食後の一試合は、午前中よりも長引いていた。紺が三節棍の扱いに完全に慣れて、使いこなせるようになったことで湊に対抗しているのだ。

「いい勝負だね」

 鹿波が隣で微笑みながら言う。幻もうなずいた。双方、現時点では実力が拮抗しているように見える。

 と、湊が紺の三節棍を奪った。紺が素早く守りに入るように構える。完全に防戦一方になってしまった紺に湊は容赦なく攻撃を与えていく。紺は攻撃に転じようにも、なかなか守りの姿勢から攻撃に打たれるほどの隙が見つけられないようだ。

「湊さんって、昔から強かったの?」

「うーん…少なくとも、僕が出会った頃は今よりは弱いかもしれなけど、充分強かったと思うよ」

 湊と鹿波が出会ったのは互いに十七の時だと聞いた。湊が家を出て、鹿波に出会う前の間に二年間の空白がある。ということは、その二年であれだけの実力をつけたということだ。

「どんな家出旅を送ってたのか、逆に気になるな…」

 苦笑する幻に、鹿波はおかしそうに笑った。 

「確かに」

 紺が湊に顎を強打されて、倒れた。勝負がついたようだ。

「あちゃー、やりすぎたかも」

 倒れて微動だにしない紺に、湊は困ったように頰をかく。

 そして、紺の体を揺さぶった。

「大丈夫かー?」

 幻が心配になって、二人の元へ歩いていく。紺の顔を覗き込むと、彼は不貞腐れたように幻を睨んだ。

「…幻ちゃん」

 ただならぬ雰囲気に、幻は頰をひくつかせる。

「早く旅に戻ろう。それでいっぱい悪い奴ら懲らしめヨウ。もっと強くなって、オヤジのこと倒ス!」

 意気込んで拳を握りしめる紺に、幻は苦笑した。湊がニマニマと笑っている。

「おうおう、頑張れよ〜」

「覚えてろヨ…」

 腹立たしいこと極まりない笑顔に、紺は殺意に近いものを向ける。

「…でも、本当にそろそろ旅に戻ろうか」

 苦笑まじりに紺の腕を引いて、起き上がらせてやる。いつの間にかそばに来ていた鹿波と湊が、少し寂しそうに目を細めた。

「今度からはちょくちょく顔見せにこいよ?」

「ウン」

 奪った三節棍をかえしながら言う湊に、紺は笑ってうなずく。

「いつ出るの?」

 鹿波が聞くと、幻が口を開く。

「明日の朝にでようかな。紺はそれでいい?」

「いいヨ」

「よし、じゃあ今日は…ってか、今日もか。幻も鹿波もうち泊まってけよ。その方がいいだろ」

 湊が伸びをしながら言った。それに、鹿波と幻はうなずいた。



 夜。四人で昨夜と同じような飲み会を終えて、紺と湊、鹿波と幻の組み合わせで二人ずつ風呂に入ることになった。

 互いに背中を流し合い終えて、湯船に浸かった紺と湊は二人同時に息をついた。

「…あぁ、そうだ。紺に聞きたいことがあったんだ」

 湊が手ぬぐいを目の上に乗せながら言う。紺は首をかしげた。

「お前さ、なんで俺や幻の嘘を見抜けるんだ?」

「ンー」

 濡れた手で髪をかきあげて、紺は首を捻る。

「なんかね、嘘をついてる時、なんとなく、あ、これは嘘ダナ。って思うんだヨネ」

 なんとも曖昧な理由に、湊はおかしそうに笑った。

「要するに勘ってことだな」

「ダネ」

 苦笑して、紺は湊の目の上に乗っている手ぬぐいを奪い取る。湊があ、と声を上げた。

「俺も使うノ」

 それに、湊は渋々といったようにうなずいた。

「…ちゃんと守ってやれよ、幻のこと。自分で決めたんなら、尚更」

 その言葉がとても重々しく感じられて、紺は湊の表情を確かめようとちらりと見る。だが、彼はそれを嫌がるように顔を湯船につけてしまった。

 きっと、紺にはわからない湊の何かがあるのだろう。そう思って、彼はそっと視線を外した。

