屋敷を後にし、宿に戻る途中で、紺がげんなりとした表情で幻のことを睨んだ。

 先程のような場面では、普段の幻ならお得意の嘘でうまく誤魔化してうまく話を聞くだけで済ませたはずだ。それなのに、あろうことかほぼ事実を話し、よくわからない謎の演技をしてまで向こうの援助を乞うなど、今までなかった。

「幻ちゃん…なんか変だよ…ドウシタノ」

「あー…」

 それに、さすがに幻も申し訳なさそうに眉を寄せる。

「ごめん。何気にさ、紺が旅を始めてからまともに怪我をしたの…っていうか、怪我をさせられたのって、今回が初めてじゃない?」

 その言葉に、彼は今までの旅路を思い返してみる。

「…タシカニ」

「でしょ?それで…その、結構腹立ってるんだよね。俺」

「エ?」

 まさか、ヘマをした自分に対してだろうか。

 青ざめる紺に、彼は慌てて顔の前で手を横に振る。

「紺に対してじゃないよ?その犯人に対して。よくもうちの紺を傷つけてくれたな、この野郎…って…割と、本気で」

 ゆらりと、彼の瞳の奥に炎が燃え上がるのをみた気がした。最後の方は珍しいくらいに声が低くなっていたので、余程怒りを感じているのだろう。

「しかも、銃で攻撃なんかしやがって。紺が丸腰なの知っててやったんだろうから、相手は相当性格ねじ曲がってるよ。人間のクズだよ、クズ」

 ここまで幻が人を罵倒するのは本当に珍しい。いや、いっそ初めてかもしれない。

 傷つけられた張本人である紺だが、なんだかおかしくなってきて少し笑ってしまった。

「なんで笑ってるの、紺」

「いや…俺さ、初めて幻ちゃんと会った時、コイツ怖いやつだ、って本能的に思ってたんだよネ」

「えぇ?」

 初めて告げれたその事実に、幻は目を丸くする。

「なんで」

「だって、俺が人の気配に敏感なのは幻ちゃんも知ってるデショ?」

 笑いながら首をかしげる紺に、彼はこくりとうなずく。実際、その能力に何度も助けられてきている。

「なのに、幻ちゃんが初めて声をかけてきた時、俺どんな反応してたか、覚えテル?」

 そう言われて、幻は記憶を辿ってみる。

「…あっ、すごい驚かれた、よね?」

「そー。あの時、あの場所に、俺以外人がいるって思ってナカッタ。それで、コイツは危険だ、って思ったンダ」

 懐かしむように目を細める紺に、幻は少し複雑そうな顔をした。

「そうなんだ。まぁ、確かに今思えば変だよね。なんでだろう」

「俺は今、あの時幻ちゃんを怖がった理由がわかったヨ」

 彼は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

「幻ちゃん、本気で怒るとスゴイ怖いから。もちろん今までもアンタに怒られたことは何度もあったけど、今回のが一番ヒドイね。オヤジと同じだ」

「えぇ…湊さんよりは、マシだ思うけど…」

 故郷にいる厳しくも優しい義理の父を思い出しながら、紺は落ちかけている夕日を握るように、手のひらをかざして握った。

「幻ちゃん」

 なにやら考え始めた幻に対して、紺はいつものようにニンマリと笑った。声をかけられ、彼は顔を上げる。

「ん?」

「俺、犯人倒すヨ。俺はアンタの用心棒。アンタを守るために、この旅についてキタ。に引けをとってたんじゃ、その名誉が汚れちゃう。オヤジにも、どやされるだろうしネ」

 じっと見つめてくる紺に、幻はふっと目を細めて笑った。

「もちろん。紺がそう言うと思ったから、俺は草野さんにあんなよくわからない演技までして協力を頼んだんだ。コテンパンに倒してもらわなきゃ、わりに合わないよね」

「あはは、自覚あったンダ。謎の演技って」

