第7話 イフリートの炎剣と生姜焼きとカレーと焼肉 その1
俺の名前はアベル=キルス
辺境国連合の盟主を務めるキルス国の第一王子だ。
キルス国と言えば、辺境の国の中では最大の勢力を誇り、それは大陸中枢部の中堅国と比べても遜色の無いほどの勢力を誇る強国だ。
更に言えば俺の剣の腕は無双の部類に入る。
皇国の剣術大会では8位に入賞したし、国の中では敵なしだ。
そして、俺は今いる場所は、活火山だ。
溶岩がそこかしこに流れ、溶岩を避けてもそこにいるだけで体表が燃え上がりそうな灼熱地獄。
俺は燃え盛る火炎の中で、固形化し溶岩に突き刺さっている魔剣の柄に手をかけていた。
ジリジリと火炎が俺を焼く。
幾重にも装備した氷結のマジックアイテムの長くはもたない。
伝承によると、この魔剣は所持者に絶大な力を与えるという。
いや、各種ルートからの実地検査の結果からも考慮すると、間違いなくこの剣を抜くことができれば……俺は世界最高峰の代名詞である英雄達の領域に足を踏み入れる事ができるだろう。
王族の権力を持ち、そして個人でも英雄の領域の力を手に入れる。
未だかつて、そのような存在がいただろうか……いや、いない。
俺はこの世で唯一無二の存在に、今……なろうとしているのだ。
パリン。
右手薬指に嵌めた氷結の指輪が破裂した。
「急がないと……」
全身の筋力を込め、掌に集める。
「む、む、む……むうううううっ!」
全身を灼熱が焼いていく。
パリン。
パリン。
パリン。
パリン。
次々に両手の指に嵌めている氷結の指輪が砕け散っていく。
「くっそ……」
最初は10個だった。
が、氷結の指輪の数は残り4つだ。
炎剣に辿り着くまでで、指輪は一つ消費してしまっている。
そして今、砕け散ったのが5つ。
俺は生身の人間で、水分が沸騰するような灼熱地獄に、長時間生身で耐えられるようにはできていない。
それがこその、氷結の指輪だ。
――安全マージンとして、帰路の為に2つは必要だ。行き道は一つの消費で済んだが、帰りもそうだとは限らない。
パリン。
残りは3つだ。
ここらが生死の分水道。
俺は全身全霊を込めて、全力で剣引き抜こうとする。
「ぐ……ぐ……がああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
コメカミに青筋が浮かび、全身の筋肉に太い静脈が浮き出る。
パリン。
指輪は残り二つ。
ここらが潮時か……と思った時に、スルリと固体化している溶岩から剣が抜けた。
「マジ……かよ?」
両手に伝わる剣の重みも感じぬ間に、俺はすぐさまに走り始めた。
「ははっ……やった! やった!」
長年求め歩いていた、最強に数えられる炎の剣。
それを――俺は手に入れたのだ。
と、そこでパリンと氷結の指輪の砕ける音。
炎の大精霊の加護を受けた剣。
握る右掌から、止めどない力の奔流が全身に流れてくるのが分かる。
この剣の凄い所は、朱色の刀身が誇る切れ味が、天下に比する物はそれほどに無いと言う事だけではない。
炎の剣に宿る、大精霊イフリートが剣の持ち主に力を貸してくれるのだ。
冒険者ギルドランクで言えば、この剣を所持すれば……概ね1ランクは上がるという……とんでもない剣なのだ。
「これが……イフリートの炎剣っ!」
溶岩による灼熱地帯から抜け出すと同時に、パリンと最後の氷結の指輪が砕けた。
灼熱地帯から抜け出しとはいえ、そこは高温のサウナよりも遥かに暑い。
すぐさまに体表が焼けて立たれるという事はないが、ヒト種の生存に適するような場所ではない事は明確だ。
本来なら、俺は急いでこの場所からも離れなければいけないのだが……。
「ははっ! ははははっ!」
その場で蹲り、俺は笑った。
すぐにこの場を離れなければいけないのに、どうにも笑いが止まらない。
それもそのはず……何せ、俺はイフリートの祝福を受けてしまったのだ。
「ははっ……はははっ……! はははははははははははっ!」
これで、俺は英雄と呼ばれる連中の……足元に届くことができた。
そして、俺はその場で叫んだ。
「……俺は……ヒトと言う種を……超えたぞおおおおおおおおおおおおっ!」
絶叫が木霊する。
辺境とは言え、第一王位継承権を持つ王子、更にその力量は英雄の領域に片足を踏み込んでいる。
いや、下位の英雄であれば……あるいは、並んだと言っても大袈裟ではない。
正に、今の俺は天下無双だ。
帰り道。
失われた古都を歩いている最中、俺の鼻を食物の臭いがくすぐった。
「こんなところで……何故にこんな臭いが?」
見ると、看板には古代文字で冒険者ギルドと書かれている。
ああ、そういえば聞いたことがあるな。
「王族や皇族ですらも順番待ちにさせるような……とんでもない定食屋だ」
そこで俺は悪戯っぽく笑った。
今、俺は間違いなく世界最強レベルの権力と、個人としての剣力を持っている。
ならば、こういった遊びも……一興かと。
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