第参章 嘘を見抜く訳
壱
「まぁ、嘘なんだけどね」
街の子供たちに旅で起きた事件…を、少し捏造したものを話し終えて、幻がお決まりの台詞を言う。
「なんだよぉ、嘘かよー!」
たちまちに明るい笑い声をあげて、子供達はキャッキャと楽しそうにはしゃぐ。
「でも、嘘でよかった。そんな怖いこと現実で起こったら、私たち死んじゃうもん」
今回話した嘘というのは、訪れた街の人たちが次々に獰猛な獣に襲われており、その街から幻たちが命からがら逃げてきた、というものだった。
ちなみに実際のものは、その街にはその頃連続殺人事件が起こっていて、たまたま殺しの場に居合わせた紺が犯人をとっちめてことなきを得たという事件である。さすがに幼い子供たちに殺人犯のことを話すわけにもいかないので、嘘で事実を緩和して話したのだ。
「お兄さんは、なんで旅をしているの?」
一人の少女が首をかしげる。それに、周りの子供たちが興味津々といったように身を乗り出してきた。それに、幻はおかしそうに笑う。
「そうだなぁ…旅をする理由は、俺がまだ知らない世界を知りたくて、もっといろんなものを見てみたくなって。たまらなくなって、飛び出してきたんだ」
思わぬ副産物もくっついてきたのは、予想外だったけれど。故郷を出る時、紺がついてきていくと言ってくれなければ、きっと今頃自分は無事ではなかったのだろう。
もうかれこれ、生まれ育った街には二年も帰っていない。そろそろ顔を出しに行ってもいいかもしれない。
(旅に出ると決めた日、紺が俺の嘘を見抜いてくれてよかった)
「幻ちゃん」
物思いに耽っていた幻の耳に、聞き慣れた声が響いた。
「おかえり、紺」
「タダイマ」
挨拶を返してから、にっこり笑って、紺が自分を見上げてくる子供たちの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
「このお兄ちゃん、すごい嘘つきデショ?」
「うん!」
笑顔でうなずく子供たちに苦笑する。果たして今のは笑顔で答えていい質問なのだろうか。
「お兄ちゃん、嘘つきのお兄ちゃんと一緒に旅してる人?」
先ほど幻に旅をする理由を聞いた少女が聞いた。それに、紺はうなずく。
「なんでお兄さんは嘘つきのお兄さんと一緒に旅をするの?」
好奇心旺盛な瞳に、彼はふっと柔らかく微笑んだ。
「このお兄ちゃんがいるから、ダヨ」
その答えに、子供たちは虚をつかれたように目を丸くする。どういうことだろうか。
「うーん、簡単に言うと俺はこのお兄ちゃんがいればなんでもいいや、って思うんだヨネ。この人がいれば、そこに俺はいる。このお兄ちゃんが、なによりも大切で、大事な人なんダ」
話を聞いていた幻が、さすがに居た堪れない気持ちになる。
「紺…」
恥ずかしさから睨んでくる幻に、紺はへらりと笑った。
「ゴメンね」
それに肩を竦めて、ぽかんと口を開けている子供たちに声をかける。
「さて、そろそろ家に帰らなきゃ。日が暮れちゃうよ」
その言葉に、子供たちは慌ててうなずく。空は既に茜色に変わりかけていた。
「じゃあねー!お兄ちゃんたち!!」
元気よく走っていく子供たちを見送って、二人は手を振る。
「紺、ああいうのはせめて俺がいないところで言ってよ。恥ずかしい」
「あはは。ゴメンね、つい」
全く反省していなさそうなその反応にため息をついて、幻は店じまいを始める。
「良い感じの宿見つけたから、とっておいたヨ」
「ありがとう」
店じまいを終えて、商品の入った箱を背負いこむ。宿までの道のりを歩いてると、幻が思い出したように口を開いた。
「ねぇ、紺」
続きの言葉を待つように、彼が首をかしげる。
「そろそろ一度、家に戻ろうか」
それに、紺は目を瞬かせる。
「…それは別にいいけど、なんでまた急ニ」
「いや、さっき子供たちに俺が旅に出た理由を聞かれてね。それで、俺が旅に出るって決めた時を思い出して、懐かしくなっちゃって」
