⑤
ちょうど店じまいを終えた頃に戻ってきた二人に、幻はおかえりといつものように笑って言った。
それに、彼らは少し気まずそうにうなずき挨拶を返す。
「…何かあったの?」
さすがに不審に思った幻が聞くと、紺はともかく巴までもがあからさまに肩をぴくりと動かした。
いったい何をしたのだろうか。
「幻ちゃん、ゴメン」
申し訳なさそうに、紺が言った。幻が首をかしげる。巴も気まずそうにそっと目を逸らした。
「さっき、すっっごい高いお菓子食べちゃった…幻ちゃんがいないノニ…」
それに、彼は目を瞬かせる。
「すっっごい高いって、いくら?」
「…40銭…」
流石に予想を遥かに超えたその値段に、幻は一瞬眩暈がした。
額に手を添えて、幻は口を開いた。
「…美味しかった?」
「とんでもなく」
「なら、よかった…次からは気をつけようね」
幸いそこまで金銭面で不自由はしていない方なので、たまの贅沢は良いのだが。
あまりに高い買い物をしてしまうと、今後に響く可能性が出てくる。
「ウン」
「私もごめんなさい」
「大丈夫だよ。じゃあ、お昼は少し節約したものを食べようか」
それに、二人は無言でうなずいた。
焼きおにぎりと簡単な味噌汁という、いつもよりも少しだけ質素な昼食を終えて、三人は店を出た。
「そういえば今日は二人でどんなところを見てたの?」
店を開いていた場所まで歩きながら、幻が聞いた。
「うんとね、雑貨屋さんとか小物屋さんとか…細々とした店が多かったから、そこら辺を見て回ったヨ」
「可愛いものもたくさんあって、楽しかったわ」
ふむと一つうなずいて、幻が一軒の本屋を目に止めた。
「…寄っていってもいい?」
そろそろ今読んでいる本が終わってしまうので、新しい本が欲しいと思っていたのだ。
それに、二人が大きくうなずいた。
本屋に入ると、店番をしていた若い女性が笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
それに三人は軽く会釈を返して、各々好きなところに散らばった。といっても、紺はあまり本が得意ではないので、適当なところに移動しただけだが。
(色々な種類があるのね)
巴も自分だけではあまり本屋に入ったことがなかったので、新鮮な気分を味わいながらも棚に整頓された本達を眺めていく。
そして、一冊の本を手に取った。茶色い革製で表紙の真ん中に、一輪の薔薇が描かれている。
「綺麗」
つぶやいて、中身をパラパラとめくった。どうやら、内容は西洋が舞台になっているようだ。
「買おうかしら」
少し興味がある。
購入を決めて、先程の女性のところに持っていく。
「2銭になります」
それを払って、包み終わるのを待つ。幻がその隣に立った。
「買ったの?」
「ええ。面白そうなものを見つけたから」
そして、彼の腕にある三冊の本を見る。
「幻さんは本が好きなのね」
「うん。実家が本屋っていうのもあって、物心つくころからずっといろんな本を読んでたから、自然にね」
「そう。紺さんは?」
それに、幻はちらりと少し離れた場所で一冊の本を開いて眉間にシワを寄せている紺に目をくれる。彼女は苦笑した。
「あまり好きではなさそうね」
幻は、苦笑まじりにうなずいた。
ありがとうございました、という声を背中で聞いて、三人は本屋をでた。
「さて、ネロも店を開いた場所で待ってることだし、俺は戻って商売を再開するけど。巴さんはどうする?まだ紺と一緒に散策する?」
幻の言葉に、巴は少し考えた末にうなずく。
「そうさせてもらうわ。ネロのこと、よろしくね」
「了解。じゃあまた後で」
うなずいて、紺と巴は歩いていく。その背を見て、幻は目を細める。
「なんだかんだ、仲良くなれたかな」
笑って、彼はネロの待つ場所へと足を向けた。
夕方。大体の店を回り尽くして満足げに談笑しながら、巴と紺は幻の店までの道のりを歩いていた。
「私、一人で旅をしていた時はあまりゆっくりお店を見て回ることをしてこなかったから、楽しかったわ」
「ならヨカッタ。俺も幻ちゃんが仕事中はずっと一人で街をぶらぶらしてたから、人と回るのは新鮮だったヨ」
へらりと笑って、紺は軽く伸びをした。
「さて。そんじゃ、オシゴトしよう」
「あら、やっぱり気のせいじゃなかったのね」
少し前から数人、いや、数十人の気配がまとわりついていた。紺は当然気付いていたのだが、巴も気付いているとは。
「気付いてたんダ」
「ふふ、私も一応、それなりに修羅場を通ってきてるもの」
それに、紺は納得したようにうなずく。そういえば、彼女は元々自分たちを襲ってきているのだ。前回の連続殺人の犯人の殺害も、遺体を見た限りではあざがやな手つきで殺されていた。腕は立つだろう。
「じゃあ、守らなくてもヘイキ?」
「もちろん。自分の身は自分で守るわ」
いつのまにか周囲を囲っていた柄の悪い男たちに、紺はニンマリと笑った。
「何か用デスカ?」
「今朝はどうも、うちの奴らが世話になったようで」
なるほど、今朝のゴロツキたちの仲間か。
「あちゃーごめん、完全に巻きこんじゃッタ」
「構わないわ。あの氷菓子のお礼よ」
襷掛けをして、太ももに忍ばせていたナイフを両手に持つ。どうやら準備は万端らしい。
「ふん、女がいようが関係ねぇ!今朝の礼はきっちりさせてもらうぜ!!」
目に傷があるゴロツキが腰に履いていた刀を抜いた。
(…流石に丸腰じゃキツイかな)
ざっと見渡したが、ほぼ全員が武器を持っている。
背中にくくりつけてある三節棍に手をかける。少し迷って、もう一つの紅い棒へと手を移動させ、引き抜いた。
(今はまだ、使うべきじゃナイ)
構えて、目を細め、ニンマリと愉しそうに笑う。
「それじゃ、ヤろうか」
幸い、巻き込まれるのを恐れてか周辺の店や周囲には人がいない。思いっきり暴れることができそうだ。
「舐めやがって…いくぞてめぇら!」
傷の男が刀の叫びを合図に、男たちは一斉に襲いかかった。
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