④
貳
幻と萩は客が来てはその相手をして、来ない時は共にお互いの商売の話や幻の旅の話をしあって、楽しいひとときを過ごしていた。
あっという間に夕方になって、空が茜色に染まってきた。そろそろ紺と巴が戻ってくるだろう。ネロも看板猫として大いに貢献したことにより、疲れ果てて伸びている。
その頭をそっと撫でてやりながら、幻はふぅと息をついた。二日間で、結構な来客があった。例の紺の高級菓子代を余裕でまかなえるくらいには、稼ぐことができたと思う。
「卯月さん、もう店じまいしますか?」
萩が最後の客を見送って、首をかしげる。
「そのつもりです。そろそろ仲間も戻ってくると思うので」
「なら、よろしければ僕、都築家に案内しましょうか。ちょうど帰り道なので」
それは願ってもない申し出だ。幻は大きくうなずいた。
「お願いします」
「はい」
ほんわりと微笑んで、萩はうなずいた。
「幻さん」
後ろから名前を呼ばれて振り返ると、巴と紺が立っていた。二人の手の上に何やら荷物が置かれていたので、例の武器屋で何か買い物をしたのだろう。
「おかえり。何か買ったの?」
「拳銃を二丁。いい買い物ができたわ」
それを目を瞬かせて、紺をチラリと見る。目があって、彼は少し複雑そうな顔をして肩を竦めて見せる。
「どうしたの?」
そんな二人に巴が不思議そうに首をかしげる。それに、紺が緩く首を振った。
「なんでもナイ。幻ちゃんの方は、なにか収穫あった?」
「こっちは残念ながら、なかったわ」
眉を顰める巴に、幻はにっこりと微笑んだ。
「それがね、二人に朗報があるんだ」
彼は隣で様子を見ていた萩に手を向ける。
「こちら高瀬萩さん。商売仲間です」
「ど、どうも」
戸惑いながらも紹介を受けた萩はぺこりと頭を下げた。二人も同じように返す。
「高瀬さんが都築家に案内してくれるって」
「本当ですか」
巴が目を丸くする。それに、萩はうなずいた。
「ちょうど帰り道なので…」
「ありがとうございます」
「い、いえいえ!」
深々と頭を下げる巴に、萩は首をぶんぶんと横に振る。
「頭をあげてください!」
「何かお礼をさせてください」
それに、彼は困ったように眉根を寄せて、自分の商品を見る。
「じゃあ、なんでもいいので商品を買ってもらってもいいですか?」
「はい。何かおすすめはありますか?」
並べられた骨董品たちを見て、巴が首をかしげた。それに、萩は考えるように商品を見て、一つの古く趣のある赤い首輪を手に取った。
「これなんてどうでしょう。そちらの黒猫さんは、あなたの猫だと伺っているので。似合うと思います」
健やかな寝息を立てているネロを見て、萩は笑った。巴はうなずいて、それを受け取る。
「じゃあ、これをいただきます。おいくらでしょう?」
「三銭になります」
財布から言われた金額を取り出して手渡す。
「ありがとうございました」
小さな紙袋に商品を入れて、巴に手渡した。
早速、巴がネロに近づく。匂いで気づいたのか、ネロが目を覚まして目覚めの挨拶をするように一つ鳴いた。
「ふふ、おはよう。お仕事お疲れ様、ネロ」
そんな飼い猫に笑って、彼女は首輪を取り出してその首につけた。ネロは何をつけられたのかわからず、目を丸くして後ろ足でそれを引っ掻く。
「やっぱり違和感があるみたいだね」
幻が苦笑している間に、ネロがふんふんと鼻をひくつかせる。匂いを確かめているのだろう。
「まぁ、きっとそのうち慣れるわ」
頭を撫でて、そのまま腕の中に抱く。
「ね?」
ネロは、そんな飼い主に不思議そうに首をかしげた。
「ここが都築家です」
大きな日本家屋。表札には都築と書かれていた。
「この裏で茶道の道具を売ったりもしているんですけど、そろそろ閉店の時間だと思うので暖簾は下げられているかもしれません。行ってみますか」
萩の言葉に、三人は顔を見合わせる。
そして、巴がうなずいた。
「はい」
うなずいて萩が歩き出す。その後ろをついていきながら、紺はちらりと塀の内側から感じる複数の気配と視線に目をやった。
