第10話 イフリートの炎剣と生姜焼きとカツカレー その4
代わりに、50代のブルジョワと、金髪の幼女がこちらに向かってきていた。
――それはもう、とんでもない形相でコメカミに幾本も青筋を浮かべて。
「お、どうしたんだい? 顔を真っ赤にして?」
挑発するように、俺は金髪の少女と50代のブルジョワに向けて薄ら笑いを浮かべた。
ブルジョワは腰に剣を帯びている。
とはいえ、見たところが成金商会の番頭と言った所で、あの剣は飾りだろう。
で、金髪の少女に至っては丸腰だ。
そんな二人がこちらを威圧的に睨んでいるんだから――
――本当に笑わせてくれる奴らだ。
武闘大会じゃなくて、お笑い大賞か何かなら……かなり良いセンいくんじゃないかな?
ニタニタと笑いながら、俺はファックサインを作った。
「まさかとは思うが……俺とやるつもりなのか?」
俺の問いに、金髪の少女が半笑いで応じる。
コメカミに血管を浮かせながらの半笑いだ。滅茶苦茶キレてるらしいところが、更に俺の笑いのツボを刺激する。
だって、見たとこ10歳そこそこの女の子だぜ?
そんな子供が天下無双である俺様に喧嘩売ってるんだから、面白いというか可愛らしいと言うか。
「ああ、いかにもじゃ。消し炭すら残さぬ。この下郎が」
ははっ!
消し炭すらも残さぬと来ましたか。
良いね良いね! 本当にマジでウケる。
が、そこで成金商会の番頭は金髪の少女を制した。
「コーネリア殿? 貴女が出てはコトが大袈裟になりすぎる。ここは私が収めるので……私の顔に免じて……任せてはくれぬか?」
「ふむ……まあ、よかろう」
いや、本当に笑いを堪えるのに必死だ。
何てったって還暦も近いようなロートルのオッサンが、ドヤ顔で俺の眼前に立ってるんだからな。
「おいおいお前等? まさか本気で俺を力でどうこうするつもりなのか?」
「ああ、その通りだ」
オッサンがドヤ顔で剣を抜いた。
「それはギャグではなくて?」
「ああ、ギャグではない」
「冗談でもなくて?」
「無論、冗談でも無い」
「ははっ! マジでお前等面白いな」
俺は腰の鞘から剣を抜いた。
――言わずと知れたイフリートの炎剣だ。
剣士を気取っている位だから、伝説級のアーティファクトであるこの剣程度は知っているだろう。
「この剣が何だか分かるか?」
何とも言えない感じで、オッサンは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
ははっ!
あ、気づいちゃった?
この表情とこの反応……完全に気づいちゃったよね?
この剣の性能から、普通は所持者の力量も察しちゃうよね?
優しい人なら、実力差が互いに分かったこの段階で、もしもオッサンが速攻で土下座をキメたら剣を収めたかもね。
だって、弱い物イジメになっちゃうもんね。
――でも、俺は辞めてやんない。どんなに光速のマッハ土下座をキメても絶対に辞めてやんない。
何故なら、俺は弱い物イジメが大好きだから。
雑魚が勘違いして調子に乗って突っかかってくるのを、叩き潰すのとか大好物なんだよね。
地を這うアリが、身の程も知らずに人間様に噛みついてくるんだぜ?
そりゃあもう、プチってやってやりたくなるわな。
そこで、成金商会の番頭は呆れたように笑った。
「それはイフリートの炎剣か?」
「ああ、その通りだ。切れ味に関して、この世でこの剣に比類するものはそんなにないぜ?」
ニタリと俺は笑って応じる。
さあ、恐れろ。
さあ、取り乱せ。
さあ……土下座して、泣いて許しを乞え!
「ところで――」
と、オッサンは自分が持っている剣を掲げた。
あれ?
イフリートの炎剣について無視?
ところで……って……流しちゃって良い話じゃないでしょソレ?
呆気に取られる俺に、オッサンは呆れたように言った。
「私の持っているこの剣が何か知っているか?」
何ていうか、古臭い感じの剣だな。
めちゃくちゃ使い込まれている感じだけど、まあ……手入れは行き届いているみたいだ。
でも、変だな?
どうして成金商会の番頭が、歴戦の傭兵が持っている風の使い込まれた剣を持っているんだ?
まあ、どうでも良いやそんな事。
「お前の剣なんて知らねーよ」
「この剣は……聖剣エクスカリバーだよ。こと、切れ味に関して、この剣に比類するものはこの世界に存在しない」
瞬きの間。
文字通り、まさに――瞬間。
俺が手に持つイフリートの炎剣が、オッサンの上段撃ち下しで叩き落とされた。
――見えなかった。
何が起きたのかは分かるが、途中経過が全く目視できなかった。
始まりと、そしてその結果しか分からない。
いや……と俺は絶句した。
俺は、手に持ったイフリートの炎剣を床に叩き落とされたのではない。
叩き落とされた上で――刀身を斬られた。
床に転がる、真っ二つとなったイフリートの炎剣。
俺は呆然とその場で立ち尽くした。いや、経ち尽くす事しかできなかった。
そして、数秒の間放心し……ようやく言葉を発する事ができた。
「聖剣エクスカリバー……お前は……ひょっとして……500人斬りの……?」
いかにも、とオッサンは頷いた。
「マムルランド帝国宰相……いや、剣を手に取る者にとっては、武神と言う通り名の方が伝わりやすいかな?」
おいおい。
大英雄じゃねえか。
ってか……え? ムッキンガム? マジで……ムッキンガム?
人類最強レベルの……あの……ムッキンガム?
一人で戦争で500人斬り倒して、たっと一人で撤退戦を勝ち戦にひっくり返した……あのムッキンガム?
下手すれば勇者より強いんじゃないかって、マジで噂されてる……あのムッキンガム。
いやいやいやいやいやいやいや!
いや……いやいやいやいやいやいやいやいや!
こんな食堂にムッキンガムがいるとか、マジでありえねえだろ。
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