幸宏の屋敷に戻ってきて、幻と紺は居間でお茶を啜っていた。

「…犯人、捕まりそうでよかったネ」

「うん。三好さんも、すごくほっとしてたしね。役に立ててよかった」

 その幸宏は現在、屯所にて捕まった犯人の処罰を言い渡しているはずだ。

「でも、よくあの傷跡が医療器具によるものだってわかったヨネ?見たことあったの?」

「いや、実物は見たことなかったよ。ただ、あることは知っていたし、血を抜かれて亡くなってるってことは、医療器具の可能性が高い。あとは、遺体の周りに虫とかが一匹もいなかったでしょ?仕事数時間経っているのにそれはおかしい。なにか虫が嫌うものがあるのかと思って」

 そこまで聞いて、紺は感心したように息をつく。

「さすが幻ちゃん。あの一瞬でよくそこまで見抜けるヨ」

「ふふ、でも今回のは運が良かったってのもあるよ。採血ができる医療器具の存在を知らなかったらお手上げだっただろうし」

 お茶を一口飲んで、幻は肩を竦める。と、紺が首をかしげた。

「そういえば、邏卒さんに匂いを嗅がせるときあんまり強く吸い込まないで、って言ってたけど、ナンデ?」

「ああ、それはね、血の中に睡眠薬かもしくは麻酔液が入ってる可能性があったから。現場と遺体には争った形跡はなかった。ってことは、犯人は被害者を眠らせてから犯行を実行したんだろうなって思って。毒とかの可能性もあったけど、それだと血の中に毒素が残って後々扱いづらいだろうから、ないかなって。まぁ、犯人が何のために血を集めていたのかは知らないけど」

 最後の言葉は声を低くして、幻は目をすがめる。

「それにしても、人の血なんて何に使うのか。殺さなくても、わけを話して分けてもらうとかすれば良かったのにね」

「確かに。それなら誰も悲しまなくて済んだカモね。まぁ、話せないようなワケだったなら、それも難しいかもしれないケド」

 それに、幻はため息をつく。

「まぁ、そんなのどうでもいいけどね。犯人にはそれ相応の罰を受けてもらわなきゃ。被害者やその遺族も、報われない」

「そうダネ」 

 目を細めて、紺はうなずいた。犯人が捕まっても、殺された人たちは戻ってはこない。

 玄関で音がした。幸宏が戻ってきたのだ。

 襖が開いて、いささか憤った様子の幸宏が座布団に座った。

「犯人はこの街に最近来た若い医師でした。彼の診療所の奥には沢山の瓶に詰められた血液がありましたぞ。なぜ血液を集めていたのかは最後まで口を割りませんでしたが、人を殺した罰として死刑とします。命は命で償って貰わねば」

 憤然と言い切る幸宏に、二人はうなずいた。それが一番いいだろう。解放されてしまえば、また同じことをするかもしれない。

「ひとまず、今晩は屯所で拘束し、明日帝都に連行させます。ここでは処罰をできませんので」

「そうですか」

 相槌を打つ幻に、彼は居住まいを正す。

「この度は、事件の解決にご協力くださり誠にありがとうございました。おかげさまでこれ以上の被害者を増やすことなく犯人を捕まえることができました。今晩はせめてものお礼に、この街の名産品を使った料理をご用意させてもらいましたので、存分にお食べください」

「ありがとうございます。ありがくいただきましょう」

 にっこり笑って、幻はうなずいた。



 旅での楽しみの一つは、食事だ。街や地域によって、本当に千差万別のさまざまな料理や食事法があって、面白い。

 腹が満たされて、二人は既に敷かれていた布団の上に寝転んだ。

「幸せ…」

「ウン」

 恍惚とした表情で二人はほうと息をつく。

「…明日はもう一稼ぎしてから、この街を出ようか」

「ワカッタ」

 満腹になった上にそこそこ疲労が溜まっていたので、瞼が重い。少しして隣から寝息が聞こえてきて、紺がふっと笑った。

「…オツカレ、幻ちゃん」

 まるでそれに応えるように、幻は口元に笑みを浮かべた。



 吸血鬼の正体、つまりは今回の殺人事件の真犯人である街医者、高瀬憂たかせういは、屯所にいた邏卒の飲んでいたお茶の中に睡眠剤を入れて眠らせることに成功した。

 屯所を出て、人気のない川沿いを歩いて行く。

「ふん…こんなところで捕まってたまるか。それも死刑だと?笑わせる」

 憂は性根が腐っていた。だが顔と頭だけは良かったので、この街に医者として働くことになってすぐに街の人間に付け入ることができた。簡単だった。ありもしない自分の悲しい過去をでっち上げて、それを街の住民に涙ぐみながら話せば同情を誘えた。単純な奴らだ。

