第14話 メイドの魔王とカツサンド その1


「あーーーー疲れた」


 片づけを終えた後、ようやく今日の帳簿を付け終えた俺は、伸びをしながらそう独り言ちた。


 おかげさまでギルドの地下食堂は連日連夜の大盛況で、喰うには困らない利益が出ている。

 まあ仕入れがそもそもウチは特殊過ぎるから黒字で当たり前なんだが、この辺りはご先祖様のおかげだな。



 ――しかし、お袋が亡くなってからもうすぐ2年か。



 そりゃあまあ忙しくて当然だ。

 なんせ、二人で捌いてたお客さんを、今は俺一人で捌いているんだからな。


 ウチの店はキッチンの裏に、とんでもない仕入先を隠しているから部外者を入れにくい。

 だから俺一人でやってるんだが、それにしたって一人でいつまでもってのには無理がある。


 実際、客席が埋まるどころか、相当空いているのに予約を断り続けるような現象が起きているのだ。

 と、いうのも客席が満杯までお客さんを入れてしまうと、とんでもなく長い時間お客さんを待たせてしまうからだ。

 とはいえ、やはり店のキャパは最大限に使いたいし、一人でも多くのお客さんに笑顔になってもらいたい。


 その為には俺が厨房で料理に専念できれば良いんだが、現状は俺が料理とウェイターと会計を兼任しているから無理が出ている訳だ。



 とはいえ、厨房裏の秘密の部屋の……日本の食材使い放題っていう仕入れの秘密もあるので気軽に従業員を雇う事もできない。





 さて、どうしたもんか……。

 口の堅い嫁でも取って、ご先祖さんがそうしてきたように夫婦で店を切り盛りしていくか。


 そして俺はペンを片手に帳簿の数字に目を流していく。


「結構な黒字だから、しばらくこのままでも問題ねーか。嫁も……あるいは従業員も、最適な奴が現れたらその時考えれば良いか」


 と、俺が下した結論は現状維持の決断保留と言う奴だ。

 まあ、本当にお客さんを予約待ちで待たせるのは心苦しいんだが……ウチの店は本当に特殊で、日常的に厨房内に入る事のできる人間は選別しなければならない。



 深夜12時を大きく回った頃に店を出る。

 店主だけが使える、裏口から外に出る。

 いつもと同じく帝都の石畳の路地裏につながり、俺は帰宅の路についた。


「明日は通し営業の日だから9時前には店に入って仕込みをしないと……家に帰って洗濯と掃除と……。寝るのは3時過ぎで起きるのは7時か?」


 そんなことを考えながら空を見上げる。


 ――やはり、時間がない。睡眠時間くらいはある程度確保できないと……体がまいっちまう。


 空にはどんよりと雲が覆い、外は真っ暗闇だ。

 手提げランタンの明かりを頼りに、家までの通いなれた道を行く。


 そこで頬にポツリと冷たいモノが触れた。


「雨……か」


 舌打ちと共に俺は日本製の折り畳み傘を取り出した。

 すぐに通り雨のような土砂降りとなり、ランタンが使い物にならなくなる。


 懐から懐中電灯を取り出してスイッチを入れる。

 誰かに懐中電灯を見られたらコトだが、緊急事態なので……仕方ない。

 まあ、もしも見られても店の常連の大錬金術師が作った特別なマジックアイテムだとか言っていれば……大丈夫だろう。


 と、ライトの照らす路地裏で、俺は見知った顔に出会った。



「あ……」



 俺の言葉に、その少女は呆けた表情でこう返した。



「お……?」



 金の長髪にツインテイル。そして朱色に輝く瞳。

 見た所10歳と少し。

 見た目の年齢に似合わず、下手すればある種の怪しい艶すらも感じさせるような――そんな少女だ。


 まあ、早い話がウチも常連の、カツカレーが大好きな魔王コーネリアだ。


 

「どうしたんだお前? ズブ濡れで……」


「ああ、そういえば雨が降っておるの?」


 ニコリと笑ってコーネリアは小首を傾げた。

 ノーガード戦法よろしく、頭の先から足元まで本当にズブ濡れなんだが、この娘は気にする様子もない。


「いや『降っておるの?』って言われても……」


 くふふと笑ってコーネリアは言う。


「洗濯代わりに丁度良い」


「洗濯?」


 うむ、とコーネリアは頷いた。


「基本的には龍族には洗濯や片づけを行うという習慣が無いのじゃ」


「っつーと?」


「棲家は、その都度……汚れたら引っ越すし、服も同じものは2度と着ない。棲家も服も……必要になる度に奪えば良いものじゃから補充はいくらでもきく」


 まあ、基本は魔王だもんな。

 だがしかし……と俺は尋ねた。


「お前は一張羅だよな?」


 うむ、とコーネリアは頷いた。


「今回、我が復活した際に着用していた服がそのままとなっておるの」


「お前が復活してから相当な期間が経っているよな?」


「そのとおりじゃ。龍が雨で服を洗濯するなぞ、本当に珍しいのじゃぞ? 洗濯や棲家の掃除をするなど……どれほど気に入った服や場所であればすると思うておるのじゃ? 例えば、棲家を掃除するとあればそこは終(つい)の棲家である魔王城とする程に気に入らぬとせぬシロモノなのじゃぞ? それをこんな普通の服で……」


