敵を一掃し終えて、巴と幻の元へ駆けつけようとして、紺は足を止めた。後ろに二つ、かすかな気配がする。これは勘だが、この二人を先に片しておいた方がいい気がした。

「出ておいでヨ」

「ありゃ、よくわかったな」

「すごいね、キミ」

 サクサクと足音を立てて姿を表した二人の男に、紺は肩をすくめる。

「そりゃドーモ」

 棒を両手で持って、構える。一人は男にしては珍しい薙刀。もう一人は紺にとって因縁深い銃だった。

「そんじゃ、お手合わせ願おうか」

「お仕事だから、ね」

 それまで眉間に合わせていた銃口を素早く足に移動させ、発砲する。紺はその動きに合わせて避けきって、次に上から襲ってくる薙刀の刃を一瞬身を縮ませて躱す。頭上を刀身が掠めた。

 必要最低限の動きで全て攻撃を躱していく紺に、二人は動きを止めた。

「なんで攻撃してこない?」

 薙刀の男が首をかしげる。紺がへらりと笑った。

「さァ?」

「まさかオレたち相手に、足止めしようなんて考えてないよね?」

 銃の男がにっこりと微笑んだ。

「そうだって言ったらどうスル?」

「考えを、改めさせる」

「実力でね」

 二人の連携力が一段と上がった。各々の攻撃の速さも倍になる。

(煽ったのは不味かったナァ。怒って隙ができてくれるのを期待してたんダケド)

 それに嘆息しながらも攻撃を捌いていく。銃弾が頰を掠めた。流石にそろそろ防ぐだけでは厳しいか。

 眉間のど真ん中に銃弾が飛び込んできて、咄嗟に棒の中心あたりで受け止める。当たった部分が熱と威力で凹んでしまった。

「あーあ…」

 残念そうに漏らして、そこをさする。ここまで大きな傷がついたのは初めてだ。

 そんなことは当然お構いなしに次の攻撃が襲ってくる。横に薙ぎ払われた刀身を棒で受け止めて弾いた。それでもう一箇所軽く窪みができてしまった。

「その武器じゃ、オレたちは倒せないと思うぜ」

「ウーン、できればこっちで片をつけたいんダケド…」 

 逆の頰を銃弾が掠める。

「キミは強いのに甘いんだね」

「甘い、カナ?」

 こてんと首をかしげる。苛立ったように、男が持つ銃口が、少し離れた場所にいる幻へと向けられた。軽く短い銃声が響く。

 微かだが、幻の息を呑む声が聞こえた気がした。見ると、肩を掠めたらしい。どうしてか、服に滲んだ赤黒いシミがよく見えた。

「ぼくたちはキミたちをこの家に近づかせないように命令されている。これ以上怪我をさせられたくなかったら…」

 仲間を撃たれたというのに、紺の不気味なほどの静けさに、幻を撃った男が怪訝に首をかしげる。呼吸の音も布の擦れる音もしない。文字通り微動だにしないのだ。

「ねぇ、聞いて…」

 聞いているのか、と問おうとした。が、口をつぐむ。そうせざるを得なかったのだ。彼の喉笛には間一髪を残して接合した三節棍の刃の切っ先が置かれていた。

(いつの間に…!)

 瞬きをする暇もなかった。

「…今、何をシタ?」

 地の底を這うような低い声。口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる一方で、その黒い瞳にはなんの感情も読み取ることができない。暗黒そのものだった。

「言えよ。そのよく動く口は飾りか?」

 口調も雰囲気も、何もかもが一転した。まるで別人だ。萎縮して、声を出すことができない。

「ガキが」

 鼻で笑って、紺は刃のついていない真ん中の部分で首を思いっきり殴った。

「ぐっ…!」

 うめき声をあげて、崩れ落ちる。落ちた拳銃を刃で突き刺す。パキンッと音がした。

 その後ろからもう一人の男が斬りかかる。一瞬で振り返り、刀身を受け止めて接合が外れ、均衡を崩れる。それを利用し、刀身を巻き込んでものすごい力でそれを捻った。

 ボキッという鈍い音を立てて刀身を折る。

「化けもんかよ、あんた…」

 それには答えずに、紺は凄絶に笑った。

「仲間を傷つけた罪、償ってもらう」

 躊躇なく、三節棍を振り回して腕の骨を折った。

「ぐあっ…!」

 うめき声をあげて膝をつく男を無視して、既に気を失っている男の両腕を持ち上げ、曲げてはいけない方向へ肩と関節を曲げた。

 バキバキッと聞くに耐えない音と、声にならない絶叫がその場に響いた。

 紺が軽く息をついて、ニンマリと笑う。

「ヨシ。これですっきりした」

 早く幻の元へ行かねば。

 はやる気持ちを抑えて、紺は足早にその場を後にした。



 幻は肩を抑えながらも巴のサポートに意識を逸らすことはしなかった。撃たれた直後、彼女はすぐに彼の元へ駆けつけようとしたが、それを幻が止めたのだ。今は戦闘中。少しでも気が逸れるのは、防ぎたかった。

 銃とナイフで相手の攻撃を防ぎながら、できるときに攻撃をする。そんな状態が続いていた。

(…敵に隙ができてくれない。このままじゃ、巴さんの体力が保たない…)

 幸いにも肩の傷はそこまで深くなく出血も既に止まっているので、敵の観察に意識を集中することができていた。が、なかなか大きな攻撃を仕掛けられる機会がなかった。

 このままではこちらがどんどん不利になっていく。ずっと動き続けている巴の息も、上がり始めていた。

 きっと紺の方にも手練がいるはずだ。距離があるというのに自分の肩を撃ってきた。それだけ腕がいいのだろう。助けが来るのはあまり期待できない。

(まぁ、勝つだろうけど…)

 苦笑して、幻はじっと巴の相手をする敵を観察する。やはり左足が悪いようで、必要最低限の動きで攻撃を防いでいる。機動力のある巴にとって、相性は悪くないはずだ。ただ、実力差があるだけで。

 勝路を見出そうと自分の思考に没頭していると、金属音が響いた。はっとして、目の前の二人に意識を戻す。地面に、巴の使っていたナイフが突き刺さっていた。

 

 

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