第25話 選手権大会 その4
他の二人の審査員も目を白黒させながらサンマの塩焼きを合格にしてくれた。
そんな感じで俺は一回戦を突破する事ができたのだった。
2回戦は明日以降に予定されているので、料理大会の会場には今日はもう用はない。
俺達はコーネリアの参加する武術大会の会場へと移動を始めた。
「しかしお前様よ?」
「ん? なんだ?」
「先ほどの予選じゃが、お前様の相手のあやつらは半分腐ったような魚を調理しておったのじゃろう?」
「ああ、確かに俺が今日使ったあのサンマだったらお前が調理しても……多分勝てただろうな。あんな半腐りみたいなもんに負ける訳がねえよ」
「しかも料理の知識もお前様のほうが格段に高い。少し弱い物イジメに過ぎんか?」
コーネリアはその場で呆れ顔を浮かべた。
とはいえ、先ほどもの凄い勢いで米とサンマを食べたせいか……コーネリアの鼻先には米粒が一粒くっついてる。
湧き立つアホ臭を目の当たりにした俺は苦笑した。
そして俺はコーネリアの頭の上にポンと掌を乗せた。
「だから料理大会みたいなもんは嫌いなんだよな。ウチの家系はやるからには全力って家訓があるし……」
「ふむぅ」
まあ……と一呼吸置いて俺は笑った。
「仕入れも含めての料理人の腕だろ?」
その言葉でコーネリアもまた納得したながら満足げに笑った。
そうして俺達は円形闘技場に辿り着いた。
古代ローマのコロッセウムを思わせるような作りで、階段状の客席と中心部には円形の武闘台が置かれている。
俺は選手用の受付にコーネリアを送り届けて、そのまま客席に腰を落ち着けた。
「ふははっ! これはまた可愛らしいお嬢ちゃんが相手と来たもんだ」
下卑た笑みを浮かべるのは、甲冑を着込んで大斧を携えたデップリと肥えた30代の男じゃった。
ニコニコ顔を我に向けて、そして優しく男は言った。
「お嬢ちゃん? ここは武道大会であって決して舞踏大会じゃねーんだぜ? 会場を間違えてきちまったのか?」
そうして男は大会の主催者席に向けて烈火のごとくに猛烈な勢いで叫んだ。
「おいどうなってんだっ!? 子供が迷い込んできちまってるじゃねーかっ!? セキュリティーはどうなってんだよっ! 俺をジギルハイム皇国の四天王にも数えられた肉壁のサムソンだって知ってんのか?ちゃっちゃとこのガキをつまみ出せ!」
すぐさまに主催者席からパシリっぽい男がこちらまで走り、肥えた男に耳打ちをする。
そうして肥えた男は目を見開いて我の足元から頭までに視線を送る。
そのまま、信じられないとばかりに首を左右に振った。
「お前……本当に一般枠からの武術大会の出場者なのか?」
「まさか本当に我を会場を間違えた迷子か何かと思っておったのか?」
そこで肥えた男はその場で押し黙った。
「ここのルールを知っているのか?」
「ルール?」
「不可抗力であれば殺しも容認されるガチンコスタイルだ。武器防具の使用はおろか審判によるストップも基本的には存在しない」
「レフリーストップが存在しないと?」
「武人同士の試合という建前だからな。どちらかが負けを認めるか、あるいは行動不能になるかが決着となる」
「なるほどの」
そこで肥えた男はクックと笑い始めた。
「しかし、俺は武人には程遠いんだ」
「と……いうと?」
「俺は職業軍人だった。戦場でもたくさんの人間を殺してきたが、それ以上に占領地でたくさんの人間を殺した」
「突然何の話を始めるつもりじゃ?」
「まあ聞いてくれよ。俺はな……子供の指を集めるのが趣味なんだ。子供が泣き叫ぶ顔を見るのが好きなんだ」
「……む?」
