⑧
幻が道場につくと、湊に紺とともに裏の蔵へと連行された。ちなみに、鹿波は一応店番をしなければならないので自宅待機である。
何気に蔵に入るのは初めてだったので、幻と紺は内心で少し喜んでいた。
鈍い音を立てて扉が開く。埃特有の匂いが香ってきた。
それに少し顔をしかめながら、湊は蔵の中に入っていく。紺と幻も足を踏み入れ、色々なものが積み重なった中を興味深く見渡した。
やがて湊が声を上げたと思ったら、なにか細長い形状の箱を抱えて持ってきた。
「…なにソレ」
首をかしげる紺に、湊はニンマリと笑う。
(あ、紺と同じ笑い方)
幻が内心思って、目をしばかせる。やはり血の繋がりがなくても似るものだな、などと呑気に考えていると、湊がその箱の埃を払って蓋を開けた。
中に入っていたのは、縦の長さが約3.3尺、太さが1寸5分ほどの棒を3本、極端に短い鎖で繋いだものだった。片方の棒の端には、刃物がついている。それは真っ直ぐに一直線に箱に収まっていた。
「
それを見て、幻がポツリと言った。それに、湊は苦笑する。
「やっぱ幻は知ってたか」
「昔、うちの本屋にあった本にあったんです。これは少し普通のものとは違うみたいですけど」
一人話に入っていけないでいる紺が、まじまじと箱に入った三節棍を観察する。一つ一つの長さがそれなりにあるので、そこそこ重量はありそうだ。
瞳を輝かせる紺に、湊は笑いながらそれを箱ごと突き出す。
「ほら、お前にやるよ」
「…いいノ?」
「いいの。ほら」
早くしろと言わんばかりに突き出されたそれに、彼はそっと真ん中の棒に手を伸ばす。
持ち上げると、思っていた以上にずしりと重みがあった。ぶらりと両端二本の棒がぶら下がる。
「それな、ここをこうして…」
軽く両端の棒を引っ張ると、案の定鎖がピンと張った。そして、力を抜いた瞬間カチャリと音を立てて関節部分がピッタリと結合する。
「へぇぇ」
それを見ていた幻が興味深そうに結合部分をじっと見つめる。一本の刃のついた棒になった三節棍は、紺の体よりも大きなものへと変化した。
「で」
湊が棒を先ほどと同じように両端を持って、互いに逆方向に捻ると、今度は少し違う音を立てて結合部分が外れ、鎖が露わになる。
「…スゴイ」
再び手渡された新たな武器に、紺は心を躍らせた。
「それ、あの紅い棒を買った武器商人から貰ったものなんだ。扱いが難しくて誰も買い取り手がいなくて、困ってるから貰ってくれって」
腰に手を当てて、湊はニヤリと笑う。
「連結したときの結合力は強くない。突く力には強いが、横からの打撃には耐えられない。扱いづらくて仕方ない武器だ。紺、お前にこれが使えるかな?」
「…オヤジ、練習付き合ってヨ」
ニンマリと笑って、紺はそれを再び一本の棒へと繋げるのだった。
重いものが空気を切る音が稽古場に木霊する。次にパシッという音が連続して響いた。
かれこれ三節棍を使いこなすための紺の練習は、一時間はぶっ通しで行われている。
「…よく体力持つなぁ。紺はともかく、湊さん」
紺は言わずもがな全力で体を動かして、三節棍を扱っている。使い始めの頃よりも慣れてきたのか、確実に扱いが上手くなってきていた。さすがに息が上がってきているのに対して、湊はそれを全て避けて流し続けていると言うのに息が上がるどころか、汗ひとつかいていない。
初めて紺と出会った時、彼は湊は化け物だと言っていたが、あながち間違いでもないのかもしれない。
と、湊の口元に笑みが浮かんだ。紺がそれにピクリと反応する。
三節棍の刃の付いていない端の棒を、湊が掴んだ。それを一度紺の方へと押してから、力一杯に自分の方へと引っ張る。均衡を崩した紺が足を軽くもつれさせた。
一瞬で手を離して、紺の後ろに回って三節棍を持っている右腕を掴み、それを背中につける。そのまま足払いをかけて、紺を下敷きにする。
ギリギリと肩の関節が嫌な音を立てて、紺が顔をしかめて手を挙げた。
「参りまシタ!」
「よぉし」
ぱっと腕を解放し、すぐに紺の上からどいてやる。
紺はそのまま大の字で突っ伏した。
「うゥ…」
ボロ負けしてしまって傷心中の紺に、幻は苦笑混じりに近づいた。
「おつかれ。大丈夫?」
「…大丈夫…じゃ、ナイ」
それはそうだ。
「あははは」
愉快そうに笑う湊を、紺がむくりと起き上がって睨みつける。
「腹立つナァ…」
「ふっ、そういうのは俺に勝ててから言ってみろ」
実を言うと、紺はまだ一度も湊に勝てたことはないのだ。
それに、紺は悔しそうに唇を噛んだ。
「化け物め…」
気の毒になって、幻は彼の肩にそっと手を置いた。
ひとまず休憩しようということになって、紺は幻と共に台所に行って水を飲みに行った。
「はぁぁ…」
水を飲んで大きなため息をつく紺に、幻は苦笑する。
「やっぱり扱いづらい?」
「んー…まぁ、たしかに難しいとは思うケド。コツは掴んだヨ。慣れてきたし、問題ナイ。それよりも、俺はオヤジに勝てないのが悔しいネ」
目を据わらせて、紺はもう一度ため息をつく。
「まぁ、そうだよねぇ。湊さん、紺の相手してても全然息上がってなかったし、汗もかいてなかったもんね」
「そーなんだヨ。本当にさ、あの人の体力どうなってるんダカ」
「紺と初めて会った時、湊さんは化け物だって言ってたのがようやくわかった気がする」
おかしそうに笑う幻に、紺はへらりと笑った。
「デショ?」
顔を見合わせて笑い合う。
「…ま、いつか勝てればいいナァ」
珍しく困ったように笑う紺に、幻はうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます