第54話 後日譚 ~素麺と妊婦~
「うっ……」
営業前の飯の時間、コーネリアが口を押えながらトイレに走っていった。
そうしてしばらくすると、ゲッソリとした表情で戻ってきた。
「どうしたんだよ?」
「……米の臭いで……吐き気がするのじゃ」
「あー……」
「……我はどうしてしまったのじゃ? カレーを見ても食欲もわかんし、あまつさえ……吐き気などと……病気になってしまったのかえ? 不治の病なのか?」
「いや、不治の病じゃない。生理現象だ」
ってか、遂にこの時が来たか。
妊娠してるとは知っていたが……。
っていうか、最近……食欲無かったからな。その時点で気づいておけよっていう話ではあるんだが。
俺は苦笑しながらコーネリアの頭を撫でてやった。
「つわりって奴だ」
「……つわり?」
「妊娠していると米の臭いで吐きそうになったり、脂っこいものが食えなくなることがあるんだよ」
「つまり……カレーは?」
「その症状が起きた場合は……最悪の食べ物だ」
と、そこでコーネリアは表情を蒼白なモノにさせた。
「我の主食はカレーじゃぞ? 明日からどうすれば良いのじゃ?」
「カレーどころか、普通の飯でも……つわりが酷いとまともに食えないらしいぞ?」
「マジなのか? じゃあ、どうすれば良いのじゃ?」
と、そこで俺は再度苦笑した。
「一応……俺はプロの料理人なんだけどな」
「ふむ?」
ふむ? じゃねーだろっ! と、頭をはたきたくなったが一応は身重なので辞めておく。
っていうか、そろそろバイトでも雇ってこいつは家に引っ込めておいた方が良さそうだな。
確か、こいつの配下にウロボロスさんとかいう優秀そうな人がいたので……コーネリアのコネで短期バイトでもしてもらおうかな。
コーネリアへの忠誠はマックスレベルに近いという話だったし、万一に店の仕入れの秘密を知られても大丈夫だろう。
後、コーネリアが龍神宮にこの前に遊びに行ったときに、メイド服やらウェイトレスの服やらでコスプレパーティーで盛り上がったらしい。
コーネリアは可愛い系だが、ウロボロスさんは美人系の意味でそっち系の服も非常に似合っていたということだ。
それに、目を剥くほどに美人なのでお客さんのウケも良いだろう。
――と、それはさておき。
「ってことで、明日はちょっと色々メニューを考えてみるよ」
――翌日。
「おお、これはなんじゃっ!?」
「素麺だよ、素麺」
「そーめん?」
「ああ、奮発してネット通販で高級な奴を仕入れたからな」
「しかし、あのスマホは本当に便利じゃのう」
「まあ、ウチの店の生命線だからな。刺身なんてアレが無ければ無理ゲーだ」
と、それはともかく……素麺だ。
ウチの家ではタマゴ焼きとキュウリとハムっていうオーソドックスな奴だ。
あと、さすがに料理人の家系なので、濃縮麺つゆみたいな邪道はしない。
昆布とカツオでダシを取って、醤油とみりんと酒で作ったちゃんとした奴だ。
ちなみに、お客さんに出す今日の日替わり定食は、その和風つゆをたっぷりと使った親子丼となっている。
「しかし、我は最近は本当に食欲がないぞ?」
まあ、流石に肉系は駄目そうだからハムは除外している。
卵焼きとキュウリくらいならいけるだろうと思って出してるけどな。
と、そんなこんなで恐る恐ると言った風にコーネリアは素麺を箸でつまんだ。
そうして麺つゆにつけて――チュルリといった。
「……お?」
そうしてコーネリアは次から次に麺をすすっていく。
「な? 大丈夫だろ? これで無理ならお手上げ感はあったんだが……」
「うむ! 美味いのじゃ! サッパリしてていくらでも食べられるのじゃっ!」
「そいつは良かった」
そこで俺はコーネリアにトマトジュースを差し出した。
「……これは?」
「妊婦には葉酸が不足しがちだからな」
「ようさん?」
「分からんかったら良い。とにかく飲めよ」
トマトジュースを飲んでいる間に、次に卵豆腐を差し出した。
「炭水化物だけじゃなくてタンパク質も大事だからな」
「おお! これもサッパリしててイケるのうっ!」
物凄い勢いで素麺と卵豆腐が平らげられていく。
本当にキッツイつわりだと、サッパリ系でもどうにもならんらしいが……何とかなって良かった。
ってか、食欲がないとか言いつつバクバク食ってんじゃねえかと俺は苦笑した。
「……良く食うよな。お前ってさ」
そうしてコーネリアは満面の笑みを浮かべてこう言った。
「うむっ! 二人分を食べねばならんのでのっ!」
二人分か……。
そんなことを言われると何だかんだで感慨深いな。
「うぬ? どうしたのじゃお前様? 楽し気な顔つきをしおってからに……」
楽し気って言うかさ……。
最愛の人のことを考えて、最愛の人が喜ぶような料理を作るって――
――本当に楽しいんだぜ?
まあ、そんなことを思っていたことを伝えてしまうと、こいつが調子に乗るだけなので黙っておくけれど。
「とりあえず、無理して食わなくて良いからな。最近食ってなかったから内臓が弱ってるはずだ。腹八分くらいで辞めておけよ」
「うむっ!」
結局――
――コーネリアの食欲は止まらず、追加の素麺を茹でながら俺は苦笑したのだった。
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