「難民のガキ共ばかりだったんだよ。親も死んでるし天涯孤独の奴ばかりだ。生きていたほうが余程残酷な道を行かせることになる。だから……殺しまくった。そして指を回収して回った。で、占領地での俺の所業だが……しばらくは俺の武功で黙認されたが……結局は俺の手は後ろに回った。まあ、軍法会議にかけられちまったんだな」
「なるほどの、そして皇国としては……武術大会で使える者が欲しいから……恩赦か何かで刑務所から出てきたと?」
「その通りだ。1回戦を勝ち抜ければ刑期は3分の2に短縮。2回戦を勝ち抜ければ刑期は3分の1まで短縮。もしも優勝すれば無罪放免って奴だな」
「しかし解せんな」
「ん? どういう事だいお嬢ちゃん?」
「先に我に何故に貴様の変態性を強調したのじゃ? 我に無駄に警戒心を抱かせるだけじゃろう?」
ああその事かとでっぷりと肥えた男は口元を緩めた。
「話は簡単だ。俺は恐怖に引き攣った顔を見るのが好きなんだよ。こういう話をしておいた方がいざ実際にやった時にお嬢ちゃんの恐怖は引き立つってもんだろ? それに最初に俺の危険性を告げようが告げまいが結果は変わらない。試合開始と共に俺はお嬢ちゃんの声帯を破壊する。そして足の腱を破壊する。自分から降参はできないし逃げる事もできない。ルール上、しばらくはお楽しみができるって訳さ。最終的には止められるだろうが……指は確実に全部切り取ってやるからな」
「まあ、大体の事情は分かったのじゃ」
「しかしお嬢ちゃんはイマイチ表情に乏しいな? 全く恐怖心というものがねーな……どうにも自分がただの子供で、俺がジギルハイム皇国の四天王って言う意味を全く理解していないらしい……要は圧倒的な実力差を良く分かってねーんだろうな」
肥えた男はポンと掌を叩いた。
「俺が肉壁って言われるのはな? どんな攻撃でも効かない事が由縁となってるんだ。お嬢ちゃんは見た所……素手の格闘術を扱うようだ。何発か好きに殴ってみると良い。それで微動だにしない俺を見れば……そうすりゃあお嬢ちゃんの綺麗な顔が恐怖に歪むだろうよ!」
そこで試合開始の鐘が鳴った。
男は大斧を床に転がして、両手をダラリと下げて自らの腹を、さあ殴って見ろとばかりに我に突きだしてきた。
「ふむ。それじゃあ遠慮なくいかせてもらうかの」
「おう、ドンと来いっ!」
っていうか我は本当は近接職じゃなくて……魔法使いなのじゃがな。
まあ、殴らせてくれるというのじゃから遠慮なくいかせてもらおう。
スキルは行使せぬ。身体能力強化も扱わぬ。
じゃが、加減をしておる中――その条件下では、紛れも無き全力の一撃じゃ。
――腰ダメに右拳を構え、そして正拳突きの要領で回転運動と共に拳を男の腹部に向けて放つ。
吸い込まれるように拳が腹部に着弾した。
その瞬間、弾けるように男は後方に向けて吹き飛んでいく。
男は水平に30メートル程度飛び、客席と闘技場を分かつ背後の壁に激突した。
壁に形成されたのは半径3メートル程のクレーターじゃった。
クレーターの中心部で、男は石壁の中に埋もれたような形となった。
土煙と砕けた石の破片がパラパラと舞う中、必然的に客席中の視線が石壁の中に埋まっておる男に集まっておった。
男は微動だにせず、ただピクピクと力なく四肢を痙攣させておる。
会場はシンと静まり返り、誰一人として声を発する事ができないようじゃった。
それから――長い、長い沈黙じゃった。
そして誰かの一声を皮切りに――
――爆発するかのような歓声が会場内に鳴り響いたのじゃった。
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