第8話 イフリートの炎剣と生姜焼きとカレーと焼肉 その2
ドアを開くと、カランカランと鈴の音がした。
店内はほとんど満席だ。
店の奥ではスチームライスに茶色の液体がかかった、ドギツイ香辛料の香りを漂わせる謎の食べ物を貪り喰う金髪の少女。
カウンターでは、ホームレスよろしくの小汚さの白髪のドワーフと、宮廷魔術師と思わしき立派な身なりの男が豚を炒めた何かを肴に酒を飲んでいる。
そして、壁際のテーブル席では……あろうことか、生肉がそのまま提供されていた。
いや、よくよく見ればその場で焼いているのか……ってか、物凄いブルジョワっぽい格好の二人だ。20代後半と思わしき若造に、50代の男がへこへこしながら共に美味そうに酒と肉を楽しんでいる。
まあ、成金商会の跡取りのボンボンと、その番頭と言う感じか。
店内を見渡しながら、俺は唯一空いているテーブル席に座った。
何やら、リザーブと書かれた紙が置かれているが、そんな事を気にする俺ではない。
――何しろ、俺は世界最強レベルの特別な存在なのだ。
俺が座ると、すぐに店主と思わしき男が飛んできた。
「お客さん。そこは予約席でね?」
「予約席?」
「今日は数か月に一回の特別な日なんです。全てのドアとここがつながる……そんな特別な日です。皆さん、凄く楽しみにしてくださっていて……予約を取るだけで本当に大変で……店も普段は夕方からしか開かないんですが、今日は特別に午前11時からの遠し営業なくらいで……」
「ハァ? 何言ってやがんだ?」
「すいませんが……」
「俺は腹が減ってるんだ」
腰の鞘から炎の剣を引き抜く。
朱色に輝く美しい刀身を店主に見せつけながら、俺は言った。
「それに、この剣が見て分からないのか? 俺は特別な存在なんだ。そんな俺に向かって……予約だと? 笑わせてくれる奴だなお前は」
イフリートの炎剣。
おとぎ話の類で大体の人間はその存在を知っているだろう。
ん……?
あれ……ほとんど店主はイフリートの炎剣には反応を示さないぞ?
周囲を見渡してみる。
――あれ?
やはり、みんなイフリートの炎剣には興味を示していない。
――意外にマイナーだったのか? この剣は?
ってか、何だか一部から失笑すら受けている気もする……まあ、これは流石に気のせいだろう。
ともかく、少し寂しいが、まあそれでも剣の力は本物だ。
「で、店主よ? どうするんだ? 食事を出すのか出さないのか?」
懐中時計を取り出して店主は難しい顔をした。
「お客さんはどれくらい飯を食ってないんだ? ここは本当に色んな所につながってるから、色んな事情の連中が来るんだ。餓死寸前とか脱水症状寸前の連中も来る。そういう連中は人として見捨てる事はできない」
「4日も何も食べて無くてな……そうだな。そこの金髪の娘が食べているものと、ドワーフと魔術師の食べているもの、そしてそこのブルジョワっぽい連中が食べているものを出してくれ」
まあ、4日も食ってないってのは余裕で嘘だ。
朝飯は食べなかった。で、今は正午。
だから、腹が減っているのは本当だがな。
「4日も絶食って言うなら……それくらいは普通に食うか。ちょっと待ってろよ? 他のお客さんのオーダーを止めてでも、急いで作るからさ」
奥に引っ込み、店主が何やら忙しく動き始めた。
そしてしばらくして、小走りで皿を持ってきた。
コトリと置かれた皿を見て、俺は店主を睨んだ。
「何だこれは?」
「ポークカツカレーだよ」
そうして俺は半笑いで応じた。
「こんな……下痢便みたいな謎の粘性の液体がスチームライスにかけられたモノが食えるか」
「いや、でもお客さんがこれを食べたいって……」
「遠目だと美味そうに見えたんだよ。俺は目が悪くてな? 近くで見ればただの下痢便じゃねーか。こんなモンを喰わせる店も店だが、食べる客も客だな」
と、一番奥の座っていた金髪の少女が立ち上がった。
「なるほど。売っておるのじゃな? ならば買ってやろう」
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