⑤
貳
早朝。まだ薄暗い時間帯。騒がしさに目を覚ました紺が、ただならぬ幸宏たちの様子に幻を叩き起こした。
少し不機嫌そうに額に手を当てる幻に、紺は申し訳なさを感じつつも口を開いた。
「起こしてごめん。なんかあったらしくて、さっきまた邏卒サンが来てたから。知らせた方がいいって思ッテ」
それに、幻の目が徐々に冴えていく。
「…なるほど。わかった、ちょっと行ってみようか」
ゆっくりと立ち上がる幻に、紺は大きくうなずいた。
昨日捕まえた医者が殺されていたということを聞いて、幻と紺は急いで現場へと同じ邏卒二人と共に向かった。
(なんで殺されたんだ…?いや、それよりも一体誰が)
そこまで考えて、幻の脳内に嫌な考えが
遺族がたまたま遭遇してしまい、カッとなって殺してしまった可能性がある。それはあまりにも、その遺族も被害者も報われない。
はやる気持ちを抑えて、現場についた幻はその遺体を確認した。紺と邏卒の二人はそんな様子を後ろで見守る。
(他殺であることは間違いない。後ろを懐刀で一刺しか…的確に急所を貫いてる。死後硬直は首まで…殺されてからそんなに経っていない。後ろからいきなり襲った?でも、ここは人通りが少なそうだ。あまり足跡がついていない。だったらよほど小さくなければ足音が聞こえるはず。一番新しい足跡は二つ。この犯人のものと殺した相手のものか…)
近くにあったその足跡を確認する。
(…大きさ的に、殺した相手は女性だな。子供がこんな芸当をできるとは思えないし、何より身長的に杯を貫くなんて無理だ)
もう一度遺体を観察する。右手に、何かを握っていることに気づいた。
それを取り出してみると、折り畳まれた紙だった。開いてみる。
幻の目が徐々に丸くなっていく。紺がそれに気づいて、そっと覗き込んだ。そして、目を細める。ちらりと幻の顔を一瞥する。
幻は口元に弧を描いていた。紺はため息をつく。
紙には『またお会いしましょう、旅人さん。今度は黒髪の用心棒さんと一緒にね。金髪の美女より』と記されていた。
「ふっ…ふふ」
「幻ちゃん…」
呆れたように、紺がその肩を叩く。邏卒二人が怪訝そうにこちらを見ていた。
「あっ、すみません。ちょっと…」
慌ててその紙を懐にしまって、幻は咳払いをした。
「犯人はわかりました。わがままを言ってしまってとても申し訳ないのですが、今回の件は私たちに任せてもらえませんか?」
それに、彼らは顔を見合わせ、首をかしげる。
「どうしてか、聞いても?」
おかっぱ頭の邏卒がそっと聞いた。それに、幻は笑う。
「この殺人犯を殺したのは、私たち…というか、私の因縁の相手なので」
それに、二人は目を丸くする。そして、輝かせた。
「いいですね!では、ぜひお任せします。頑張ってください」
頼んでおいてなんだが、それでいいのだろうか。
苦笑して、幻は紺と顔を見合わせてうなずいた。
幸宏に泊めてくれた礼などを言って、彼の屋敷を出た二人は、ひとまず朝食をとるために店に入った。
注文をしてから二人は先程手に入れた紙を前に、頭を悩ませる。
任せてくれと言ったものの、あの女に関する手がかりは少ない。あげるとすればあの目立つ容姿だが、相手も馬鹿ではない。きっと隠しているだろう。ならば。
「たぶん、あの容姿を隠しているとしたら布をかぶるかしなきゃいけないだろうから、そういう風体をしている人物を見かけなかったか聞き込みをしてみよう。俺は仕事しながら、お客さんに聞いてみる」
「じゃあ、俺はそこら辺をぶらつきながら、聞いてみるネ。なるべくいろんな人に。一応、金髪の人っていう条件でも聞いてオク」
うなずいて、幻はニヤリと笑った。
「ふふふ、まさか向こうから接触してくるとは思ってなかったから嬉しいね」
「幻ちゃん、幻ちゃん。顔が悪いヨ。それじゃどっちが悪者かわかんないヨ」
苦い顔をして指摘する紺に、幻は目を瞬かせる。そんなにひどい顔だっただろうか。
気を取り直して、幻は口を開く。
「…とりあえず、何かわかったら報告しあおう。どうして俺たちに関わってくるのか、目的がわからないから単独では動かないこと。いいね」
それにうなずいたところで、ちょうど料理が運ばれてきた。
焼き魚と炊き立ての白米の匂いが、二人の空腹感をより一層掻き立てる。
まずは腹ごしらえだ。
挨拶をして、二人は大きな口を開けて食べ始めるのだった。
女は一軒の茶屋で団子を食べていた。店員が黒い布を被ったその風体に、不思議そうに視線を向けている。一匹の黒猫がその足元に寄り添った。店員は少し驚いたように目を丸くして、次に困ったように笑った。
「ごめんね、今は仕事中だから撫でてあげられないの」
まるで店員の言葉がわかったかのように一鳴きして、黒猫はそっとその場を離れた。そして、黒い布を被っていた女の元へ歩いていく。
「ネロはお団子、食べれないわよね」
残念そうな声音に、店員は目を瞬かせる。
なんだ、あの女性の猫だったのか。
人馴れしている様子だったので、客の誰かの猫だとは思っていたが。
少し考えて、店員は厨房のある奥へと姿を消した。間をおいて、水の入った小皿を手に戻ってきた。
「あの…」
声をかけられて、黒猫の頭を撫でていた女が振り向いた。店員はその女の容姿に目を丸くする。瞳は碧く、肌は驚くほど白い。
「あの…なにか?」
そのまま固まってしまった店員に、彼女は不思議そうに首をかしげる。
「あっ、すみません。そちらの猫ちゃんにお水を用意したので、よければどうぞ」
「あら…ありがとうございます」
微笑む女に、店員ははにかんだように微笑んだ。
受け取った小皿を黒猫の前に置いてやると、短い舌を出してチロチロと舐めていく。
「では、ごゆっくり」
一礼して去っていく店員に会釈を返して、女は微笑んだ。
「旅人さんは私を見つけられるかしら。ねぇ、ネロ」
自分の飼い猫に対して、彼女は聞いた。ネロは水を飲むのを一度やめて、肯定とも否定ともとれるような鳴き声で、一つ返事をした。
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