(…誰かに尾けられてるナ。しかも巴が気づかないくらいには、気配を消すのが上手い)
武器屋の店主に背後をとられたときに自分の勘が鈍ったのかと疑ったが、それは杞憂だったようで安心した。
(とりあえず、すぐに動けるようにしておこウ)
今は、気づいていることを気づかれないように。
そっと視線を外して、紺は前を向いた。
店先まで案内してくれた萩に心からの礼を言ってから別れた三人と一匹は、完全に戸が閉められていることに軽くため息をつく。
「まぁ、一応場所は突き止められたんだからよしとして、今日はもう休もうか」
幻の言葉にうなずいて、三人はその場を後にしようと背中を向ける。
紺の耳が、何か鋭利なものが空を切る音を捉えて、反射的に掴んだ紅い棒で飛んできたそれを叩き落とした。
「伏せテ!」
それと同時に二人に向けて叫んで、紺は次々に襲ってくるボウガンの矢を叩き落としていく。
(キリがないな…)
雨のように降り注ぐのに、紺は動ことができなかった。もしここで彼が叩き落とすのをやめれば、幻と巴、ネロに矢が刺さってしまう。
二発の銃声が響いて、塀の内側に数人が倒れる音がした。攻撃が止む。
紺の影に隠れながら、巴が銃を使って敵を撃ったのだ。
「助カッタ」
「こちらこそ」
そんな二人に、幻が乾いた笑みを浮かべる。
「…俺、すごい足手まとい感半端ないんだけど…」
「「まぁまぁ」」
励ますように言って、二人は次に姿を表した敵を迷わず倒す。
ゴキッと、紺が倒した方。トスッと、巴が倒した方から、音が鳴る。
紺は金箍部分で顎を強打。巴はナイフで眉間を貫いた。
「巴」
襲ってくる敵を薙ぎ倒しながら紺が呼ぶ。それにチラリと視線を送って応える。
「敵の中に何人か、アンタでも気付かないような気配消すの上手いやつがイル。気をつけて。できれば、巴は幻ちゃんの側にイテ」
それにうなずいて、そっと幻の側に移動する。
「幻さん、護身用にナイフ持っていたわよね?」
「うん。それで君を刺したことがあるもんね」
苦笑してうなずく幻に、巴は笑った。
「あの時は貴方たちとこうやって一緒に旅をして、戦うことになるなんて思ってなかったわ」
「それは同感。俺なんて、君に嘘をつき返すことが目標だったからね」
紺が襲ってくる敵を次々に気絶させていっているおかげで、こちらには当分流れてこなさそうだ。
「本当に、手伝ってくれて感謝してるわ。全部終わったら、改めてお礼するから、楽しみにしてて」
「うん」
幻の側にいたネロが不意に彼女の後ろに威嚇した。それに、巴がはっとして反射的にナイフを交差させて構える。そこに強い衝撃が走った。
「なぁんだぁ?女か」
つまらなそうな声音に、彼女は顔を上げる。まだ腕が痺れていた。
夜闇に紛れるような黒い着流し。紺と同じような黒髪に、獣のようなギラついた瞳が巴を捉える。男は口元にニヤリと気分の悪い笑みを浮かべた。
「今のよく受け流せたなぁ。褒めてやる。けど、もうあんま腕動かねぇべ?」
男の言うように、衝撃により腕が思うように動かせない。
(この男、強い…)
少なくとも巴よりは実力があることは確かだ。おそらく紺が言っていた気配を消すのが上手いやつ、というのはこの男だろう。
(…待って。紺さんは何人かいるって言ってた)
だとしたらまずい。目の前の男と同じ実力を持つ人間があと数人いるとなると、完全に勝ち目がなくなる。しかも、こちらには戦う力のない幻がいる。圧倒的に不利だった。
『巴さん』
幻が後ろから耳打ちする。男に注意を払いながらも、巴は耳を傾けた。
『あと人、体の重心を右に寄せてる。たぶん、左足が弱いんだ。そこを狙って』
それに、彼女はうなずく。たしかに、よく見れば男は右足に重心おいている。
ここで諦めるわけには、いかないのだ。
覚悟を決めて、彼女は地を蹴った。
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