⑥
店じまいをし始めても、紺と巴は戻って来なかった。それに、幻は手を動かしながらも首をかしげる。
「二人ともどこまでいってるんだろ。ちゃんと宿取っておいてくれてればいいんだけど…ね?」
商品であるリボンで戯れようと手を伸ばしかけていたネロを止めて、瞳を覗き込んでみる。
すると、ネロはゆっくりと瞬きをした。それに、幻は嬉しそうに笑う。
猫と目を合わせて、ゆっくりと瞬きをされるということは、少なからずの好意を抱かれているという証拠になる。
「好いてくれているのは嬉しいね。ありがとう」
にっこりと笑って、幻はその頭を撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らした。
「たぶん、何かあったんだろうけど…紺だけならともかく、巴さんも一緒だし心配しなくて大丈夫か」
ね?と、ネロに首をかしげる。すると、ネロは誇らしげに胸を張ってにゃーんと鳴いた。
巴の普段からの立ち振る舞いや、以前襲われた際の身のこなし、あざやかな殺しの手際から、彼女の戦闘においての腕は信頼している。
紺と共闘することになっても、彼女ならばついていけるだろう。それに、巴は決して無理をしない、冷静な判断力も兼ね合わせている。紺の無茶もきちんと止めてくれるだろうから、安心して任せられるのだ。
「まぁ、きっと無事に戻ってくるだろうから、俺たちはここで大人しく待ってようね」
最後の商品を箱に仕舞って、彼はネロに笑いかける。それに返事をするようにネロは鳴いて、幻の隣に香箱を組んだ。
刀が振り下ろされる前に、巴がその腹にナイフの柄の部分で思いっきり殴った。見事に鳩尾に入り、男が倒れる。次に、両側から男が襲ってきた。両手でナイフを持ち、その首を同じように柄で殴る。
低い唸り声をあげて気を失い、男たちは倒れる。
「骨がないわね」
凄絶に笑って、彼女は次々に襲ってくる男たちを薙ぎ倒していく。
そんな光景を横目に、紺は軽く口笛を吹いた。
「やるネ」
「よそ見してんじゃねぇ!」
振り下ろされる金棒をひょいと避けて、そのうなじに金箍を突き落とす。ゴンッという鈍い音を立てて、男は沈んだ。
(にしても、量が多いナ)
もう十人程度は倒したはずなのに、次々に出てくる。そんなにたくさんいて何が楽しいんだか。
伸びている男を片手で持ち上げてそれを巴が相手をしていた男に放り投げた。
巻き込まれた男が唸り声をあげて倒れる。
「あら、ありがとう」
「ドウイタシマシテ」
そして、次に襲ってきた男の相手をする。
背中に何かが当たった。反射的に振り返る。巴と目が合った。すぐにお互い前を向いて、敵を薙ぎ倒す。
「…背中を預ける相手ができるとは、思ってなかったわ」
「同じく」
双方、ゴッという音を立てて、敵をぶん殴った。
「これ、楽でイイネ」
「そうね。遠慮なく暴れることができる」
うなずきながら、紺は襲ってくる男の腹を蹴り上げる。首筋を棒で殴って、トドメを刺した。
最後に二人、片方ずつに敵が残った。
巴の方には長巻を持った男が。紺の方には、懐刀を持った男がいる。
眴をして、二人は一瞬で位置を交換した。戸惑う男たちに躊躇なく、二人は一撃で急所をつき、倒した。
息をついて、向き合う。紺がおもむろに手を挙げた。巴も笑って手を挙げる。
パンッと爽快な音が響く。
乱闘の幕が、閉じられた。
ほぼ無傷ですっきりとした顔で戻ってきた巴と紺に、幻は苦笑した。
「おかえり。いろいろと楽しめたようでよかったよ」
「ウン。ただいま」
「ただいま。遅くなってしまってごめんなさい。数が多くて」
頰に手を添えて困ったように笑う巴に、幻は肩を竦める。
「いいよ、別に。ネロも一緒だったから、退屈はしなかったし」
それよりも、と彼は続ける。
「宿、取ってきた?」
「「あ」」
声が重なった。幻は呆れたようにため息をつく。
「そうだろうと思った。ほら、今から探しに行くよ」
その言葉に、二人は無言でうなずいた。
幸いにも一番初めに尋ねた宿の女将が乱闘の一部始終を見ていたらしく、ゴロツキたちを懲らしめてくれたお礼だと言って部屋を用意してもらうことができた。
