屋敷へ回る際に、三人と一匹は倒れている敵の数を見て改めて感心する。

「…何でこんなに警備が厳しかったんだろうネ」

 紺の疑問に、幻は呆れたように肩をすくめる。

「たぶん、この家の人たち結構恨みを買うようなことを今までもしてきてたんじゃない?」

「復讐しがいがあるわね」

 にっこりと笑う巴に、二人はうなずく。

 と、急に巴が立ち止まる。それに、二人は不思議そうに首をかしげた。彼女の視線が倒れている二人の男にの腕に釘付けになっている。

 幻が首をかしげ、紺がその男たちの顔を見てそっと顔を逸らした。

「…この二人、ずいぶんひどい怪我をしているようだけど…」

 どう見ても二人の両腕が折られている。一人においては、膝の向きが完全に逆方向を向いていた。さぞ痛かっただろう。他に転がっている敵は目立った外傷がないというのに、だ。

 巴は紺に目を向ける。目が合わない。

「紺さん…?」

「…ナニ」

「どうしてこっちを見ないの」

「…そのヒトたちの怪我が酷くて見てられないカラ」

「自分でやったのに?」

「…………」

 長い沈黙が降り注ぐ。紺がそっと背中を向けた。

「紺…」

 呆れたように幻がつぶやいた。紺が慌てたように幻に向き合う。

「だって、コイツ幻ちゃんのこと撃ったんダヨ!?」

 まるで叱られた子供のように眉を寄せて必死に言い訳をする紺に、二人は呆れたようにため息をついた。

「この人だったの…」

 巴の言葉に、彼はこくこくとうなずく。

「紺にしてはひどいことしたなとは思ったけど、それが理由か…」

「幻さん、愛されてるわね」

 笑う巴に、幻は困ったように笑う。

「…これでも結構抑えマシタ」

 本当を言うと殺しても良かったのだが、幻にバレたらどんな反応をされるのかが怖かったので再起不能にしたのだ。

「そうですか」

 ため息混じりに笑って、うなずく。

「…怒ってル?」

 不安そうに目尻を下げて見つめてくる紺に、彼は緩く首を振る。

「怒ってはないよ。俺のために怒ってくれたんだし。ありがとう」

 それにほっと胸を撫で下ろして、紺は笑ってうなずいた。

「ま、ちょっとやりすぎな気もするけどね」

「ウ…」

 苦虫を噛み潰したような顔をして、紺は身を縮ませるのだった。



 門を開くと、鈍い音が鳴った。人の気配がないことを確認して、中に入る。

 玄関の鍵を幻が針金を使って開けた。巴が感心したように息をつく。

「幻さん、空き巣の才能あるわよ」

「あんまり嬉しくはないかな」

 苦笑して返して、三人は中に入った。ネロは門の外で留守番だ。

 長い廊下を静かに歩いて、灯りが漏れる襖の前に、巴が立った。その後ろで紺と幻が見守る。

 深呼吸を一つして、巴が襖の取手に手をかける。

 襖が、彼女の手によって開かれる。

 前触れもなく勢いよく開かれた襖に、部屋の中で誰かが息を呑んだ音がした。

 中には細身の男性がお茶を飲んで座っていた。驚いたように目が見開かれている。

「…誰だ」

 急に現れた見慣れない三人に、男性は立ち上がる。

「お久しぶりです。お父様」

 巴がにっこりと微笑んだ。男性の目が再び大きく見開かれる。

「巴…か?」

「覚えていたのですね」

「…アリアによく似ているから、すぐにわかった。なぜお前がここに?アリアは来ているのか」

 アリアというのは巴の母の名前だろう。紺と幻はじっと見守る。彼女の拳が力強く握られた。

「来ていません。お母様は貴方に見捨てられて、私が12の時に亡くなりましたわ」

「…そうか。お前たちには、すまないことをした」

 項垂れる父親に、彼女は全身に力が入るのを感じた。

「私は貴方を恨んでいます。憎んでいます。今日は、貴方に復讐をしに来ました」

 巴は銃を構えた。銃口を向けられた父親は、慌てたように手を挙げる。

「ま、待て…待ってくれ!悪かったと思っている。お前にはあまり父親らしいことをできなかった。アリアとお前のことは、心から愛していた。仕方がなかったんだ。父にはどうしても逆らえなかった。すまなかった…許してくれ」