おかしそうに笑う幻に、紺はへぇと声を上げる。
「たしかに、もう二年くらい戻ってないシネ。そろそろ顔見せに行ってもイッカ」
一つうなずく紺にうなずきかえして、幻は軽く伸びをする。
「じゃあ、決まりだね。今日はこの街で過ごすとして、明日の朝出発しよう。何気に、ここから俺たちの街まで、結構近いんだよね」
「そうナノ?じゃあ、移動は楽だね」
二人は基本的に徒歩で旅をしているので、あまり長距離だと少しきついものがあるのだ。
「うん。父さんたち、元気かな?」
「さぁ?少なくともオヤジは元気だろうネ」
少し冷めた笑顔を浮かべて、紺は頭の裏で手を組む。それに、幻はおかしそうに笑った。
「たしかに」
二人は顔を見合わせて笑った。
早朝。珍しく幻が紺よりも早く目覚めた。
隣で眠っている紺を起こさぬように注意を払いなら立ち上がり、着替えてから部屋を出た。
街へ出てみると、既にさまざまな店が空いており活気があふれていた。
(父さんたちになにかお土産でも買っていこうかな)
手頃な土産屋に入って、店内を物色し始める。
店内をぐるりと一周した末に、鹿波用に異国の本を数冊と、湊用に日本酒を一升瓶選んでそれを購入した。
満足げな顔をして宿に戻り、部屋に行くと既に目を覚ました紺が布団を片付けていた。
「おはよう、幻ちゃん。珍しいね、俺より早く起きるなんて」
「おはよう。うん。自分でも驚いた。ちょうど良いから父さんたちへお土産を買ってきたよ」
そう言って、彼は購入したものを見せてやる。
「おぉ、きっと喜ぶネ」
「そうだと嬉しいな」
布団をしまい終えて、紺は何かしまい忘れはないかと最終確認をしていく。
「よし、大丈夫。行こうカ」
それにうなずき、二人は部屋をでて宿泊料金を払ってから宿を出ていく。
「コロンにも久しぶりに会うよね」
のんびりと歩きながら言う幻に、紺はうなずく。
「ダネ。立派に番犬やってるカナ?オヤジ、コロンに甘いから、甘やかしすぎて太らせてなきゃいいケド」
肩を竦める紺におかしそうに笑って、幻が何かに気づいたようにその場に視線を留める。
「昨日の子だ」
その視線を追うと、たしかに昨日自分たちに旅をする理由を聞いた少女が父親と共に歩いていた。少女もこちらに気づいたようで、手を振ってくる。
それに手を振りかえしていると、少女がこちらに走ってきた。
「おはよう、お兄さんたち」
「おはよう」
「お兄さんたち、もうどこかに行っちゃうの?」
紺の手にある土産の入った袋を見て、少女が首をかしげる。
「うん。一度故郷に戻って、家族の顔でもみようと思って。お嬢ちゃんはこれからお父さんとお仕事?」
少し離れたところで、少女の父親が不思議そうにこちらを見ている。
「うん!お父さん、馬車の運転手さんなの。今日は隣街まで偉い人を送っていくの。私はそのお手伝いをするんだ」
「へェ、かっこいいネ。俺たちの故郷もこの近くだから、もしかしたらまた会うカモ」
そこで、少女の父親がこちらにやってきて、軽く会釈をしてきた。
「どうもすいません、うちの娘が足止めしちまって」
それに、幻が朗らかに笑う。
「いえいえ。私たちもお話ししていて楽しいので」
「そう言ってもらえると助かります。ほら、行くぞ」
娘の肩を軽く叩いてうながすと、少女はあっと声を上げた。
「お父さん!このお兄さんたちも一緒に乗せてこうよ!この人たち、行く場所この近くなんだって」
「え?」
それにはさすがに幻と紺が目を丸くする。父親は、ふむと一つうなずいた。
「別にいいが…相乗りになっちまうけど、いいかい?」
「え、いいんですか!?」
さらに目を丸める二人に、逆に父親がたじろぐ。
「え、えぇ。娘も世話になったみたいですし、構いませんよ」
それに、二人は顔を見合わせる。
「…じゃあ、お願いします」
幻の言葉に、少女が嬉しそうに笑うのだった。
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