「ってか、どうしてお前は一張羅なんだよ?」


 ああ、そのことかとコーネリアは肩をすくめた。


「金がないのじゃ。文字通りの一文無しじゃ」


「……え? いやだってお前……魔王だろ?」」


「世界を滅ぼさぬと決めている今は……我は何なのじゃろうな?」


 いや、『何なのじゃろうな?』と小首をかしげて可愛らしく聞かれても、正直スゲェ困る。


「ともかく、我は復活した際に、貴金属の類は持っておらんかったのじゃ」


「じゃあお前……飯はどうしてんだ?」


「基本は飲まず食わずで過ごしておる。食事と言えば、たまに貴様の店でカツカレーの特盛りを食す程度じゃな」


 確かに、コーネリアから代金を取った事はない。


 と、言うのも先祖の代の遥か昔の事だが、コーネリアの父親のカツカレー食べ報道1000年分の代金は既に貰っているのだ。

 ウチの店の厨房内の秘密のドアの先の部屋の片隅に、無造作に金の延べ棒が10本積まれているのがその証拠となっている。


 当然、コーネリアから代金を受け取ることはできない。

 だからこそ、俺はコーネリアの金銭的困窮には気づかなかった訳だが、まさか……と思い、俺は尋ねる。


「それって俺のせいだよな?」


「うむ。金に困って略奪などを行えば、貴様の店では出入り禁止となるじゃろう?」


 確かにその通りだ。

 基本的にウチの店は指名手配犯なんかの重犯罪者はお断りだ。


 と、言うのも高ランク冒険者の賞金首ハンターやら、大貴族や皇帝の護衛が店内にいくらでもいるので、そういう奴がお客さんで来てしまうと速攻でお縄になってしまう。

 お客さん同士の喧嘩だったらいざ知らず、そういった治安維持のための犯罪者の大捕物の場合は俺も流石に口を出すことはできない。

 で、まあ、そういう事が起きれば当然の事ながら迷惑な訳だ。


 だから、犯罪者はお断りとしている。



「ああ、出入り禁止になるな」


「じゃから、我は飯も食わずに毎日野宿をしておる。そう……毎日毎日、昼も夜も特にやる事もなくこの場で空を見上げて三角座りじゃ」


 うわァ……。

 俺は何とも言えない気持ちになる。

 魔王が浮浪児みたいな生活って……。

 何だか、聞いてはいけない話を聞いてしまったようで非常に気まずい。

 しかも、彼女がこうなってしまったのは大体俺のせいだ。


「……あのさ?」


 雨に打たれ、ズブ濡れのコーネリアは再度、愛らしく小首を傾げた。


「何じゃ?」


「……お前さ?」


「うむ?」


「……ウチでウェイトレスとして働かないか?」


 人間の友達どころか知り合いもいないだろうし、口が堅いとか堅くないとか以前の問題だ。

 だから、秘密保持の点では余裕でクリアーだ。


 俺の問いかけに、しばし考え、クフフとコーネリアは言った。


「我を雇うと?」


「……ああ、人も足りてねーし、丁度良いっちゃあ丁度良い」


 そしてコーネリアは、腰をくねらせてくふふと妖艶に笑った。


「我は安くはないぞ? なんせ……魔王じゃからの?」


 まあ、そうだろうな。

 俺も雇えるとは思ってはいない。

 魔王としてのプライドもあるだろうし、料理店で働くなんて……できるはずもないのだ。

 ただ、金銭的に彼女が困窮しているのは大体俺のせいだ。

 だったら、俺としても彼女に一応の救いの手を差し伸べておかないと……と、そういう気持ちもあるのだ。


「ああ、安くないだろうな」


「まあ、条件だけでも聞いておこうかの?」


「申し訳ないが、月給は銀貨20枚 (日本円で20万円)しか出せない」


「くははっ! 本当に足元を見てくるのう? 我はかつては数万の魔物を指先一つで動かした女ぞ? 月給銀貨20枚なぞ……」


 そこでコーネリアの朱色の瞳が怪しく光った。

 と、同時に――


 ――――俺の全身の肌に粟が立った。


 コメカミに青筋が浮かんでいる事から、その怒りは決して軽いものではないようだ。





「……あまり魔王を舐めるなよ? 人の子よ?」





 ゾクリと背中に嫌な汗が流れる。


 ――忘れていた。


 この娘は……あくまで人類に対する攻撃を、料理の美味さに興味を持って……気まぐれで止めているだけなのだ。

 その気になれば魔族を結集させて、人類を滅ぼす大厄災として猛威を振るう、そんな規格外の存在なのだ。


「すまない。銀貨20枚と言うのは嘘だ」


「やはり何も分かっておらぬな人の子よ。金額のタカでは無いわ……そもそも、我を雇おうなどという考えが正気とは思えぬ。例え月額の給金が金貨100枚 (日本円で1億円)でも、話にならぬ」


「待て、話を聞いてくれ」


「ふむ?」


「で、条件を言おう。給料は毎月銀貨20枚だ。これはやはり変わらない」


「ひょっとして……貴様はやっぱり我に喧嘩を売っておるのか?」


「で、週5日勤務で、賄いメシは一日2回。お前の希望次第だが、その2回の両方ともをカツカレーにする事にできる」


「乗ったのじゃ! やるのじゃっ! 絶対にやるのじゃっ! 一度言ったからには絶対に一日に2度……カツカレーを出してもらうからの? 絶対に、ぜーーーったいに出してもらうからの!? で、いつからじゃ!? いつからなのじゃっ!? 我はいつからウェイトレスをすれば良いのじゃっ!?」


 マッハの速さで目を輝かせてコーネリアはそう言った。



 

 そう、何ていうかこう…………コーネリアは物凄く分かりやすい奴だったのだ。

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