第40話 魔王の店主と酔っ払い その4
「アレしか作れないのか?」
「うむ?」
我は小首を傾げる。
何を言っておるのじゃこやつは。
経験ゼロのバイトのメイドさんでも作れる料理集も万能ではないのじゃ。
むしろ限られた食材の中でよくぞここまで頑張ったとむしろ褒めて欲しいくらいじゃ。
「例えば……ショウガヤキとかは作れないのか?」
「作れる訳がなかろう?」
「焼き鳥丼でも良いぜ!」
「じゃから作れる訳がなかろうに」
「俺はヤキオニギリが食いたい」
どいつもこいつもワガママばかり言いよってからに……。
「そもそも火を使った調理ができんのじゃが?」
賢者マコールが大口を開いてパクパクと金魚のように口を開け閉めさせながら我に尋ねてきた。
「火が使えないだって?」
「うむ。包丁すらロクに扱えぬわ」
「おいおいマジかよ」
「こりゃダメだ」
ざわざわと酔っ払い共が騒ぎ始めたのじゃ。
そこで賢者マコールは首を左右に振って……こともあろうに我に対して、まるで残念な子を見るような視線を受けてきたのじゃ。
「どうやらこれ以上のオーダーは無茶ぶりになっちまうようだな。十分に前菜も美味かったし、今日はさっきまでの前菜だけで構わないぜ。まあ……同じ味ばかりで飽きるがな」
諦めたようなマコールの口ぶりが無性に腹が立ったのじゃ。
我は拳を握って肩を震わせる。
「しばし待たれよ」
怒りと共にそう言い放ち、我は調理場に引っ込んだ。
そうして棚を物色して巨大なビニール袋を引っ張り出したじゃ。
連中のテーブルまでそれを運び、ビニールを破いて中身をぶちまけた。
「おつまみ各種じゃ。これで文句はなかろう」
サラミ、イカソーメン、スルメ、ビーフジャーキー、ジャイアントコーン。
そういった類が詰まった大量の小袋を指さして我は言った。
「それは……腹がパンパンになるまで食って飲んだ後、たまに店主が出してくれる乾き物だな。まあ、これで十分だよ。今日のところはな」
「十分と言うと?」
「俺らは基本的に酒を飲みに来ているんだが、それでも温かい料理も楽しみなんだよ。前菜や乾き物でも十分酒は飲めるが……まあ、物足りないのも事実だな。でも、料理を作れないんじゃ贅沢言っても仕方あるめえ」
そこで我はフンっと笑いながら胸を張った。
「誰が温かい料理は作れぬと言ったのじゃ? 我は火や包丁を使うような凝ったものは作れぬと言っただけじゃ」
「っちゅうと?」
「きちんとちゃんとした温かい料理を作ってくるから、それまでは乾き物で酒を飲んでおけ……ということじゃ」
「しかし、火も包丁も使わずにどうやって……?」
「それは企業秘密じゃ」
ウインクでそう応じる我に対し、賢者マコールは物凄く胡散臭そうに「お……おう……」と応じたのじゃった。
消し炭にしてやろうかと一瞬思うた。
が、我は今は泣く子も黙る魔王ではなく、皆に愛されるプリティなウエイトレスじゃ。
ここは大人になってこらえてやろう。
ふふ、命拾いしたな……賢者マコールよ。
と、そんなこんなで我は再度厨房に向かったのじゃった。
「火も包丁も使わずにどうやって……じゃと?」
ニヤリと笑って我は冷蔵庫の中の、昨日の残りの豚カツを取り出して電子レンジに放り込んだ。
30秒ほど温めたところで、レンジを止める。
程よく温まっているのを確認したところで、レンジから豚カツを取り出してオーブントースターに放り込む。
「ふふ、マコールめ。賢者と言う割には思慮が浅いの。火など使わずとも……ここにはレンジとオーブンがあるのじゃ」
『経験ゼロのバイトさんでも作れる料理集』は親切設計となっておる。
なにしろ、この本に記載されている料理の数々の調理の基本はレンチンなのじゃ。
しかし、今回はただのレンチンとは訳が違う。
――今回は途中までレンチンで、仕上げはオーブンなのじゃ!
ふふ、流石の店主でも我のこの超絶テクには舌を巻くことであろう。
なんせ、今、我は……冷蔵庫の中で冷えてしまった揚げ物を……復活させるといった風な奇跡に挑戦しておるのじゃからな。
これには店主だけではなく、さしもの魔界の超高位ネクロマンサーも真っ青じゃろう。
そうなのじゃ、これは復活の儀式としては最上級じゃと我は確信をもって断言できるのじゃ。
ちなみに、『経験ゼロのバイトさんでも作れる料理集』によるとじゃな、まずはレンチンで冷え切った豚カツの中まで、再度温めるとのことじゃ。
次に、オーブンで豚カツを焼くことによってカリカリ感を復活させるのじゃ。
揚げ物は既に表面に油が回っているので、オーブントースターで再加熱する事によって、油がジュワっとして再度揚げるみたいな感じになって良い感じになるのじゃ。
まあ、そりゃあ揚げたてには比べるまでもない。
が、それでもレンチンだけよりは遥かにそれっぽくは仕上がるのじゃ。
そうして、焼きあがってカリカリさを取り戻した豚カツをオーブンから取り出して我は不敵に笑ったのじゃ。
「くふふ……」
次に大皿を取り出して食パンを並べていく。
深い皿にマヨネーズをぶちまけて、和辛子を少量入れてスプーンでかき混ぜる。
続けざまスプーンで食パンにからしマヨネーズを塗りたくった後に、カツを一枚一枚乗せていく。
「さあ、仕上げじゃ」
そして、カツの上にお好みソースを豪快に振りかけて、その上に食パンを乗せていく。
「くふふ……これぞお好み焼き風カツサンド……じゃ!」
賄い飯代わりに一つ失敬して食べてみる。
レシピ集に書いていただけで、実は我もこれは食べたことがないのじゃ。
「うむ。これは美味い」
以前に店主がカツサンドを作ってくれたこともあったが、それとはまた違う美味さがある。
ペロリと口元に付いたお好みソースを舐めとりながら、我は大皿を両手で持って、飲んだくれ共の元へと向かった。
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