第4話 皇帝陛下と黒毛和牛の焼肉 その1

 マムルランド帝国。

 大陸きっての大国と知られる大帝国である。



 1000年前の建国以来、隣国の獣人の大国であるアムステルとは犬猿の仲で、戦争を繰り返していた。

 先刻の英雄戦争の際も、魔王出現で色めき立つ列強各国を横目に、2国はヒト種同士の戦争に耽っていた。



 そして、英雄戦争が終わった今もなお、戦争は終わらない。

 今回の2国間の戦争は100年戦争とも呼ばれる長丁場となっていて、互いの国は疲弊しきっていた。

 働き手は戦争に駆り出され、民は餓え、疫病も流行し、戦災孤児が街中に溢れる。

 そんな状況下、下民だけではなく貴族や皇族や王族ですらも長引く戦争に嫌気を感じ、厭戦の気配が両国に広がるのは必然というところだろう。



 現況、獣人の国:アムステルから和睦の使者が訪れ、明日の帝国議会で和平に関する議論が行われる事となっている。



 が、しかし、帝国内では主戦派の勢力が未だに強い。

 何故なら、主戦派の首領が、齢28歳。マムルランド帝国の若き皇帝その人だったのだから。



 ――そして。






「ムッキンガム宰相? 明日の和平議論だがな?」


 俺は宰相と共に帝都の大通りを歩いていた。

 護衛の数は総数で7名。

 皇帝と宰相の護衛と言うには、あまりにも少ない人数。



 が、俺は一切の心配をしていない。

 7名の全てが冒険者ギルドで言うのであればAランク~Sランク級の凄腕である。

 この包囲網を突破するには、それこそ軍隊と言えるような大袈裟な人数が必要だろう。


 それに……。


「何でしょうか陛下?」


 とぼけた表情で俺にそう尋ね返してくるのは地上最強の一人に数えられる男だ。


 この50代の男こそ――ムッキンガム宰相。

 500人斬りのムッキンガムと言えば、半ば戦場で武神として伝説化していて……こと、負け戦であれば兵共は俺の指示よりもこやつの指示を優先するだろう。


 一兵卒から剣一本で叩き上げ、そして宰相にまで登り詰めた紛れなき英雄だ。

 本来であれば英雄戦争において、魔王討伐部隊として選ばれた英雄総数11名を英雄筆頭として率いていた男。

 だが、帝国が戦争中であったためにそうはならなかった。

 世界全体が認めるほどの大英雄であり、ひょっとすると負け戦の戦場でなくとも、民は俺よりもこやつの言う事を聞くやもしれん。


 故に――俺もこやつを邪険にすることはできぬ。


「お前は正気か?」


 とは言え、そんな男であっても、俺は皇帝として言っておかねばならぬ事もある。


「正気……とおっしゃいますと?」


「お前が、獣人どもとの和平を望む阿呆共の首領格であることは知っておる」


「……まあ、今更隠す必要もないでしょう。それで?」


「100戦練磨の無敵の男が……何故に和平を望む? 年老いて臆したか?」


「……戦線は泥沼、国は疲弊し民は餓えておりまする。既に互いの総力戦となっている状況、どちらが勝とうともどちらかの国が全て焼かれるような……殲滅戦・掃討戦は避けられません」


「まあ、そうだろうな。俺達は争いすぎた。互いの憎悪はこれ以上ない所まで高まっている」


「……私にはそこまでする益が見えぬのです。勝利をしたとして、手に入るのは焦土と化した獣人の国土と難民のみ。果たしてそこにどのような益が……?」


 そこで俺はムッキンガムを鼻で笑った。


「浅いな。ムッキンガム」


「と、おっしゃいますと?」


「ここで和平を選ぶのは簡単だ。だが、それでは……決着はつかぬ」


「決着?」


「奴らは獣人だ。亜人ではあるが人ではない。1000年間、何度も和平と仮初の平和を繰り返してきた。その度に再度の戦争だ」


「……」


「故に、俺達に残されているのはどちらかの殲滅しかないのだよ。殺し合いの連鎖を止めるには、どちらかを殺しきる事しかありえぬ。仮初の和平で……流す血を将来に先延ばしにして何となる?」


「……陛下のおっしゃることは分かります。ですが、本当に我々は分かり合えぬのでしょうか?」


 再度、俺はムッキンガムを鼻で笑った。


「知っているか? ムッキンガム?」


「何を……でしょうか?」


「獣人共は――肉を生焼けで喰う」


「……そのように伝え聞いております」


 そう、奴らは肉をほとんど生の状態で喰うのだ。

 焼くでも無く、煮るでもなく、さっとあぶっただけで喰う……あるいは、そのまま本当に生で喰う事もあると言う。


 下品や危険を通り越して、野蛮な事極まりない。


「そのような連中と分かり合えることができると思うか? 所詮は人と亜人だ。交渉や相互理解など……望むべくもない」


 そこでムッキンガムは深く溜息をついた。


「で、ムッキンガムよ? 俺を晩餐に誘ったのだ……下手なモノを喰わせたのであれば承知をせぬぞ?」


 声色と表情を相厳しくし、ムッキンガムに俺はそう言った。



 とはいえ、それは9割がたは冗談だ。

 俺はムッキンガムが嫌いではない。

 いや、そうではないな。



 正確に言うのであれば、俺は有能な者が好きだ。

 ムッキンガムと俺は考え方も違えば、ある意味では政敵であるとも言える。

 が、ムッキンガムは有能だ。剣の腕が英雄級であることは言わずもがなだが、ただそれだけでは……脳味噌が筋肉であって、宰相の立場にまで登りつめる事などできるはずもない。



 ムッキンガムには5歳になる娘がいる。

 昨年、俺にも長男が産まれた。

 まだ、誰にも言っていないが、将来的にはムッキンガムの娘を長男の嫁に取ろうと思っている。



 優秀な血を引き入れてこそ、帝国の皇族は更に輝く。

 仮に、俺が国のかじ取りを間違えたとして、こいつであれば体を張って俺を止めるだろう。


 そして、俺は有能な男の本気の言葉に耳を傾けぬ愚か者ではない。




 と、そこで俺を先導するムッキンガムが立ち止まった。


「ええ、美食で知られる陛下ですらも……必ずこの店の料理は魅了してしまうでしょう」


 そこで俺は眉をへの字に曲げた。



「……冒険者ギルド?」





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