「そりゃね。嘘はつき慣れてるけど、演技はしてこなかったから。でも、彼女の性格ならきっとあの手の話に弱いだろうな、って見当をつけて…見事にかかりました」

 ぽんと手のひらを合わせて、彼は不思議な笑みを浮かべる。それに、紺は呆れたように肩をすくめた。

「ほーんと、性格悪いヨネ」

「そんなところも?」

「好きだケド」

 顔を見合わせて、二人はおかしそうに笑い合う。

「…早く宿に戻ろう。作戦…立てる前に、今ある情報をまとめなきゃ」

 幻の言葉に、紺は笑ってうなずいた。あの男に、やられた分をやり返すために。

 決意を固め、彼はそっと拳を握りしめた。

 


 宿に戻って、二人は夕飯用に購入した握り飯と牛串を食べながら紙に現時点でわかっていることを書き出していく。

「相手の特徴は?」

「…細身で、もやしみたいな奴ダッタ。あんまりいい暮らしはしてなさそうだったヨ。俺よりは背が低くて、幻ちゃんより少し高いくらい。目つきがすごく悪カッタ」

 眉間にシワを寄せながら覚えていることを口にしていく紺に、幻はうなずきながらそれをメモしていく。

「ってことは、銃なんて買えそうにない輩ってことかな?」

「ダネ。もしくは、何か目的があって銃を買って、貧乏になってああなった、っていうのもあるけど…たぶん、どっかから盗んだんだと思うヨ」

 一番初めに撃ったあと、一瞬本人がとても驚いたような顔をしたのが印象に残っている。

「…明日、仕事をしながら街の人たちに、最近あった事件のことと、紺のいう特徴の人を知らないか書き込みしてみよう」

「うん。俺も散歩がてら寄ったお店の人たちに聞いてみるネ」

 うなずきあって、二人は残った夕飯をさっさと口の中に放り込んでしまう。

「そうと決まれば」

「今日は早く寝る、ダネ」

 すぐに布団を引っ張り出して、それを敷いて中に潜り込む。

「おやすみ、紺」

「オヤスミ、幻ちゃん」

 紺が灯りを消して、二人は目を閉じる。やがて、深い眠りへと入っていった。



 幻を湊と共に家に送り届けて道場へ戻ると、先程の仔犬がたまたま敷いてあった座布団の上で健やかな寝息を立てているのを見つけた。それに、紺が感心したように何度もうなずく。

『オヤジ、こいつ神経図太いヨ』

『ぷっ…!』

 息子の一言に、彼はたまらず吹き出す。普通、仔犬が丸くなって寝ていたら、可愛いなどといって頭を撫でるはずなのに。第一声がそれとは、どちらの神経が図太いのかわからない。

『コイツの名前決めなきゃナァ…明日、幻…くんのところ行ってミヨウ』

 それに、湊は不思議そうに首をかしげる。

『さっきも思ったんだが、お前なんで幻のこと呼ぶ時そんな呼びづらそうなんだ?普通に呼べばいいだろう』

 彼の言葉に、紺はうーんと唸った。

『そうなんだよナァ…なんか、すごい…どう呼べばいいのか、ワカラナイ。幻くんって呼ぶのも、慣れないし、呼び捨てもなんか違うし…ウーン』

 よくわからないことで悩み始めた紺を眺めて、湊は何故か少し嬉しそうにふーんと言った。その態度に、彼はむっと不服そうに眉を寄せる。

『なんだよ、こっちはシンケンに悩んでるのに』 

『悪い悪い。お前がそうやって友達のことで悩むのなんて、何気に初めてだからさ。妙に感動しちまったよ』

 苦笑する湊に、紺は目を瞬かせる。

『…友達?』

『違うのか?』

『ワカラナイ』

 ポツリと、それだけ返した。本当に、分からないのだ。

 仲良くなろうと、幻は言った。それに対して、自分はうなずき、彼の手を取った。

『…そっか。友達、カァ…』

 急にニマニマと笑い始めた息子におかしそうに笑って、彼はそっと眠る仔犬の頭を撫でてやった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る