商品を並べていると、影が刺した。顔を上げると、初老の男性が興味深そうに商品を見ているので、幻は笑って声をかける。

「興味がありますか?」

「えぇ。骨董品などを集めるのが趣味でして。今まで日本のものが多かったので、西洋のものもいいな、と思いましてね。なにか年代物などはありますか」

 立派には生えた白髭を撫でたかながら、男性が首をかしげる。

 まだ並べ終わっていなかった商品をとりあえず適当に並べて、扱っている商品の中でとりわけの年代物を前に出していく。

「ここら辺のものが年代物になっています。お手にとって見てもらって構いません」

「ふむ…」

 商品の中の懐中時計を手に取って、じっくりと観察する。その間にやってきた客や子供達にいつもの嘘話を聞かせてやろうと、幻は口を開いた。

「ここにくる前の街では不思議な噂話が広がっていたんです」

「へぇ、どんなのどんなの?」

 早速食いついてきた少女に笑いながら、彼は続ける。

「それは毛が長くて目が青い白猫に出会えたら、必ず不幸なことが起こるというものでした。私と用心棒はそれを聞いても遭遇しないことを願いましたが、その噂を聞いた日の夕方に、特徴が一致した猫と出会ってしまったのです」

 ごくりと話を聞いていた客や子供達が唾を飲み込んだ。

「私たちは不幸な目に遭わないように気を張っていたのですが、商売を終えて宿を探そうと店じまいをしていたら、突然大雨が降っていたのです」

「そんなことが」

 客の中の男が気の毒そうに眉根を寄せた。幻は構わず続ける。

「雨はどんどん強くなっていき、天候は荒れる一方。私たちは一旦店じまいを切り上げて、近くの軒下に雨宿りをしました。その時です。空に稲妻が走ったと思ったら、雷が私の商品のもとに落ちたのです。そのおかげで、金属製の商品は全滅してしまいました…」

 悲しそうに目を伏せる幻に、話を聞いていた街の人々が同情の目を向けたその時、パッと顔を上げて、彼はにっこりと楽しそうに笑った。

「ま、嘘なんだけどね」

 シンと一瞬その場に静寂が降り立った。次にどっと笑い声が響く。

「なんだよ、嘘かよー!」

「同情して損した。よくみりゃ、金属製の商品普通に置いてあるしな〜」

 口々に感想を漏らして、彼らはガヤガヤと騒ぎ出す。

 やがて一人また一人となんらかの商品を買って行った客を見送って、初老の男性へと顔を向ける。

「気に入ったものはありましたか?」

 声をかけられて、男性は無言でうなずき、先程見ていた懐中時計を手渡した。

「それを買っていこう」

「ありがとうございます。1円になります」

 男性が金を用意している間に丁寧に包んで、それを手渡す。

「あんた若いのに商売上手だなぁ。話がうまい」

 受け取りながら、面白そうに笑って言う男性に彼は穏やかに笑い返した。

「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいですね」

「これからもその調子でやっていくといい。頑張れよ」

「はい。ありがとうございました」

 去っていくその背を見送ろうとして、幻は思い出したように声を上げた。

「すみません、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 先程の客たちにも黒い布を被った、もしくは金髪の女を見なかったか聞いたのだが、収穫はなかった。

 それに立ち止まって、振り返る。

「なんだね?」

「この街で見慣れない黒い布を被った、もしくは金髪の女性を見かけませんでしたか?」

 それに、彼は考えるように白髭を撫でつける。そして、顔を上げた。

「ああ、そういえば先程立ち寄った茶屋で、黒い布を被った女が黒猫を撫でていたな」

 黒い布に、黒猫。間違いなさそうだ。

「ありがとうございます」

 ようやく情報が手に入った。あの女はまだこの街にいることがわかった。

「構わないさ。じゃあな」

 今度こそ見送って、幻は紺が戻ってくる正午を、心待ちにするのだった。



 昼食である鳥すき焼きを食べながら、紺と幻はお互いの情報を交換した。

 紺からは古本屋にいたとの情報があり、店の店員から先程客の男性から聞いた目撃情報があった茶屋までの距離を聞いて、簡単な居場所を特定してみる。

 簡易地図に印を二箇所つけて、幻はうなずいた。

「よし。大体の目処はついたね」

「うん。この後、二手に分かれて探ス?」

 それに少し考えて、彼はうなずいた。

「その方がいいかな」

「ワカッタ。見つけ次第捕まえるネ」

「気をつけてね」

「幻ちゃんも」

 お互いうなずいて、綺麗に平らげた鳥すき焼きの前に金をおく。

 店を出る際に、店員がありがとうございました、と分かれて出ていく二人を見送った。



 目的地についた幻は、ざっと周囲を見渡す。それらしい人物は見当たらない。

「うーん、こっちは外れだったかな」

 残念そうに眉を下げて、嘆息する。

 とりあえず人混みを歩いていく。

(まぁ、紺ほどとはいかなくても、もう少し動体視力が高ければなぁ。気配とか辿れたらいいのに)

 呑気に思いながら、風で目にかかってきた前髪を軽く払いのける。隣をすれ違った人物からふわりと椿の香りがした。

 幻は記憶力はいい。一度嗅いだ匂いや見たものは基本的に全て覚えてしまう。

「今の匂い…」

 当然、椿の香りなんてありふれている。どんなところにもあるだろう。だが、直感的にあれは嗅いだことのある匂いだと感じられた。

 振り返って、その匂いの元を辿る。

 ぶつかる人々に謝りながら、ようやくその人物の姿を捉えることができた。

 その瞬間、周囲の人々の動きがとても遅いように、幻には感じた。

 喉に力を込める。

「…そこのお嬢さん、よろしければ旅で起こった楽しいお話、昨晩私が体験した不思議な出来事、聞いていきませんか?」

 ぴたりと、黒い布を被ったすらりと背の高い女性が足を止めた。振り返ると、凛とした椿の香りがその場を漂う。

 白い肌に赤く塗られたみずみずしい唇。深く碧い、丸い瞳。

 形のいい唇が弧を描いた。

「面白そうですね。ぜひ、お聞かせ願いましょう」

 女は、美しく笑った。

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