 それからは、二人は他愛もない話をして風呂を出た。



 久々に、本当に久々に幻と一緒に風呂に入るので、鹿波はそわそわとしていた。

 幻はというとそんな義父に対して恥ずかしい気持ちがいっぱいである。

 自分で体を洗っている間、背中に感じる視線に痺れを切らして幻が振り向く。鹿波がとても嬉しそうににこにこと笑っていた。

「…はぁ…」

 怒るのも忍びない気分になって、幻はため息をこぼした。

「父さん」

「なぁに」

 話しかけられて、いっそう嬉しそうに瞳を輝かせる。

「…背中、流そうか」

 それに、鹿波は目を丸くする。幻は絶対にしてくれないと思っていた。

「ぜひ、お願いします」

 いつもの鹿波ならば考えられないほどの機敏な動きに、幻は若干引いてしまった。

 ほっそりとした背中を傷がつかないように流していく。

 鼻歌を歌って気分良さげな鹿波に、幻は呆れたようにため息をついた。

「…父さんはさ」

 鼻歌を止めて、彼は首をかしげその言葉の続きを促す。

「なんで俺を引き取ろうと思ったの」

 それは問いかけのはずなのに、語尾に疑問符がついていなかった。鹿波が幻の表情を見ようと振り返ろうとするが、それを幻が止めた。

 そんな息子の様子に少しため息をついて、彼は前を向いたまま目を細める。

「…理由は、特にないよ。湊が赤ん坊の君を僕に会わせてくれた時、すごく」

 髪が前にかかって邪魔なのか、それをかきあげる。

「…すごく、欲しいって思ったんだよね」

 欲しい。その表現に、幻はおかしそうにそっと笑った。まるで小さな子供が新しいおもちゃをねだったときのようだ。

「子供の育て方なんて知らないし、そもそも自分がまともな生活を送ってなかったから、湊にも止められたし自分でも無理だって思ってたんだけど…諦めきれなくて。頑張りました」

 まともな生活を送っていなかった自覚はあったのか。

 自慢げに笑う鹿波に、幻は呆れたように笑った。

「…そっか。ずっと疑問だったから、すっきりした」

「ふふ、ならよかった。ろくな理由じゃなかったでしょ?」

「いや…充分だよ」

「そう…」

 穏やかで、心地の良い会話。幻は、心がじんわりと温まっていくのを感じるのだった。

 


 翌朝。紺と幻がきちんと旅に必要な荷物を持った。また、旅に出るのだ。

「それじゃあ、いってくるね」

「今度からはちょくちょく顔、見せに来ル」

 笑って言う息子たちに、二人の義父はうなずいた。

「気をつけろよ」

「怪我や病気には特にね」

 それにうなずいて、二人は最後にコロンの頭を撫でておく。

 満足して、彼らは外に出た。

 天気は快晴。隣街に行くまで、道中天気では困ることはなさそうだ。

 振り返って、湊と鹿波に手を振った。

「「行ってきます」」

 声を揃え、楽しそうに笑う息子たちに、彼らは満足げな笑みを浮かべて手をふり返した。

 徐々に遠のいていく幻と紺の背中に、二人は軽くため息をつく。

「…子供の成長ってのは早いな」

「本当に。湊、紺くん相手に割と本気で相手してたでしょ」

 それに、湊はふっと力なく笑う。

「ああ。本気でやんなきゃ、あいつに失礼だし…そもそも、もう手加減して勝てるほど、紺は弱くはなかったよ」

 鹿波がそれにうなずいて、ふわりと幻によく似た柔らかい笑みを浮かべる。

「二人の旅が、有意義なものになりますように」

「大丈夫だろ。俺たちの息子だ」

 二人は、顔を見合わせ笑った。

 どうか、二人の可愛い息子たちが無事に旅を続けることができますようにと、願いを込めて。

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