 血を集めているのは金になるからだ。血というのは一部の金持ちどもに高く売れる。世の中、金が全てだと憂は考えている。若い娘を狙っていたのはただ楽そうだったから。老人でも良かったのだが、いかんせん血が古い気がしてならなかった。だから避けた。結果的にバカな連中が犯人は吸血鬼だなどという噂を流してくれたおかげで、自分が疑われる可能性はほぼなくなっていた。

 妙に頭の切れる旅人さえ、現れなければ。

 彼は唇を噛んだ。本当に、余計なことをしてくれた。おかげで今まで集めてきた血を徴収されてしまったではないか。それに、この街にもいられなくなってしまった。みんなバカで、騙しやすくて楽だったのに。

 舌打ちを一つして、彼は小石を川に向けて蹴った。ぽちゃんと水に沈む音がする。

 次に、後ろから軽い足音がした。勢いよく振り返ると、そこには女がいた。

 それに、彼は瞬時に人に好かれそうな笑みを浮かべる。この街の人間は把握しているつもりだ。目の前にいる女はこの街の人間ではないことはたしかだった。明らかに一目で異国の血を引いていることがわかる。そんな女は見覚えがない。既に街の住民には今回の事件の犯人が自分だと露見してしまっているが、さすがに外の人間には知られていないだろう。

 このままやり過ごしてやる、と思って、彼は首をかしげた。あわよくば、この女を殺して金目のものと血を奪えればとも思っていた。

「こんばんは、お散歩ですか?もう夜も遅い。あなたのようなお若い女性は早く家にお帰りなさい」

 穏やかな笑みを浮かべる憂に、女はにっこりと微笑んだ。

「お心遣い痛み入ります。ですが、私はこれから見れる美しい赤い花を見るためにこの場にいるのです」

 おかしなことを言う。この場にも、この先の道にも赤い花など咲いている場所はないはずだ。女性のみ知る穴場ということなら話も変わってくるが。

「そうですか…夜道は危険です。あなたのような美しい女性ならば尚更。よければ、私も同行させてもらっても?」

 どちらにせよ、好都合なことに変わりはない。近づいて一思いに殺してしまおう。

「ありがとう。ですが、その必要はありませんわ。なぜなら…」

 ふっと女の姿が消えた。憂は目を丸くして周囲を見渡す。背中に鋭い痛みが走った。喉から熱い液体が迫り上がってくる。鉄の匂いが口内を充満した。

 ごぽりと音を立てて、口端から赤黒い鮮血が溢れ出た。

 今、何が起こった。口から流れているものは、なんだ。つい先程まで集めていた、人の血ではないか。では、誰の。

 意識が遠のいていく。口から溢れる血液が自分のものだと自覚する頃には、憂の命は消えていた。

 女は動かなくなった憂を冷たく見下ろして、次に自分の手を見つめる。それは血で汚れていた。

「嫌だわ、汚れてしまった。ちょうど川があってよかった。すぐに洗い落とせるもの」

 言いながら、既に息のない遺体には目もくれずに川に歩いていく。

 血のついた手をそっと川の中につける。少し冷たかった。やはり春であろうと夜は冷える。

 洗い落として、彼女はその場を立ち去ろうとする。が、動きを止めて、遺体を見下ろしなにか考えるように顎に手を添えて、口元に弧を描く。

 袂から小さな紙を取り出して、そこにさらさらとなにかを書く。そして、それを遺体の手に握らせる。

「ふふ、貴方は私を捕まえられるかしら。嘘つきの旅人さん」

 愉しそうに笑って、女はその場を立ち去った。

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