自分たちは思いの外いいことをしたのだなと、紺と巴は顔を見合わせて笑った。
用意された部屋に入って落ち着いてから、紺は幻に楽しそうに笑いながら夕方の乱闘をの話を始める。
「俺、オヤジ以外で初めて一緒に戦ったからさ。すごい新鮮だったンダ」
「たしかに、旅ではずっと紺ひとりで敵を薙ぎ倒してきたもんね」
改めて考えてみると、今まで自分がいろいろと首を突っ込んできたのも合って、紺の負担が大きかったことに気づいて、少し申し訳なくなってくる。
黙ってしまった幻に、紺は不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの?幻ちゃん」
「…いや、あのさ、一応確認なんだけど」
急に真面目な顔をして居住まいを正した幻に、紺は怪訝に思いながらも同じように姿勢を正した。
「紺はこれからも俺と一緒に旅を続けてくれる?」
予想していなかったその問いかけに、彼は目を瞬かせる。
「…もちろん、そのつもりダケド」
「飽きたり、もう嫌だなって思ったら、ちゃんと言っていいからね?」
それに、紺は目をすがめる。
「あのね幻ちゃん。俺は幻ちゃんがいれば、なんだってイイノ。幻ちゃんが一番大切で、一番大好きなんだヨ?」
面と向かって言われると、流石に照れくさい。
そっと目を逸らして、幻は薄く微笑む。
「…ありがとう。俺も同じだよ。だから、なんか…ちょっと」
言いづらそうに、幻は口を開けたり閉めたりする。
「巴さんに、妬いたっていうか…。あの人は紺と一緒に戦えるからいいけど、俺ってあんまり紺にとって必要ないんじゃないかって思っちゃって」
「は?」
とても低い声音に、そっと幻は紺をみる。どこまでも無感情で、闇を彷彿とさせる真っ黒な瞳。口元に、いつもの笑顔はない。
(やばい、完全にキレてる…)
久々に、本当に久々に本気で怒っている紺を見て、幻は焦りを感じる。今のは失言だったかもしれない。
「ごめん」
「…別に」
空気が冷たい。昔、一度だけ紺を本気で怒らせた時のことを思い出す。あの時は湊が仲介してくれたが、今はいない。自力でどうにかせねば。
「俺、幻ちゃんのそういうところ結構キライ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲った。紺は良くも悪くも素直だ。幻のように嘘をついたりすることは、滅多にない。本心だろう。
「…ごめん…」
心からの謝罪である。今回は完全に自分が悪いと、幻は分かっていた。
それにため息をついて、紺は机に寄りかかる。
「いいヨ、もう。俺もキレてごめん」
確かめるように紺の表情を見ると、先ほどのような冷徹さはなくなっていたのでほっと胸を撫で下ろす。
(こういう時、紺は俺よりも年上なんだって実感させられる)
「巴だけじゃなくて、俺は幻ちゃんにも背中、預けられるからネ」
最後の念押しのように、紺はへらりと笑って言った。
「うん…わかってるよ、紺。ありがとう」
柔らかく微笑む幻に、彼はうなずく。
「ドウイタシマシテ。ほら、そろそろ寝よう。明日朝早く起きるんデショ?」
空気を変えるようにパンパンと手を打って、紺はいそいそと布団の中に潜った。そして、おかしそうに笑う。
「一緒に寝ル?」
それに、幻は目を瞬かせたあとに吹き出した。
「覚えてたんだ?」
幼い頃喧嘩をした夜は、必ず一緒に寝ていたのだ。
「モチロン。幻ちゃんとの思い出だから」
「ふふっ…じゃあ、久しぶりに一緒に寝ようかな」
半分冗談で誘ったので、承諾されるとは思っていなかった紺は目を丸くする。
「やっぱりやめる?」
それに、幻は苦笑した。紺がはっとして布団を挙げる。
「あ、ううん。オイデ」
「じゃあ、遠慮なく」
二人で入る布団は、はっきり言って狭くて仕方なかった。が、お互いの存在をきちんと確かめながら眠ることができるので、こういうのも悪くないなと、彼らは思ったのだった。
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