早朝。目を覚ました紺は、懐かしい夢にふっと笑みをこぼす。隣で穏やかに眠る相棒に、彼はそっと口を開いた。

「幻ちゃん。アンタは俺の太陽ダ。俺はアンタのためならなんでもするヨ」

 幻の頭をそっと撫でて、紺は自分の愛用している紅色の棒を手に、部屋を出ていった。



 昨日男とやり合った場所で、紺は相手が来るのを待った。あの男は、この場所にとても大切なものを忘れていったのだ。それを幻に伝えなかったのは、彼の力を借りずに自分自身でどうにかしたいと思っているから。

 壁に寄りかかり、目を閉じて集中力を徐々に高めていく。どんな生物の気配も、見逃さないように。

 少しして、人の気配がした。なんとなく、覚えがある気配だ。

 足音が徐々に近づいてくる。

「…お前、昨日の!」

 その声に、彼は静かに目を開けた。

「昨日はドーモ。今日はアンタに、仕返しに来まシタ」

 ニンマリと笑う紺に、男はすかさず銃を構える。

(勝負は、一瞬。俺は足を怪我してるし、何より飛び道具相手にこの棒だけじゃやっぱり少しキビシイ)

 静かに、正しい構えをして、体勢を低くする。

「伊月紺、参りマス」

 一瞬、彼の瞳が金色に輝いたように、男には見えた。紺が地を蹴ったのと同時に、男は反射的に引き金を引いた。乾いた音が響く。

 弾丸は紺の体のすぐ脇を通り過ぎていき、紺のもつ棒の金箍が見事に男の顎を突き上げた。鈍い音が鳴る。

 どさりと音を立てて、男がその場に倒れた。紺がほっとしたように肩を撫で下ろす。

「…ヤッタネ。幻ちゃん、褒めてくれるカナ」

 柔らかく笑って、紺は男を担ぎ上げた。



 目覚めた幻の元に拘束し、気絶している男を突き出すと、なぜか睨まれてしまった。

「な、なんで睨むノ…?」

「紺、俺がおとなしくしててって言ったの覚えてる?」

 それに、彼は記憶を辿るように腕を組んだ。言っていたような、言っていなかったような。

 その様子に覚えていないのだなと見当をつけて、幻は諦めたように肩を竦める。

「まぁいいか。こいつが君と草野さんを襲った犯人、ってことでいいんだよね?」

「うん。それは間違いナイと思う」

 力強くうなずく紺を認めて、彼はにっこりと笑って拳を握りしめた。それに、紺は表情を硬くする。

「げ、幻ちゃん…?」

「俺も一発殴らなきゃ気が済まない」

「エェ!?」

 思ってもみなかったその言葉に、彼は目を丸くし、声を上げた。その声に、男が目を覚ます。

「ん…?」

「あっ、ちょうどよかった。悪いけど、もう一回寝てもらうよ」

 まるで鬼のように冷たい笑みを浮かべて、彼は男を力一杯に殴ったのだった。



 沙羅の屋敷に男を連行しにいくと、二人は彼女の父親にとても感謝された。

「ありがとうございます…!なんとお礼を申し上げればいいか。私にできることならば、なんなりと言ってください」

 その言葉に、二人は顔を見合わせ、笑った。幻が、商品の入った箱を父親の前に置く。

「それならば、あなたは西洋のものが好きだとお見受けします。すでにお嬢様から伺っているかもしれませんが、私たちは主に西洋品を取り扱っている商人をしているんです。何か気に入ったものがあれば、購入していただければ幸いです」

 丁寧に広げられていく煌びやかな西洋品に、彼は瞳を輝かせる。

「そのようなこと、かえって私にとっては褒美にしかなりません。もちろん、買い取らせていただきます」

「ありがとうございます」

 そうして、この事件は意外にもあっさりと解決してしまった。それも、穏やかに。


 屋敷を後にして、紺は首をかしげた。

「それにしても、なんであの男は沙羅サンを襲ったんだろうネ」

 それに、幻が肩を竦める。

「おおかた、彼女の身なりがいいから誘拐して身代金でも請求しようとでも思ったんじゃない?あの男の様子じゃ、まともな生活なんて出来なさそうだったし、仕事にも就けなそうだ」

「なるホド。世の中、いろんな奴がいるネェ」

 しみじみと言う紺に、幻はおかしそうに笑う。

「そうだね。俺たちはまだまだ知らないことだらけだ」

「だから、旅をするんデショ」

「うん」

 目を細めて、幻を空を見上げる。きっと世の中には、今回のようなことがちっぽけに思えるくらい、危険なことが溢れているのだろう。それを、まだ二人は知らない。

「でも、何があっても俺が幻ちゃんを守るからね」

 へらりと笑って、当たり前のようにそう言ってくれる紺に、幻はふわりと笑う。

「わかってるよ。頼りにしてる」

「うん…俺、もっと強くなるネ」

 それに、彼は静かに笑ってうなずいた。

 そして、紺が思い出したように声を上げる。

「どうしたの?」

「いや…幻ちゃんさ、俺と初めて会った日の夜のこと覚えてる?」

 突然の昔話に、幻は戸惑いながらもうなずく。

「なんであの時、幻ちゃんは俺たちのところに来てたノ?」

「…あぁ、あの日の夜、きっとアイツ…コロンを殴ってたやつね?」

 コロンというのは、殴られていた仔犬のことだ。今や立派に育って、伊月家の番犬である。

「アイツは母親に紺が悪いように言って、きっと君を責めに行くだろうなって、わかってたから。先回りしてあの母親を黙らせる言葉を用意してたんだよね」

 笑ってとんでもないことを言ってのけた幻に、紺は目を丸くした。

「…ふっ、やっぱり、幻ちゃんはスゴイや」

 なんだかおかしくなってきて、紺は笑った。それに、幻は不思議そうな顔をする。

「そう…?」

「うん。スゴイ」

 目を細めて、心底嬉しそうに笑う。

 あの時、紺は幻に救われた。きっと、他の人間ではダメだったのだろう。境遇が同じで、それでいてあの日初めて出会った、卯月幻という人物だったからこそ、伊月紺は救われたのだ。

「ありがとう、幻ちゃん」

「なんか、よくわかんないけど…どういたしまして」

 曖昧に笑う幻に、紺は満面の笑みを返すのだった。

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