 頭を下げる父親に、それでもなお彼女は銃を下ろすことはしなかった。

「さよなら、お父様…いいえ、明人あきひとさん」

 悲しそうに笑って、巴は引き金に手をかける。

「父様…?」

 明人の元へ、十歳程度の少女が駆け寄った。巴の指が固まる。

「どうしたの…?」

「美代、近づいちゃだめだ!」

 少女を抱きしめて、明人は巴に背を向ける。

「巴、この子には罪はない。撃つなら私だけを…!」

 必死な声音に、巴は銃を持つ腕を震わせる。幻と紺が、後ろからそっとその腕に手を置いた。

「…大丈夫」

「アンタがしたいように、やってイイんだ」

 微笑む二人に、彼女は涙で歪む視界のまま首を縦に振る。そして、そっと腕を下ろした。その弾みに、引き金が引かれて発砲音が鳴り響く。廊下の床は、綺麗なままだった。

 既に弾は使い切っていたのだ。それは巴自身も知っていたはずだ。わざわざ弾の入っていない銃を取り出したのが、彼女の答えだった。

 突然の銃声に少女が明人の腕の中で泣き声をあげた。巴がその場に崩れ落ちる。紺と幻がそっとその体を抱きしめた。

 二人の少女の泣き声が、その場にしばらく響いていた。



 黙って屋敷を出た三人は、門の前できちんと座っていたネロに笑いかけた。

「ただいま、ネロ」

 頰に涙の跡を残した飼い主に、ネロは心配そうにすり寄っていく。

「ありがとう」

 その頭を撫でて、彼女は大きく伸びをした。

「…色々と吹っ切れたわ。結局、復讐はできなかったけど、あれでよかったと思う」

 最後に深々と頭を下げて自分たちを見送った明人の姿を思い出しながら、巴は晴れやかに笑った。

「なら良かった」

 微笑む幻に、紺もうなずく。本人が満足しているのなら、それでいいのだ。

「それで、二人に相談なんだけど」

 巴がにっこりと笑う。二人は首をかしげた。

「私、もうやることがなくなっちゃったじゃない?帰る場所もないし、人と旅をする楽しさを知ってしまった。この責任、とってくれないかしら」

 つまり、これからも一緒に旅を続けていいかという申し出だった。

 二人は顔を見合わせる。そして、笑った。幻が残念そうに眉を寄せる。

「すごく申し訳ないんだけど、俺たちはずっと二人で旅をするって決めていたんだ。だからごめん」

「…そう」

 それに、巴は肩を落とした。だが、仕方ない。彼らには自分の目的を達成するための手伝いを頼んでいただけに過ぎないのだから。ネロが慰めるように足元にすり寄ってくる。

「振られちゃったわ」

 にゃーんと、ネロは一つ鳴いた。

 紺が幻を見て、目をすがめる。

「…幻ちゃん?」

「ふふっ…」

 幻がとても楽しそうな笑い声をあげた。そして、目を細める。

「嘘だよ」

 それに、彼女は目を瞬かせてから、力なく笑った。そうだった。彼は、生粋の嘘つきなのだ。

「今の流れ的に、絶対快諾してるはずだったと思うんダケド」

 紺が言うと、幻が肩をすくめる。

「まだまだだなぁ、紺も。俺の嘘つきっぷりを甘く見てる」

「そんなの甘く見てた方がいいと思うケド」

 呆れたようにため息をつく紺に、幻は笑った。

「まぁまぁ。巴さん、こんな感じのがずっと続くけど、いいの?」

「そんなの承知の上よ。私も幻さんに負けないくらい、嘘を磨かなきゃね」

 楽しそうに笑う巴に、紺が諦めたようにため息をついて、幻が楽しそうに笑った。

「これからもよろしくね」

「…嘘をつくのはあんまり喜べないけど、ヨロシク」

 本当に正反対の二人に、彼女はとてもおかしそうに笑った。

「えぇ、よろしくね」

 ネロもその足元で元気よく鳴いた。

 空が白んで、朝がやってくる。新たな旅路が、始まろうとしていた。





 

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