。

 さあ、イフリートよ! 全員まとめて消し炭にするが良いっ!

 と、期待を込めた眼差しでイフリート先生に視線を移す。


 ――あれ?


 何か、イフリートの顔から凄い勢いで血の気が引いていってる。

 ってか、これ……イフリート……震えてねえか?

 プルプルと震えながら、イフリートは絞り出すように声を出した。

 

「うげぇっ! 暗黒邪龍……魔王……コーネリア……っ!」


 マッハだった。

 それはもう……早かった。



 ウルトラ超高速。いや、超光速。

 何ていうか……こう……とにかく早かった。

 そして綺麗だった。


 つまりは――



 ――イフリートはその場で土下座していた。



 片眉をつりあげた金髪の少女が不機嫌そうに口を開いた。


「コーネリアじゃと? いつから貴様は我を名指しで呼べるようになったのだ? ほんに偉くなったようじゃのう?」


「すいませんでした。すいませんでした。真に申し訳ありませんでしたコーネリア様! 魔王である貴方様のご関係者とはいざ知らず、調子に乗った発言をしてしまい謝罪の言葉もございませんっ! ご容赦……ご容赦をっ!」


 ゴンゴンゴン!

 床が抜けるんじゃないかと言う風に、イフリートは何度も何度も何度も何度も、額で床にヘッドバット続ける。


 その光景を見て、俺はパニックになる。

 いや、ならざるを得ない。




 ………………イフリートが……?



 …………………土下座……?



 ………ってか、それはこの際どうでもいい。


 ……いや、どうでも良くないんだが、この際この状況ではどうでも良い。



 ………………今、イフリートは何て言った?







 ………………………………魔王?




 

 頭から血の気が引いていくのが分かる。


 背中に冷たい汗が流れる。

 続けて、全身に震えが来る。

 そしてようやくここで、俺は状況を正確に把握した。


 ガクガクガクガク。

 震えが止まらない。

 その場で俺は膝をつき、そして天を仰ぎ、ほとんど涙目の状態で、俺は鼻水を撒き散らしながらその場で絶叫した。

 




「ファっ……ファっ……ファっ……フォオオオオオオアアアアアアアア!!」

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